接敵?
北部への移動、その間に数体の魔物と遭遇した。
トカゲ、ネズミ、ニワトリ、どれも群れで来たら少々大変だったと思うのだが、ずっと訓練を続けているジーンたちの敵ではなかった。
そうしてたどり着いた北部の山岳地帯。
遠くに見える一際高い山には霧がかかっていてその全貌が分からないほどだ。
その大きさに感動しているとクリスが横に立った。
「あの霧がかかってる山はね、幻霧山って呼ばれてるんだよ」
「どういう意味なのでしょうか?」
「あの霧に囚われると延々と幻の山の中を歩かされるって言われてるんだよね」
不思議な話だ。
私が住んでいた場所だとそういうもの全般はオカルトに分類されるはず。
科学でも原因不明な物は大体これに分類されているし、これに幽霊が絡めばホラーになるだろう。
ただこの世界だと魔物もいれば、特殊な力、魔法が存在しているからオカルトに分類する前にそこを考慮に入れる必要が出てくる。
「それは……魔法の類でしょうか?」
「どうしてそう思うの?」
「あ、いえ、もしかしたら私が知らないだけでそういう魔法もあるのかなって思いまして」
「そういう魔法はある」
ノナさんが答えてくれた。
「あるんですね……遠くから魔法使いの人に気をつけないといけませんね」
「そんなこともない。遠くに魔法を展開するのは魔法使いは不得意。魔力の消費が大きくて意地が出来ない」
「そうなのですね……」
自分の魔法はどうだったか考えてしまう。
私は確か自分の近くに魔法を展開して、それを射出する使い方をしている。
これは普通ということでいいのだろうか。
多分、遠くで出すのではなくて自分の手元に展開して使うのだから普通なのだろう。
「ノナさんは魔法について詳しいですね」
「貴族はお抱えで魔法使いを手元に置くぐらい魔法使いの数は少ない」
「そうなのですね……それなら私やリタさんみたいに冒険者をしているというのは珍しい事なのでしょうか?」
「貴族に迎えられるのであれば、安定した生活が送れる。このような明日生きるか死ぬか分からない不安定な仕事をする必要はありませんので、当然珍しいですわよ?」
「もしかして、ムツミは貴族に仕えたい?」
「……いいえ、誰かの下に付いて働くのはしばらくいいかなって」
「へぇ……ま、私もムツミと一緒に冒険が出来るならいいんだけどね!」
日本で二十年近く会社勤めをして、上司にも頭を下げていたのだから、しばらくはそのような生活から抜け出してもいいと思う。
「それにしても、咄嗟とはいえ魔法を疑うなんて、ムツミも魔法使いみたいになってきたんじゃないの?」
「いえ、そんな!」
オカルトが一番頭にあったのだが、出てきたのは魔法。
私はちょっとこの世界に馴染めてきている証なのかもしれない。
「あそこ登りたいな」
「えー……絶対に無理じゃん。原因も分からないでずっと山の中を歩からされるなんて絶対に嫌だからね」
「魔法かそれに準するものの効果で霧が発生しているのであれば、それを止める手段さえ分かれば登ることは可能かもしれませんが……今の段階では難しいでしょうね」
「けど、あそこにはあの……神竜、そう神竜がいそうじゃないか?」
「確かに、高さ的にはいそうな雰囲気はありますね」
もう一度私は幻霧山を見上げる。
「だったらよ」
「いえ、今はやめておきましょう。依頼もあります。それにもしかしたら、その依頼の過程で登ることになるかもしれません」
「それなら、まぁ」
「私も神竜様がいるのであれば見てみたいのは同じですから」
ジーンは頭を書いていたが、分かってくれたみたいだ。
依頼書を見れば、まだもう少し移動しないといけない。
目印になりそうなものは何もないのだけど、合流地点として書かれているのは幻霧山の西側。
ここは西というよりも南西に位置する場所だから、もうちょっと北上しないといけない。
山の魔物は森の魔物と違って、大型の鳥類や、それらと同等のサイズだがドラゴンと呼ぶには線の細すぎるものが多く見られる。
昼間の間はずっと上から見られている感じがしたが、夜になるとその感じも薄れたので、鳥類と同じ目の構造をしているのかもしれない。
二日掛けて移動を完了させたのだが、そこは開けた何もない場所。
「依頼者の人いないねー」
「そうですね……少しここで待ってみましょうか」
「ちょっと探索して来ようぜ」
ジーンがノナさんと出掛けようとした時に、前方に人影が現れた。
