初交流
白旗を掲げて立ち上がったのだが、少年少女はどうやら私たちへの警戒は解いていない。
正しい対応なのだけど、私にとっては早く解いて欲しい警戒心。
確かな凶器と、対応を間違えたら向けられる殺意。
相手は確かに誰だと言っていた。
だったらこっちは答えないといけない。
久しぶりに人と話すので緊張する。声が裏がらないのを祈って口を開いた。
「す、すみません。あなたたちに危害を加えるつもりは一切ありません」
それにしてもまだ剣を収めてはくれない。
「だったら、顔を見せたらどうなんだ」
あ、私毛皮被っていたんだった。
そのことを思い出して、毛皮を脱ぐ。
「これで信じてもらえるでしょう……か?」
私が顔を晒したところで、二人が呆然としているのに気が付いた。
どうしたのだろうかと首を傾げてみるのだが、何がどうしたのか理解が追い付かない。
「あ、あの、これでいいでしょうか?」
「あぁ……とりあえず、今調査している人たちのところに連れていくってことでいいか?」
「はい、それで構いません」
何か私は変なことをしてしまったのだろうか。
それにしてもこの格好で人と会うのは、さすがに私としても恥ずかしい。
毛皮で奥まで見えないのだからいいのかもしれないのだが、この下は絶対に人には見せられないような状態になっている。
「あ、えっと、それじゃあ、付いてきてくれるかな?」
分かりましたと言って、少女の後に付いて行くことにした。
黒髪の少年を見ていると地球のことを思い出す。
ただ、少女の髪、銀髪を見ているとここは地球ではないのではないんだなという気が大きくしていく。
それにしなくても、彼女たちと話してて驚いたことがある。
私は多分、日本語しか分からないし、喋れない。
だけど、そんな私が彼女たちの言葉をしっかりと理解して、会話が成立していたことになる。
そうなると私がこの世界の言語を理解していることになるのか、もしくはこの世界が日本語で成り立っていることになる。
判断が難しい。
前を歩く二人に声をかけることにした。
「あのー……すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「ん? 何々?」
銀髪の少女が振り返り、後ろ歩きを始める。
ちょっと危ないと思うんだけど、少女は危なさを感じさせずに歩き続ける。
「それはちょっと危ない歩き方なのでやめた方が……あのそう言えば、名前は何でしょうか?」
「私たちの名前?」
「はい、そうです」
二人が目を見合わせる。
少女の方がニッコリとほほ笑んで私に告げてくれた。
「私はクラリス・クラーク、クリスでいいよ。こっちはユージーン、それであなたは?」
「俺もジーンで構わない」
そうだ。
自分も名乗らないといけない。
けど、自分ってどんな名前だったっけ、と記憶を探る。
探ったところで霧の彼方にあるような感じで全く思い出せないのだが。
確か、変わった名前だったことはなかったはず。それと男女どちらでも付けられてもおかしく名前だったと思うのだけど、それでももう思い出せないのなら、こっちでの名前を作った早いように感じてしまう。
似たような感じの名前で、パッと思いついたものを答えた。
「私の名前は、ムツミといいます。よろしくお願いします」
私がそう告げると、クリスが横に並ぶ。
「ムツミ……さんって、エルフなんだよね?」
「そう……ですね」
中身は貴方と同じなんですとここで言っておけばよかったと次の言葉で早速後悔することになる。
「エルフって南にあるっていう隠れ里から出てこないって聞くけど、どうしてこんなところにいるの?」
嘘を吐いて切り抜けるべきかもしれないが、口が動かなくなったところで、吐くべきタイミングを失ってしまう。
沈黙が長くなるほど、不信度が上がってしまうと思う私は、ここは本当のことを言うべきだと考えた。
「実は……その、覚えてないんです」
「どういうことだ?」
「そのままですが、そのここに来た時の記憶がなくて、気が付いたら森にいて、ずっとそこで過ごしていました」
