変化
その者は地中に住み、巣の主である。
主の椅子は、様々な動物の骨で組まれた悪趣味極まりない物であるのだが。
椅子に座る主はそんなことを気にしていない。
それよりも気分が悪いらしくて、イライラとさっきから歯ぎしりが止まらないでいる。
主の前ではゴブリン共が外から持ってきたおもちゃで遊んでは騒いでいるのだが、バカだからすぐに飽きて壊してしまう。
だから、おもちゃは常に与えておかないと、勝手に外に行って暴れ出しに行ってしまう危険性もある。
ただ、こいつらは上下の関係だけは重視する。
自分より強い者には媚びへつらう。
おこぼれが貰えると思ってるからだ。
こいつらと狼を使って、戦闘が出来る人族の群れを襲わせたのだが、むざむざ失敗して帰ってきた。
ギャーギャーと騒いで言いわけをしていたのだが、こちらが欲している情報は相手のことなのだが、こいつらは人間がいっぱいだとか分かっていることしか話さない。自己弁護だらけで、分かった分かったと言って下がらせたら、ホッとした顔の後に二や付いた笑みを浮かべていたのを見逃さない。
そいつは近くに待機させてあるホブゴブリンに、全員の前で切り殺しておいた。
人族の群れの中でも、強い奴らがいるという情報しか分からなかったが、それだけ得られたのであればまだマシか。
もっと数を増やさないといけない。
だが、人族の住処を襲うのは避けた方が良さそうだ。
同じ奴らが着たら、増やした群れも意味をなさない。
ゴブリン共は悪知恵と集団で襲うことだけは何よりも長けている。
その代わり一体一体になるとどうしても体格的にも力的にも人族には劣る。
どういう基準で育つのかは分からないが、母体となったものが強い肉体を持っていたりするのがいいのか、ただのゴブリンよりも背丈も筋力が付くものが生まれる。
今、ゴブリン共の主をしている者のように知能に優れたものも誕生した。
まだ数を増やさないといけない。
ゴブリンだけでは足りない。
ホブゴブリンよりも体の大きいが、ゴブリンよりもバカなデカ物や、力も知能も優れているデカくて恐ろしい奴らも何としてでもこの中に組み込みたい。
そして、いつか見た人族が暮らす大きな巣を襲い、我らの楽園にする。
そのためにも今は人モドキの獣が住む方に巣を広げる。
奴らの巣を何カ所も遅い、多くの母体と餌を手に入れて、強大にせねばならない。
ゴブリン共はがマンなんてできない。
だが、母体となるおもちゃを与えておけば奴らは喜び、群がる。
飽きて殺さないようにだけ注意を払う必要があるが、こいつらが飽きることのないほど襲って行けば問題はない。
今は力を蓄えるべき時。
人の前に姿を現してはいけない。
調査に出た冒険者たちはゴブリンたちがいたであろう痕跡を複数の場所で確認。
しかし、ゴブリンたちの姿は誰一人として確認することが出来なかった。
☆
聖都マニフィカ。
私がいくら祈りを捧げても、イベリア様には届かない。
イベリア様のお声が聞こえなくなって、早五年になる。
今までこんな事は一度としてなかった。
私が聖女となってから、このような事態になってしまったため、私の力不足を疑う声が上がり始めている。
私の近くの人たちがそうではないと言い回っていることは知っている。
その人たちが私の力を疑わずに信頼を寄せていることも理解している。
そのために私は原因を探ろうと書物を紐解いたり、毎日の祈祷もしっかりと行い、多くの信者の方たちを助けてきた。
だが、一向にイベリア様のお声は私どもには届かない。
私たちの祈りが足りないのだろうか。
イベリア様のために一層尽くすのだが、自分の力不足のせいであらぬ疑いを持ってしまう事もある。
イベリア様は我々をお見捨てになってしまったのではないか、と。
それを思うたびに自分を恥じた。
自分の力不足をイベリア様に押し付けるような恥知らずと。
イベリア様、どうか私たちをお導きください。
今日も祈りを捧げても、イベリア様には届かない。
目を開けて、立ち上がる。
「アビゲイル様」
後ろから声を掛けられて振り返れば、侍女の一人が声をかけてきていた。
「神竜様がお呼びです」
「すぐに向かいましょう」
神竜様が住んでいるのは基本的には霊峰イニオン・ルインの山頂。
ただし、神竜様が用事がある場合というのもたまに暇で話し相手を欲して中腹にある聖堂に降りてくることもある。
