新しい出発の日
ララさんはリタさんに連れられて行くのを見送った後、街の様子を伺った。
いつものように声を掛けられて、店先の商品を勧められたり、ご飯はまだかと言われて寄っていかないかと誘われたりした。
全部に答えるのは難しかったが、それでもアトランタルの街は活気があり、温かくどこか緩い雰囲気があって、私はこの雰囲気が好きだなと思って、その日は終えた。
翌日は冒険者組合に顔を出す。
時間に指定はなかったので、組合が開くだろう時間帯に出かけた。
まだ人も少ないし、チームの誰も来ていなかった。
それも当たり前か。
私は冒険者組合の中に備えてあるベンチに腰を掛ける。
街の商店も早いところは始めているところもあるが、大体のお店はまだお店を始める準備を始めているところでもある。
冒険者組合は他のお店よりも開くのが早い。
冒険者の中でも出かけるのが早い人たちがいるからといった理由らしい。
それにここでは冒険者に必要な道具や諸々のサービスが集中しているのもあって、冒険者の人たちはここを利用することが多い。ただ、前日に買い忘れたものや、そもそも準備を忘れていた者もいて、そういった人たちが朝早く冒険者組合の扉を叩くこともあったそうで、それから冒険者組合は朝が早いということを聞いた。
噂話程度の話なのだけど、冒険者が全員が毎回前日に準備を完了しているかと言われると難しい。
討伐依頼や護衛依頼で後で入用の物が出てくるというのはよくある話だというし。
今はそんなこともないようで、ずいぶん若い方たちが受付に依頼書を持ち込んでいっている姿を見る。
そんな風に私が観察していると、最初に来たのはノナさんだった。
「何してる?」
「冒険者の方々を見ていました」
それには何も反応しないで私の横に腰掛けた。
私はそれからもジッと冒険者の方々を観察していたのだが、ノナさんの頭が揺れているのに気が付いた。
「朝早かったですから、少しぐらい横になっても大丈夫ですよ」
「……ん」
返事をするや否やノナさんは横になって私の膝を枕代わりにして瞼を閉じてしまった。
その寝顔を見ていると、ちょっとだけ愛おしさを覚えてしまう。
そして、知らないうちに頭を撫でていた。
「あ、すみません、嫌ですよね」
私だったら子ども扱いみたいで嫌だと思ったから、咄嗟に謝ってしまった。
いくらチームで気安くなってきたというのに、これは失礼なことをしてしまったと嫌われてしまうかもしれない。
「……いい。ムツミは手が優しいから、平気」
もごもごと眠たそうな声で、それだけ言うと黙り込んでしまった。
「ありがとうございます」
何にお礼を言っているのかも分からないけど、ノナさんの優しさにということにしておこう。
それからしばらくすると、ミレイさんがやってきた。
「お早いのですね」
「なんだか今日は早く目が覚めてしまって」
そんな会話をしているとクリスとジーンがやってきた。
「もうジーンが遅いから!」
「いや、クリスが起きてこなかっただけだろ」
言い争いをしているようだが、そこに険悪さはない。
いつも二人のやり取りだ。
二人と顔を合わせて、挨拶をするがみんなそれぞれに冒険に出かけられる用のカバンを持ってきていた。ミランダさんのあの雰囲気、ただの呼び出しということではないはずだ。
荷物だけ置いて、ミランダさんの下に行く。
私の姿を見たが、すぐにみんなを呼ぶように言われた。
「ミレイさんを除いた四人はBランクの昇格を、ミレイさんにはCランクへの昇格です」
嬉しかったのだが、それだけを伝えるためだったのかと思っているとミランダさんが二枚の依頼書を受け付け台の上に置いた。
「そして、これが組合からの正式な依頼です」
「内容は?」
「北部の調査、要人への配達依頼となっています」
北部の調査というのはゴブリン繋がりということだろうか。
そちらに移動している可能性があるとするなら、警戒しておくに越したことはない。
ただ私たちは最近南部の方ばかりで、北部のことが頭にない事が危惧すべき事だ。
唯一頼みはノナさん当たりかも知れない。
「北部の調査っていったい何を調査してきたらいいんですかー?」
「そのための配達依頼でもあります」
クリスが聞くと、二枚目の依頼書を私たちの方へ押してくる。