「マジか……」
「記憶喪失って奴?」
「多分、そうかと……」
二人とも驚いてしまっている。
けど、私は何も嘘を言っていない。
これが真実。
そうやって話していると、集団の近くまで来ていたみたいで、その中の一人がこちらに気が付いたように駆けよってくる。
「おい! お前ら、何でこんなところにいるんだ! 森の外は良いって言ったが、中に入ってくるなってあれほど!」
「ま、待ってくれ! こいつが森の中から出てきたんだ、それで」
ジーンに話しかけていた男性がこちらを向く。
ジーンに比べて厳つい顔をしているし、体付きもしっかりとしている。
私よりも身長もあるが見上げるほどでもない。
「どういうことだ、それにその毛皮」
「えーっと……」
クリスがこれをどう説明したらいいのか考えこんでいるのだが、私が説明した方がいいだろうと思って二人よりも一歩前に出る。
「すみません、現状がどうなのか説明してもらってもいいのでしょうか? 先日から森が騒がしくてこうして人前に出てきたのです」
「……ラウンドベアという魔物の異常個体が出たんだ。それで俺たちはこうして調査に来たんだ。街にとっては災害になりそうだからな」
魔物、という言葉にピンとこなかったが、ベアという言葉に思い当たる節がある。
もしかしてではないと思いながら、慎重に言葉を選ぶように聞いてみた。
「あの……それってすっごい大きなクマみたいなやつでしょうか……?」
「そうだが、何か知っているのか?」
否定して欲しかった気持ちもあるのだが、あっさりと肯定されてしまえば、もう受け入れるしかない。
「その……この毛皮、その魔物……? というものから剥いだもので……私が殺してしまいました」
「は?」
怪訝そうな目を向けられるが事実だからしょうがない。
どうやったら信じてもらえるのだろうか、とそうだと思いつく。
まだきっと死体は残っているはずだから、と案内してしまえばいいんだ。
幸いもう少し歩いたところからは、私も歩きなれた森になるわけだし。
「まだ死体が残っているはずですから、案内しましょうか? 食べようとしたのですが、大きくて移動も出来なくて、血も抜けなかったので……」
「……あぁ、頼む」
硬い表情に声色でそれでも案内を頼まれれば、私は頷いて承諾する。
では先にというところで、クリスとジーンも横に並んだ。
いいのかなと先程怒られていたのに、と男の方を見ると、
「お前らはここで待っていろ」
「えー! 私たちが連れてきたから最後まで」
「お前らは本来ここにきていいランクじゃねぇんだよ!」
怒鳴られて痛そうな顔をする。
私には分からないが何やら資格みたいなものがないとダメだということは理解した。
ただ、この男の人と二人きりも少々気まずい。
「あの、私からいいでしょうか……? 二人を連れていっても」
「そうはいってもよぉ」
「初めて出会ったのも彼女たちなので、一緒にいてもらうと落ち着きますので……ダメでしょうか?」
私がそうお願いしてみると、苦虫を噛み潰したような顔をしたのちに、集団に向かって、「おい!」と声をかけると重装備に盾を持った人と、弓を担いだ人が近寄ってくる。
私が削り出したちゃっちな弓ではなくて、映画で見るようなしっかりとした造りの弓だ。
「それじゃあ、案内頼んだ」
「分かりました」
二人を横に並べて、森の中を移動していく。
動物たちが騒がしかったのもこうやって人が入ってきたからだったのかと同時に、ようやく人と交流することが出来たという安堵が私の中に生まれていた。
かれこれ三か月、一人で過ごしていた。
動物たちが一緒にいてくれたので、多少孤独感は薄れていたのだが、彼らとは会話が出来ない。
私は気が付いていなかったのだが、人との会話に飢えていたんだろう。
彼らと話せてどこか満足感を得ていた。
しばらく、歩いたのちにかの巨大クマを死体のところまで案内すると、全員が息を飲んでいた。
「マジか……」
「ムツミ、すごいね……」
クリスもジーンも目を丸くして驚いていた。