私はまだ数えるほどしか拝謁できていない。
神竜様たちは、私たちのような人間とは違う時間を生きている。
悠久に近い時間を生きる神竜様たちにとって一日も二日もちょっと目を閉じているのと変わらない。
ここから聖堂に向かうのには最低でも半日はかかる。
ここまでに知らせてきた伝書鳥に返事を括りつけて、私も聖堂の方に向かう。
地竜を使って向かう者たちが多いのだが、私は基本的には使いたくない。
これは我儘であるのだが、霊峰を自分の足で進んでいくとそれだけで心は清み、疑心が解れていく気がするからだ。
私と、私を慕ってくれている従者たちと一緒に霊峰を登っていく。
陽が沈みかけて、ようやくと言うように聖堂に辿り着くことが出来た。
拝謁は明日の方がいいかと、確認を取るように伝えると、いつでも構わないと言われてしまう。
体を清めて、新たな聖衣に身を包んで、神竜様のいる礼拝所に向かう。
神竜様の体はとても大きい。
大型の飛竜を見たことはないので比べるものではないのだが、それよりも数倍は大きいはず。
礼拝所も小さくないのだが、神竜様がお出でになると随分小さく感じてしまう。
神竜様は体が収まらないので、魔法で入れる大きさにしているとは仰っていた。
神竜様がその大きな体を丸めて礼拝所の奥に鎮座している。
私は慌てた様子を見せないように、ゆっくりと早足で神竜様の前に両膝をついて頭を伏した。
「遅くなり申し訳ございません、神竜様」
「我らの時間の感覚は人とは違うので気にするな。して、お前は確かあ……アビ、アビゲイル、そうだな、アビゲイルだったか」
「神竜様に名前を覚えていただき光栄の極みでございます」
「そう畏まるな。それと顔を上げよ、それでは会話が出来んではないか」
「失礼します」
一言断わって私は顔を上げた。
神竜様の鱗は銀色に輝いている。体も腕も足も太く、顔立ちは鋭い立派な体躯の持ち主である。
神竜の中でも魔法に長けて、様々なことが行える。
「我は我の役目のためにここに来た。最近、おかしい量の瘴気を纏った人間が街にいなかったか?」
それだけで誰のことなのか想像が付いた。
「はい、冒険者の方で私もお会いしました」
「もう街を出て行ったのか?」
「そう思いますが……何かその方に用事がおありだったのでしょうか?」
「いや、街を出て行ったのであればもう良い。またいずれ機会は巡ってくるだろうからな」
神竜様の知識は豊富で様々なことを知っている。
中には教会に保管されている資料よりも深い場所、保管されていない年代のものまで多岐多様に渡る。
「神竜様、私の方からも一つよろしいでしょうか?」
「ほう、なんだ?」
「神竜様が仰っていた方なのですが、その方の容姿がイベリア様に瓜二つだったのですが、それはなぜでしょうか?」
「ふむ……」
神竜様が考え込んでしまって、私は焦っていた。
これはもしかたら聞いてはいけない事だったのかもしれないと。
機嫌を損ねてしまったのではないかと思って、心の中はどうやって私だけの犠牲で神竜様の機嫌を持ち直すことが出来るか、だ。
「理由は見当もつかない。だが、その容姿にしたのはイベリア様ではないだろう」
どういうことか。
そんな罰当たりのことを平然とやってのけるのは一体誰なのかと。
「似せたのは、イベリア様の妹君であるテラス様の仕業だろうな」
「妹……え、イベリア様に妹が……?」
そんな話どこにもなかったはず。
戸惑いと頭の処理が追いつかないのに、神竜様は話を続ける。
「テラス様はたいそうなイタズラ好きであったり、各地を放浪する癖があってな、我もその時に出会ったのだ」
神竜様が懐かしむように呟く。
こうして話していると人の残した歴史書というのはどこか大きな間違いがあるのか隠しているように感じる。
それがただただ教義に反するから消された内容であるならばいいのだが、意図的に消された内容だった場合は今話している内容というのはかなり危ういものではないだろうか。
「老人の昔話は長くなる。我は住処に帰るとするか」
「あ、いえ、そんなことはありません」
それよりも聞きたいことがたくさん出来てしまった。
だが、しかし、神竜様は顔を上げるとそのお姿は徐々に光の粒子となり姿が風景の中に溶けていく。
「また近い内に会いに来るとしよう」
その言葉を最後に神竜様の姿は完全に目の前から消え去っていた。




