久々のアトランタルと出会い
随分と時間をかけて、ようやくアトランタルに到着した。
アトランタルは防壁の工事が進んでいた以外には周りからは何も変わっていないように思える。
そうして、みんなでアトランタルの中に入っていく。
中を歩く人たちから逼迫したこともなくて、どうやらまだ深刻な事態にはなっていないように思えた。
調査は進んでいるのか、など色々と気になるところはあるのだが、それよりも依頼の達成報告のために冒険者組合の方に向かうことになった。
受付にいるのはいつもの方々で、ミランダさんもその一人だ。
私はミランダさんのところに行く。
「お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。今日は何でしょうか」
「依頼の達成報告です」
淡々としたやり取りであるが、懐かしさを覚える。
依頼書と割札、それと預かっていた手紙の方を提出して、しばらく受付の前で待っている。
冒険者組合に属している人たちとは特別に仲がいいというわけではないが、それでもこの街で依頼を受けていた時には挨拶程度はしていたので、それなりに見知った仲だと思う。
ただ、遠征が多くなるにつれて、街から離れて時間を過ごしている間に、その顔触れはどんどん変化をしていく。
多くない人数であるが冒険者に憧れて、門戸を叩く人がいるということ。
日々、冒険者として真っ当に依頼を達成しているのであれば、街での依頼はすぐに卒業できてしまうのだから、外に出て行ってしまうのも仕方ない事。
私たちだって、街にいるのが珍しくなりつつあるのだから。
そんな物思いに耽っていると、ミランダさんが報奨金をトレーに乗せって奥の部屋から出てくるところだった。
依頼の報酬金額を五等分してもらい、五個の皮袋にそれぞれ詰めてもらう。
ミランダさんにお礼を言って、去ろうとしたところで声を掛けられた。
「アトランタルにはしばらく滞在を?」
「え、あ、はい。しばらくゆっくりしようかと」
「それならば、明日チームの皆様で組合の方に来てください」
呼び出しというのは得てして負のプレッシャーを感じるもの。
だから、無駄に警戒をしてしまう。
「……良くない話でしょうか?」
「皆さまでしたら、いい話になると思います」
ミランダさんがそういうのであれば、大丈夫だろうとホッと息をついて表情を緩めた。
「分かりました。明日また来ます」
「はい、お待ちしてます」
みんなの元に行き、それぞれに革袋を渡していく。
みんな受け取ったら必要な分だけ自分の懐に収めて、残りは冒険者組合の方に預けに行く。
冒険者組合は冒険者の人限定であるのだが、銀行のようなシステムも行っている。
ただ、あまり長い年月利用がないと冒険者組合の方に引き上げられてしまう。
いつまでも置いておけないということもあるし、利用者に何かあっていつまでもお金だけ残り続けても腐ってしまうのもあるだろうから仕方ない。
クリスとジーンは二人で家に向かい、ミレイさんとノナさんもそれぞれ宿に向かって行ってしまった。
私はぼんやりと冒険者組合の依頼掲示板を眺めていたが、そこには調査依頼が張られていた。
『周辺地域のゴブリンの巣の調査』
真新しい張り紙。
きっと張り替えられているのだろう。
もしくは誰かが、どこかのグループが定期的に引き受けているから、新しくされているかもしれない。
この街が脅威に晒されるというのは嫌だなと感じてしまう。
この世界に来てから、数年。
過ごした日々は多いとは言えないかもしれないが、愛着というのは出てくる。
それに他の人に比べて少ない年月であっても、それなりには過ごしてきたので私もこの街の一人と思っていたところでもある。
だから、私も何かしたいと思ってしまう。
「あら、ムツミじゃない? 何をしているの?」
後ろから少し高い声の女性の声が聞こえて振り返るとそこにはリタさんがいた。
「先ほどこの街に付いて、今みんなと別れたところでして……」
視線がリタさんの隣にいる女性へと移っていく。
背中に大きな鉄の塊を背負った、小さな女の子。
黒い髪に白い肌と対照的な組み合わせのせいで肌の白さが良く目立つ。
下ろしている髪は長くて、腰まであるほど。
