少年剣士の始まり
俺が剣を握ったのは覚えてない。
多分、親父に憧れて振り回していただけだと思うんだが。
それでも親父は武器という名の木剣を持っている俺に対しても楽々とあしらってくるから余計に突っかかるようになった。仕事中にもかからわずに襲撃したとしても軽々と素手でいなされる、地面に叩きつけられたりしたが、やめろとは言わなかった。
だから、俺の方も怪我しようが関係ない。
どうやったら親父をぶちのめせるのか、そればかり考えていた。
そんな事ばかりやっていたせいで、同年代の男友達の間ではいつの間にか一番強くなっていて、年上も相手したことがあったけど、それでも勝つことが出来た。
ただ、それでも親父は一度もぶちのめすことが出来なかった。
そんな俺の近くにはずっとクリスがいた。
俺が親父に突撃していくと、クリスはいつも心配そうに大事に抱えている人形をギュッと抱き締めて心配そうに見つめていた。
あの頃のクリスはお嬢様だった。
親父にもクリスは大事な人の娘だから守ってやれ、と。
男なら大事な女の一人は守れるようになれ、と。
親父は守れていたと思う。
何かを後悔しているようだが、そのことを俺にも一言も言わなかったし、適当にはぐらかせて聞かせてくれない。
すっごい聞きたいというわけでもなく、ただ気になる。
それだけのことだ。
だから、親父に勝てれば口を割らせることが出来るのではと思っていたところもある。
体も成長して、どんどん背も伸びてきたのに、それでも親父との実力差は全く埋まる気配がない。
いや、自分が成長して、相手との力量差がなんとなく分かるようになってくると親父と自分の差が天と地ほどあるのだと、心が理解してしまう。
ただ、そうであっても逃げない。
親父を超えるのが目標だから。
気が付いたら、綺麗な服でなく、動きやすい服でクリスが隣に立っていた。
どこで習ったのか、格闘術を身に着けて。
最初は大丈夫だった。
親父も似たような戦いだったから、対応できていた。
ただ、どんどんあいつは強くなっていって素手での戦いだと負け越すようになって、勝つことが出来なくなった。
その頃から素手と木剣を使ってやるようになったのだが、あいつはこちらが武器を持っても同じように対応してきた。
どこで習っているのか知らないのだが、ちゃんとその戦い方は武器を持った相手をするもので受け流し方から懐に入る動きも滑らかで気を付けていないと一発で倒される危険性がある。
クリスとは二人で過ごす時間が多くなって、気が付けばいつも一緒にいた。
冒険者に登録したのも同時というか、組合の方には一緒に行って登録した。
そこからは怒涛の日々だった。
ムツミに出会って、ノナと出会い、ミレイに出会う。
自分が全く知らない世界の住民たちばかりだった。
ムツミと最初であった時には、全くその強さも分からなかった。
立ち方があまりにも自然で取り繕っている要素が皆無だったから。
親父とかは相手をするときには、こっちに気配を向けてくるから、この相手はどれぐらい強いのかって測ることが出来る。
だけど、ムツミは全くそんなものを感じなかった。
そこら辺を歩いている人と変わらないような雰囲気だったのだが、狼との戦闘でその強さを垣間見た。
その巨大な狼と対峙した時、一瞬だけど動けなかった。
初めての戦闘での恐怖。
暴力的な殺意。
いつも相手をしてきた親父とは違う優しさも何もない、純粋な暴力。
それらに一瞬反応は遅れるし、切りかかったところでただ弾かれて終わりだった。
ただ、ムツミはそれに対して無手で抑え込んでいると思えば、その鋭い爪を突き付けられても怯むことなく立ち向かっていた。
わけの分からない強さだった。
俺の理解の範疇を超えた力を持っているから、ムツミのことを理解出来なかったのかとようやく思い至った。
自分が理解出来ない領域にある強さというのはこういうものなのかと実感する。
ただ、ムツミは強者なのだが、あまりにもその姿が普通過ぎる。
遠征の依頼を受けるとそれは顕著で、街の外を歩いていると何故だか目を輝かせて周りを見ながら歩いている。
街の中でも楽しそうに口角が上がっているのに、それが表情と雰囲気に伝播している。
それと殺しに慣れていないところ。
殺すことも死体を見るのも慣れていない。
慣れるべきじゃないことかもしれないが、それでも生活の中でそういうことはどこか隣り合わせになっていることだから、自然と慣れるものだと思っていたのだがムツミは一向になれる気配がない。
かといって、それで悪い奴らを逃がすほどでもない。
ただ、それを手段と取りたくないと思っているのは感じる。
