雨下の説明会
雨ですっかりと冷えてしまったのだが、エウラリアさんの案内で大きな岩の影に入る。
焚火をしないといけないなと思っているとエウラリアさんが魔法で火をつける。
魔法の火で体を温めながら、どうして私とエウラリアさんがこんな格好になっているのかということを事細かく説明すると、全員がエウラリアさんに対して批判的な視線を向けた。
「こいつの性格は終わってるが、その女の実力を見るためだったんだ」
ずっと黙っていたキャロライナさんが口を開いた。
開いたのだがその言葉はフォローになっていないように感じる。
「もうキャリーは酷い事を言いますねぇ。キャリーだって確かめたいって言ってたじゃないですかぁ」
「やり方ってもんがあんだろ」
「けど、止めませんでしたよねぇ?」
キャロライナさんに語り掛けるエウラリアさんは年相応の話し方のような気がする。
「……というか、何で私の実力を見る必要があるのでしょうか?」
「他の四人は見た感じで分かる。お前だけは底が見えないんだよ」
「そうですねぇ、それに魔法使いとしては異端ですからね」
魔法使いとしては異端。
それがどういう意味で言われているのか。
私が無茶苦茶に使える魔法のことを言っているのだろうか。
「そもそも魔法使いというのは接近戦が苦手なんですよね。近づく前にやるのが魔法使いの戦い方ですので、近接での戦いも出来るには出来ますが、身体強化をしたところで近接を得意とする人たちには及ばないですのでぇ」
「……私も近接戦闘は四人には劣りますが」
「ムツミさんは体で受けてからのカウンターでそのまま叩けるじゃないですかぁ」
杖を見る。
エウラリアさんにぶつけてしまった杖の先端は雷によって焼き焦げて無くなっていた。
ただの木の棒になってしまっている。
「あとは魔法の使い方も普通は詠唱が必要なんですよ?」
必要と言われても、そんなこと誰も教えてくれなかった。
それに使えてしまっていたから、わざわざ調べることもしなかった。
魔力があるから魔法が使える。
その魔力の扱いに秀でた人たちを魔法使いだと思っていた。
「詠唱が必要な理由は至極簡単でぇ、詠唱によってイメージを固めるんですよ。大きいってムツミさん、どれぐらいが大きいでしょうか?」
振られて胸の前に顔位の大きさの丸を手でつくる。
「そこの男の子はどれぐらいでしょうか?」
「こんぐらいか?」
ジーンが体よりちょっと大きいぐらいの丸を手で示した。
「そう、人によって大きさというのは違うイメージが出来てしまうんですよ。火と言っても、燃え盛る炎だったり、指先程度の小さな灯、と違ってしまうので、そういうのを無くすために詠唱をするんです。そして、一部のロスなく魔力を魔法に乗せるんですね」
規格と理解していいのだろうか。
それが決まっているから、魔法使いは魔力を無駄なく使える。
「私もそうした方がいいのでしょうか?」
「いえ、あなたの場合は持っている物が、並の物ではないのでそのまま自分のイメージで使った方がいいでしょう。それに今覚えたとしても、変にイメージが染み付いて良くないでしょうから」
私が普通だと思っていた魔法はおかしかった。
それだけは分かった。
「ムツミの魔法がおかしいのは分かりましたけど、二人が依頼者なんですよねー?」
一段落した空気の中、クリスが口を挟む。
「ええ、そうです」
「北部の調査ってこれだったんですか?」
「いいえ、ここからです」
エウラリアさんが佇まいを正して、私を正面から見据える。
「当初の目的はあなた、ムツミさんだけを鍛える予定でした」
「どうしてだ?」
ジーンが真剣な目で見据える。
「とある方から聞いた話が本当であるなら、Sランクの力を持っているので、それ相応になるように鍛え上げましょうと言っていたのです。それとアトランタル支部長からもゴブリンの異常行動が見受けられるので今のうちに目がありそうな人たちを様々なところに依頼として派遣して実力の底上げを図っているとか」
誰からの話であるのか。
何人か思い浮かぶのだが、どれもやりそうな人だから断定が出来ない。
「ちょうどキャリーも暇そうだったので、予定を変更したんです」
「暇じゃねぇよ、あたしはお前に連れて来られたんだからな」
エウラリアさん、思ったよりもヤバい人かもしれない。
どうやってここまで連れてきたのか分からないのだが、かなり強引に誘ったのかな。
「明日からは私がムツミさんを、キャリーがあなたたち四人の面倒を見てくれます」
「ムツミは別かー」
「ムツミさんには魔法使いの特訓ですから」
「Sランクの人に稽古をつけてもらえるってことか!」
ノナさんは静かに両手でガッツポーズをして、やる気いっぱいなのをアピールしている。
「お前ら四人には、上を目指すなら必須な技術だからな」
「私はみなさんよりもランクが低いのですがよろしいのですか?」
