出発前日
マニフィカは大きな都市であり、学院もあった。
みんな制服と思しき、黒い制服を着ていて鞄を背負っている。
みんな同じような恰好をしているところから、それらを作る場所があるし、買うお金もあるということだから裕福な層が多いのだろうと横目で見ながら、学院は大きな建物。どういう建築方式なのか、私は詳しく分からないが、ヨーロッパとかそっち系で見られたものじゃないかと思う。
大きな建物だが、左右対称のデザインで教会のようなアーチ状のものは少なくて直線的なシルエット。複雑な彫刻や装飾がされているわけではなく、簡素で洗練されたデザインで私としては協会を見るよりも落ち着くデザインである。
ここにいる子たちの中から騎士になったり、シスターになったり子たちが出てくるのだろう。
どんな道なりを歩むにしても、きっとその両足で乗り越えてほしいと思いながら、学園の前を通り過ぎた。
マニフィカはテラス教の総本山だから、作られた協会もかなり大きくて装飾も細かい。
それを見にかは分からないが、多くの人が訪れている。
テラス教徒なのかは見ただけで分からないのだけど、それでもこの世界で唯一の宗教であるために参拝者の数はとても多い。
教会内では、奇跡の治療や礼拝が行われていた。
奇跡の治療、それが学べるのであれば私は今後みんなが怪我をした時に役に立てるだろうと思って、どんな風にやっているのか見ていた。
見ていたのだが、ただ祈るように両ひざをついて、目を閉じて、頭を患部に軽く充てる。
軽い怪我であれば、そのまま普通に礼をして去るのだが、遠目から見てちょっと大変な怪我だなと思うものや私のところから見えないが大怪我であった場合、奇跡の治療で終わると倒れる子、顔を青くしてふらふらと他の子に支えながら奥に引っ込む子、と怪我に応じて何かを消費して消費しつくすとあんなことになるのはちょっと怖く感じた。
あれはどういう状態でそうなってしまったのか。
教会で働く人はみんな忙しくしているので、わざわざ呼び止めてまで質問していいのかと思っていたら、日の暮れを告げる鐘が響き渡る。
お世話になっているレガードさんの家。
それも明日で出ていくことに決めていた。
レガードさんからの依頼の手紙も受け取っているので今日にでも出発できたのだが、私が一人街を見てみたいとわがままを言ってみんなを一日引き留めてしまった。
一人でレガードさんの家に到着すると、みんなはもう食堂の方に集まっていてレガードさんと何かを話していた。
「すみません、ただいま戻りました」
私が食堂にそう言って入っていけば、みんな揃っていて迎えてくれる。
初日に座った席が、自分の席であるように同じ席に着いた。
私が入ってきたところでそれなら食事にしようかとレガードさんが言う。
料理が運んでくるまでの間、そう言えばと先程私が見た光景を聞いてみることにした。
教会で奇跡を使って、大きな怪我を治した場合に倒れてしまう子や顔を青くしてしまう子について。
全部話し終わると、意外と答えてくれたのはノナさんだった。
「瘴気酔い、瘴気頭痛、言い方は色々ある」
「えっと、どういうことでしょうか?」
全然言葉が分からない。
「基本的に魔法使いは自分の魔力以上の魔法は使わない。使わないし、起こさない」
ノナさんの説明からして、魔法使いと言われる人たちは自分の魔力の量を理解しているということだ。
私はしているのかと言われたら、さっぱりしていない。
意識しなくても、それが出来ると思ってしまうから。
「魔法を使えば、魔力を補充しないといけない。その時に周囲の瘴気を取り込む。これが使う量が多ければ多いほど取り込むのも多くなる」
分かる部分と分からない部分がある。
「その時に取り込むのが多すぎると頭痛がしたり、濃い瘴気を短時間で吸い過ぎた事での酔いが出ると言われている」
「私なったことないんですが……それって私の魔力の量が多いからでしょうか」
「……ムツミはよく分からない」
「……そうですか」
魔法に詳しい人に聞くのがベストだろうか。
「そういうのどこで教えてもらったんだ?」
「前の仕事。魔法使いが相手の時はとりあえず打たせておけば、そのうちに魔力酔いになるって、そこを狙えって言われていた」