ノナは足運びや体の使い方から、ただ者ではないと思っていた。
どうして近寄ってきたのかと、そちらの方を警戒していた。
気配の殺し方からして、真っ当なことをやってきたわけじゃないのも分かっていたから尻尾を出したら叩き切るつもりであったのだが、その必要もなくなってしまう。
プロの殺し屋と言うのには驚いたのだが、いい練習相手が見つかったと思った。
動きが人間を殺しに特化しているのもあって、最初練習試合として対峙した時には負けたのだが、徐々に動きになれて勝ちを拾えるようになってきた。
ただ相手も一度通用した手が何度も通じるような甘い相手ではない。
二回連続は絶対に無理で、しばらく合間を置いてから試したとしてもしっかりとそこは潰してくる。
ムツミのわけの分からない強さ比べて、まだ俺の中では強さに関しては測れるので任せてもいいと思っている。
ミレイに関しては並ならぬ気迫を感じる。
それは執念であったり、復讐心であったり、そこにあるのは俺の知らない感情だ。
まだまだ動きに関しては体が付いてこなかったり、武器を持って少し使えるようになった素人同然の物なのだが、折れない。
ミレイはどれだけ厳しく言おうが、稽古で打ったとしても燃えるような瞳で全く折れない。
むしろ自分から強くなるためには死ぬほど努力しないといけないから遠慮はいらないと寸止めでなく打ち付けて来いと言ってくるほど。
訓練で痛めるならば、痛めれるだけ痛めたい。実戦でそんなこと出来るわけもなく、少しでも剣が体をかすれば裂けて血が出る。痛みもあるから、そのせいで動けなくなるのを防ぎたい。訓練で痛めることで自分の動きの弱点を知り、実践ではやられないようにしたいと言われてしまえば遠慮なんてしたら逆に失礼になるなと思って、こちらも全力でやらせてもらった。
最初は口だけかと思っていたのだが、心から復讐がしたいと思い強くなろうとしているのが分かり、機会が出来たのなら、一緒にやってやろうと思っている。
強くなりたい。
みんなそう思っている。
身近にわけの分からない強さを持ったムツミがいるから、みんなそこを向いている。
クリスは一時期、これ以上はいいかなとかランクに見合った強さぐらいがちょうどいいよとか言っていたが、ムツミと出会ったからはそうでもない。
どうやったら、そこに辿り着けるか分からないけど、みんなの目標は決まっている。
道筋は全く不明だけど。
「しかし、身体強化ってどうやってやるんだ」
マニフィカにあるレガードっておっさんの家の裏の庭でノナと訓練をしながら、思わずぼやいてしまう。
どれだけやってみようとしても上手くいかない。
「掴めそうな気がするけど……足りない」
身体強化が出来るようになれば、もう一つ上の強さになれる。
それは分かっている。
ただ、それが出来ない。
ムツミは無理だ。
自分でそうしている自覚がないから。
「何が足りねぇんだ?」
「分からない……これかなと思ってもつかめないから」
実際に身体強化が使える人間に教えてもらうしかないかもしれない。
そうでもしないといつまでたっても俺たちはこのままでムツミに追いつくことが出来ないで終わってしまう気がする。
あれはあれで寂しがり屋だからな。
自分が普通とは違うことを気にしているところもある。
容姿の方はどうだか知らないのだが、肉体的な物や筋力的なもので普通の人が出来ない事が出来てしまった時の反応は顕著で、ムツミ自身は気が付いていないようだが、はっきりと態度で落ち込んでいる。
背中は曲がって、肩を落として、沈んだ表情をしたら誰だって気が付く。
それでも自分のことに関しては、
「大丈夫ですよ」
そう言って後回しにする。
「……強くなりてぇな」
俺のぼやいた言葉はとても小さく呟いたつもりでいたのだが、ノナはしっかりと反応する。
本当に耳がいい。
「強くなる、絶対に」
ノナもノナで何か目的があるのだが、それを言おうとはしない。
自分の胸の中に仕舞っている。
冒険者は胸の中に色々と仕舞っている奴が多い。
俺たちのチームも三人該当者がいる。
ただそれをチームだからと聞いたりしない。
本人が零した分に関しては聞いてあげるのだが、そうでもないなら聞かないのが冒険者のマナーだからだ。
「さぁ、絶対にな」
ノナに向かって言いながら、剣を構える。
身体強化は使えないが、それでも普通に練習形式の試合ならやっていける。
いつか使えるようになるために、今はこうして基礎を磨いく。
そして、また今日剣戟の音が響くのであった。
謝辞
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