「強くなりたいんだろ?」
「……ええ、それは是非に」
ミレイさんの瞳に暗い炎が灯る。
私でも分かることだから、みんなにも伝わっていることだろう。
「あのー……それならわざわざここで話すこともなかったと思うんですけどー」
クリスが言うのも尤もだ。
私の実力を見るというのは分かる。
街の中で話をしてから、外に出て戦闘になる。
そうなった場合に私は本気で向かい合えるかと言われると答えはノーだ。
絶対にどこかで躊躇いが浮かんでしまって、さっきまでのような苛烈なことは出来ない。
「あ、それは単純に私もキャリーも呪われているせいで安易に人里に降りられないんですよ」
「え」
声が出てしまった。
Sランク冒険者を呪える相手がいる。
それは同ランクの魔法使いとかがかけてきた、ということか。
割とSランク同士だと殺伐としているのかもしれない。
そんな夢想に囚われていると、キャロライナさんが口を開いていた。
「あたしは神竜になりそうだったドラゴンを殺したら呪われた」
「マジで!? それってやっぱり大型の飛竜か!?」
ジーンが前のめりになってキャロライナさんに聞いている。
そんなジーンの服のクリスが掴んでいて何とか元の位置に座らせた。
「大型の飛竜よりも一回り大きかったかな。ま、神竜になりかけていたが、麓の村に生贄を要求してきたんだがな、どんどん要求量を多く上げてきやがった。そんな事では村が滅びるから止めろと言いに行ったが、聞く耳持たなかったから殺した。そしたら、最後の最後でな……」
普通の人間は神竜と対峙した場合、逃げ出すか命乞いだろう。
ただ、この人のような人種だとたとえ格上に見える存在でも問答無用に殺すバーサーカーっぷり。
ジーンもその傾向があるから心配になる。
「ま、あたしのはいいんだよ。この女の方がよっぽどヤバいからな」
みんなの視線がエウラリアさんに集まる。
当のエウラリアさんは頬に手を当てて、穏やかな笑みの口を作っていた。
「誰を殺した?」
「イベリア様たちが生まれる前に信仰されていた神様を」
ちょっと考えている規模を超えていた。
淡々と聞けるノナさんが羨ましい。
みんなまだ固まっているのに。
「神様って殺せる?」
「ええ、殺せますよ。ただ、生き残ってしまった私はその呪いを一身に受ける羽目になってしまったわけですが」
「イベリア様の前にも神様がいたんですの?」
「ええ、人々を一つにまとめるということで宗教は使われるわけですが、そこに信仰するものが必要ですからね。そこでその時に世界に降臨されていた神様を信仰することになったわけですが、その方が力を振るうのにとても膨大な生贄を要求したんです」
キャロライナさんと同じ流れで呪われてしまったのだろうかと勝手にエウラリアさんの話を先読みする。
「私を含め多くの者たちがその神様を邪神と認定して、少数の神様を信仰する者たちと戦争をして、私たちは勝利を収めてその中で邪神を殺した、というわけですよ」
思ったよりも野蛮な話だった。
そして、思い出す。
この世界の人たちは、私が元居た世界よりも手が早いということを。
「呪われて、私の体は年も取らないし、死ぬこともなくなりました。キャロライナさんは……」
「あたしのは死なないとかそういうのはないが、エルフたちのような寿命にされているってところだな」
「年取らないだけならちょっといいかも……」
「よくねーよ。魔物たちが呪いに引き寄せられるから、人里に行ったら、モンスター連れていくことになるんだぞ」
「あ、やっぱりなしでー」
ノナさんの時の呪いのように黒いオーラみたいなのが見えないということは、表面的なところではない場所に呪いが刻まれているということなのだろうか。
私が掴めたら解決。
そんなことが出来るなら、してあげたかったが、見えないのでは手の打ちようがない。
「そんな事情がありまして、私たちは人里に降りれないんですよ。それでみなさんの最終目標ですがー……そろそろ降りてくるでしょうね」
「あぁ、自分の山が大事だからな」
二人が空を見ているのにつられて、みんな空を見上げる。
大きなシルエットが急速にこちら向かってきていた。
「最終目標はあの人を倒してもらいます」
エウラリアさんは告げた時には、遠くに見えていたシルエットがもう頭上に来ていた。
陽の光がないからなのか分からないが、鱗は白く東洋のドラゴンのような蛇のように長い胴体部分に立派な角を生やしている。
これが幻霧山に住まう神竜。
これを倒す。
出来るわけがない。
私は強くそう思った。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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