みんなが咄嗟に身構える。
「皆さま、お待ちしておりました」
現れたのは黒い修道着に身を包んだ女の子。
白い髪がベールから見えているが、目を完全に覆うように熱い布が巻き付けられている。
体の大きさは遠目ではあるが、とても小さい。
隣の女性が目測で私と同程度あるのに対して、頭二つか一個半程度は小さい。
幼女と言っても差し支えないほどの大きさをしているが、持っている杖はとても立派で大きさは幼女の身長と同程度あり、錫杖のように先端の輪には金属の輪が付いている。
そして、その隣には護衛の方だろうか、とても鍛えられた肉体を持っていそうな女性がいる。
彼女はしっかりと何の素材を使っているのか分からないけど、胴体、腕の部分に金属が取り付けられているのだが、どれも関節の動きを邪魔するものではない。
褐色肌に赤く爬虫類のような目をしているのは種族的な特徴だろうか。
そして、背負っている武器は複数の両刃の立派な剣。
「この北部調査を依頼された方々でしょうか?」
「ええ、そうです。アトランタル支部長にお願いしてあなた方を派遣してもらいました」
最初こそ盗賊を疑っていたが、そうでもないらしい。
アトランタル支部長と知り合いみたいな雰囲気もあるようだし信頼してもいいのかなと思っていると、あちらが一歩こちらに近づいてきた。
「私はSランク冒険者、エウラリア・フォン・ウォルフェンデン。そしてこちらの方は同じくSランク冒険者のキャロライナ・カヴァナーと言います」
「え」
思わず手紙を取り出す手が止まってしまった。
後ろからも、声が上がっている。
「私たち、少々事情がありまして人の暮らす場所に行けないのです。それでこうしてこんなところまでみなさんに来てもらったわけです。あ、これが冒険者の証ですよ」
提示された冒険者のタグは私たちとは違う立派なタグだった。
ただ、掘られている意匠等は私たちのタグと似ている部分もある。
それと冒険者のタグの複製は重罪であるため、そんなことをする輩はそうそういないという話だから、これは信じるに値してもいいだろう。
「アトランタル支部長から手紙を預かっています。どうぞ」
私だけが近づいて手紙を渡す。
その内容については私は何も知らない。
エウラリアさんは目隠しをしたまま、私の手から正確に手紙を受け取って、開いて読んでいる。
あれで見えるというのが不思議な話。
やはりあれは魔法の力なのだろうか。
この世界魔法が便利過ぎて、他の発展するべき技術が遅れていそうな雰囲気を薄々感じていた。
手紙を読み終わったのか、エウラリアさんが手紙を呈音に畳んで懐に仕舞う。
「依頼について説明します。いえ、その前にすることが出来ましたのでそちらを行いますね」
「あの、それはどういう――――」
私が説明を求めようとしたところで、エウラリアさんが私の方に杖の先端を向けると、魔法が使われた気配がしたので身構える。
しかし、私に変化はなくて、振り返るとみんながそれぞれ箱のような物に閉じ込められていた。
「これは」
「依頼をするに値するかテストします」
そういうとみんなの箱の下部から水が昇っていっている。
「冗談……ですよね」
「冗談ではありません。このままあなたがテストに合格しなかった場合、あなたの仲間は死ぬことになりますよ?」
私が箱に近づいて、杖で叩こうと振り下ろす。
しかし、箱の前に透明な壁が邪魔して箱に傷が与えられない。
透明な壁も不思議な弾力があるせいで割れない。
「これでも私、Sランク冒険者ですよ? そのような物で傷一つ付けられると?」
不味い。
どんどんみんなの水位が上がっていってる。
直接箱を攻撃するのは防がれてしまう。
私とは魔法の発生させる速度が違い過ぎる。
考えろ、考えなくてはいけない。
冷静に、冷静にならないといけない。
「固まって何もしないなら、さっさと仲間の人たちには水の中に沈んでもらいますが?」
「やめてください」
人を傷つけるのは嫌だ。
人に向けて攻撃するのも嫌だ。
だけど、一度やったこと。
嫌だからやらないと言っていて、失うのはもう御免だ。
私は弓を手に取り、矢を番える。
信じられないほどの風が渦巻いているのを感じた。
そうして、ようやく気が付いた。
私は怒っているのだ、と。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