「これは受けてないとダメな依頼なのかしら?」
「はい」
「意外と強引なのですね」
「支部長から指示です」
ここでミランダさんに言ったとしても、ミランダさんはただ支部長からの指示に従っているだけに過ぎないし、ミランダさんも望んでやっているわけでもないだろうと勝手に心情を読んでしまう。
だから、私たちが言うべきセリフはこっちのような気がした。
「分かりました。依頼を受けます」
「ありがとうございます」
「はい、文句は支部長の方に直接伝えるようにしますね」
「はい、それがよろしいかと」
依頼書を持って壁際に移動する。
「どうする? もうすぐ出る?」
「準備するものは……食べるもの、保存食の買い足しぐらいでしょうか?」
「そうですねわね。それなら出ていく途中でも出来るのでは?」
急いで行う必要がある依頼というわけではない。
それなら受付の際に一言言われていてもおかしくないから。
一日ぐらい街にいてもいいのだが、私の心はもう冒険の方に向いていた。
北部は行ったことがないところが多い。
アトランタル周辺であれば、少しだけ依頼で行ったことがあるが、それも半日で帰ってこれる距離が精々だ。
どんなところがあったのかと持ち歩いている地図を広げてみると空白が多くて、山が多いということしか分からない。
そもそもこの大陸というか人族が暮らしている場所以外には未知の場所が多い。
それこそレガードさんが言っていた亜人の生息域に関する情報は皆無。
だから、そこも地図上では空白地帯、大陸の形までも消されてしまっている。
「行きましょうか。やることがありませんので、それなら依頼に取り掛かっても問題ないかと思いますが……」
「ムツミやる気じゃん?」
「そう、かも知れませんね……」
「いいんじゃね? それに北部ってことはあの場所も近いだろ?」
「あの場所って?」
「神竜って奴がいる場所」
「もしかして戦うつもりじゃないですわよね?」
「やってみなきゃわからなぇこともあるよな?」
ジーンは戦う気満々である。
私はやらない方がいいと思うのだけど、だって、多分すごい強いと思うから。大怪我で済めばいいのだけど、そうじゃないならみんなが危険な目に合うのは避けるべきだろう。
けど、そもそもそこに向かうこともないかもしれない。
「ま、とりあえず、行ってみようぜ」
みんなで冒険者組合を出て買い物をしてから、北門の方から出ていこうとしたら後ろから声を掛けられた。
「あら、ムツミ!」
声を掛けられると同時に、勢いよく後ろから抱き締められた。
「あのララさん、勢いよく来るのは他の人に当たったら危ないですから……」
「あら、私が人にぶつかるとでも? そんなことありえないわね!」
自信満々に答えられるとこちらとしてもそれ以上言い難い。
仮にもこの人はランクの上の人である。
「あら、どこかに出かけるのかしら?」
「ええ、依頼です」
それからパッとララさんが離れる。
「そうなのですわね、それならば私のギルドに入ってください?」
「すみません、前後の繋がりが全く不明なのですが……」
「私のギルドに入ってもらえたら、手厚いサポートもさせてていただくということですわ!」
「いえ、お断りさせていただきます」
私がいしたいのはこのみんなでの冒険である。
だから、助けてもらったりとかはちょっと今は遠慮しておきたい。
「またかんがえてくださいまし!」
それだけ言って去っていってしまう。
嵐のような人だと思っていると、ジーンが声をかけてきた。
「あの人……いや、ムツミはあんな風に突進されて大丈夫なのか?」
「ええ? 普通に抱き着いてきてるだけなので……」
「すごい」
ノナさんから賞賛されたけど、意味が分からなかったので首を傾げていると、クリスが肩を叩いた。
「そういうことだよ、ムツミ。ほら、出発しないといつまでたっても街から出られないよ」
そう言うことというのがどういうことなのかさっぱり理解が出来ない。
ただ、呆然としている私を置いてみんなが先に行ってしまうので、私はみんなに背中を小走りで追いかけた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