大きな瞳にまん丸のくりくりした瞳が余計に幼さを強調しているようにも思えるが、口元だけはやけに獰猛なものに感じるほどニヤついている。
「そちらの方は?」
「あぁ、この人ね、この人は――――」
「あなたがムツミね! 会いたかったわ!」
声がとにかく大きかった。
特別大きくしているわけでもなく、これがデフォルトの声の大きさらしい。
その声に押されながらも、対応しようとしたら手を差し出された。
握手だろうか、彼女が待たずにズイっと手をさらに出してくるのでこちらも握り返す。
ぶんぶんと手を振りながら、握手をし続けていると、不意に彼女が私の手を両手で握り返してきた。
どういうことだろうかと思っているが、私から手を振りほどけないでいた。
もしかしたら、こういう習慣のある人なのかもしれないとどこかに思ってしまう。
この世界の常識がないのもあるし、この世界思ったより色々な習慣を持っている人、種族の人たちがいることに気が付いて、そんな人たちのことを思うとおかしいとは一概に言えない。
「あなたとてもいいわね! 面白いわ!」
「えっと……ありがとうございます」
彼女が手を離してくれたと思ったら、身を屈める。
次の瞬間には目には見えない速度で突進してきて、がっちりと抱き着かれてしまう。
「り、リタさん、これは……?」
「あー……悪癖みたいなものだから気にしないで」
気にしてしまう。
ガワは確かに女性であるが、私の中身に関してはどちらとも言えない。
だから、こういうことは良くないと思っている。
クリスもこうやって抱き着いてきたりするのだが、正直辞めてほしいが悪く思えないので許してしまっている当たり、私の弱さでもある。
「いいわね! やっぱりあなた!」
「えーっと何がでしょうか……?」
私が聞いたところで、彼女は視線を晒せて沈黙が流れる。
その沈黙ちょっと怖いのだけど、と思っているとニカっと太陽のような笑みを浮かべていた。
「ムツミだったわね! 貴方、まだギルドに所属してないわね!?」
「え、ええ、所属してませんが……」
「なら、私のギルド『桜花爛漫』に入りなさいな! 貴方なら大歓迎よ!」
「えっと……」
強く押されると困る。
自分が押しに対して強く出れない性格でもあるから。
それにこの人はきっと私への勧誘、これ自体好意でしかないと思う。
下心があって近づいたとか、騙そうとしたというわけでもなく純粋な行為での勧誘。
とても断りにくい。
今はそんなことを全然考えていなかったし、ギルドに所属してみんなと一緒にいられなくなるのも嫌だったから。
どうしようかと思っていると、リタさんが助け舟を出してくれた。
「断っても大丈夫だから」
「あの、それなら、はい。今はギルドに所属とかは考えてなくて……」
「そう、そうなのね!」
あっさり引き下がった。
抱き着かれてなかなか離れてくれない。
押し返したり、振りほどくとか危ないからどうしようかと悩んでしまう。
一度ギュッと力を込めたような動作をすると、その女性は離れてくれた。
「それなら出会ったら毎回勧誘してもいいかしら!」
「えっと、断ってもいいのなら……」
「もちろん、いいわよ!」
「それならそんなことする意味ないんじゃないでしょうか?」
「そんなこともないわ! もしかしたら、何回も誘っていたらそのうちに良い返事が聞けるかもしれないわよ?」
何だっけ、そういうの。
心理学的とかそう言うので言葉が合ったはず。
えーっと、そうだ単純接触効果だっけ。
何回もあっているとそのうちに良い印象に変わっていく的な感じの物だっけ。
「えっと、それでリタさん、それでこの方は……いえ、なんとなく予想はついているのですが」
「その予想通り。ギルド『桜花爛漫』のギルドマスター、ララリア・セオドーラ。こんな成りでも私たちよりも年上だから」
「ララでいいわよ!」
ララリアさん、いえ、ララさんはニカっと歯を見せる嬉しさ全開とでもいうような笑みを見せた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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