「けど、避けられるの前提の話だよな、それ」
「そう。だから、はっきりと良い戦法とは言えない」
私がその様子を眺めていると、隣から大きなため息を吐く音が聞こえた。
「もうすーぐ戦闘狂の二人はあぁ言う話にする」
「いつもしているんですか?」
「してるよ。訓練してるときなんて、お互いにあーだこーだと良いところも悪いところも含めて言い続けてすーぐ訓練再開しちゃう」
「あら、私は素敵だと思いますわよ?」
「君たちは本当に仲良しだね」
向かいの席ではそんな私たちをレガードさんが眺めているところだった。
「すみません、騒がしくしてしまって」
「いいよいいよ、気にしないで。明日からこれが見えないと思うとちょっと寂しいね」
「ヒルダさんもすみません」
「気にしないで。それにあなたたちがいると主人の帰りも早いから、私は嬉しくていいと思ってるもの」
ヒルダさんがレガードさんに身を寄せるようにする。
夫婦仲はいいみたいだけど、私たちがいなくても帰りは早くした方がいいと思う。
この世界に労働基準法もないのだから、残業だって無限にしてしまえるかもしれないが、それでも帰った方が健康のためにもいいと思いますと、心の中で意見しておく。
「アビーも聖女だから奇跡は使えるし、一人で何人も大怪我の人間を見てあげられるけど、それでも極めていると言えなくてね。治療魔法または奇跡の治療、それを作ったのは現Sランクにいる人でナタリアという方を当たってみるといい」
「おっさん、知り合いなのかよ」
ジーンが興味を示して前のめりに聞く。
「いや、どこにいるかは知らないよ。ただ彼女は聖女の中でも最高位、彼女を超える聖女はこれから二度と現れないと言われているほどの実力者だったからね。教会内での記録が残っているんだ」
Sランク冒険者。
どんな存在なのか全く想像が付かない。
「そんな人がどうして冒険者なんて?」
「破門になったからだね。彼女は人であろうと亜人であろうと関係なく治療して回っていたから」
「亜人……というのは良くないのですか?」
「テラス教においてはね。三百年前に起きた製魔戦争、それを起こしたのは亜人とされていてね。亜人は私たちに敵対している種族とされているのさ」
昔大変な戦争が起こっていて、もう戦争の当事者たちはいないと言うのにずっとその偏見は続いているという状況だろうか。
だったら、ナタリアさんという方がした行為は別に悪い事ではないはず。
「亜人というのはどういう種族のことを指すのでしょうか?」
私も人間ではないので亜人という括りに入るかもしれないから。
「エルフやドワーフ、あとは小人。これらは人族に入っている。というのも、私たちと同じ陣営で戦っていたという記録が残っていたからね。認められているんだよ」
胸に手を置いて、思わず安堵の息を吐いてしまう。
向かいのレガードさんは薄い笑みを浮かべているだけだが、こちらとしてはただでさえ迷惑をかけていると言うのに迫害されるべき種族なのかもしれないと、私と一緒にいることでみんなに迷惑をかけるかもしれないと真剣に悩んでいたところだったのに。
「それで亜人だったね。吸血人、人魚、銃人種とかで迷惑には決まっていないんだ。人賊以外で人のような姿をしている者たちと大雑把に括ってある感じだね」
「そうなのですね……」
「それでもし、君たちが亜人たちと出会った場合はどう対処する?」
どう対処すると言われても困る。
戦うというのはなんだか気が引ける。
多分、私は同じ人の姿をしているなら動けなくなってしまう自信しかない。
「とりあえず、戦わないでいいように話し合いの方から始めたいと思います」
「テラス教は彼らと敵対しているのに?」
「はい、私自身はテラス教ではないので、私の冒険者のルールで行こうと思います」
私が答えると、レガードさんの笑みが一段と深まったように見えた。
「うん、それでいいと思うよ。もし、仲良くなれたのなら教えて欲しいね」
「そうですね、その時には」
それからは楽しい楽しい最後の晩餐会。
たくさん食べて、たくさん飲んで、英気を養う。
私たちは明日、マニフィカを発つのだから。
謝辞
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