瘴気と浄化
私が冒険者になった理由。
それはこの世界のことを知りたいから。
ただのそれだけだったのだが、今となってはみんなと旅が出来るからというのも付け加えてもいいかもしれない。
「僕では知ることも出来ない事だけど、君たちであるなら解明できるかもしれないからね」
それは買いかぶり過ぎだ。
「それを目的の一つとしてもいいのでしょうか」
左右に座る仲間たちに顔を向けながら私は尋ねた。
ある意味では行動を縛ることだ。
私一人では決められない。
「いいんじゃね? いろんなところに行って、強い奴とも戦えそうだし」
「私は戦うのはどうかだけど、色々なところいけるのは賛成かな」
「私はみんなといられるならいい」
「ミレイさんは?」
意見を求めれば、三人はすぐに答えてくれたのだが、ミレイさんだけは言ってくれなかった。
私が聞いてみると、ちょっと驚いた表情をしている。
どうしたんだろう。
「私は……力をつけれるなら、それでいいですわ」
ミレイさんは復讐を諦めていない。
それがいけないことというのは、私がそこまで他人に強い感情を持っていなかったのもある。
ただ、きっと私にできる事はミレイさんが復讐の炎で自分自身を燃やしてしまわないようにしてあげる事。
それぐらいしかないかもしれない。
みんなの意見はおおむね賛成。
だったら、もう決まった。
「そうですね、それを目的の一つに加えて、色々なところに行けるように依頼を受けましょうか」
まだこの大陸も踏破できていない。
それがどれぐらいの年月が必要か分からないけど、せっかく知らないこの世界に来たのだ。
知り尽くしたい。
この世界にテレビがあったら、私はテレビで満足していたかもしれないけど、この世界にそんなものは存在しない。
自分の目で見て確かめるしか術はないのだ。
「それにもしかしたら、その過程でムツミの過去も思い出せるかもしれないしね」
クリスがそう言ってウィンクした。
そう言えば、二人にはそう話していたんだといまさらながらに思い出す。
「どういうことですの?」
「変わった事情があると思っていたけど、どういう事情かな?」
同時に言われた言葉だが、ミレイさんはとても心配そうに私を見つめながら言うのに対して、レガードさんは興味津々というのを隠さないで言う。
「あなた、そういうのは心配してあげないと不謹慎ですよ」
奥さんにたしなめられているのだが、レガードさんはニコリと口元に笑みを浮かべる。
悪いね、と奥さんに謝るのだが、それ以上の注意がないということは奥さんの方もレガードさんの性格をしっかりと理解しているのだろう。
「えーっと……クリスたちと出会う三か月前、神狼の森で目覚める前の記憶がないのです」
正確にはあるにはあるが、歯抜け虫食いの酷い記憶が。
「じゃあ、ムツミ君はそこで目覚める前、自分がどこにいたのか分からないと?」
「……そうですね」
日本の自宅にいた事は覚えている。
ただ、どうしてここに来たのか、どうやってここに来たのか私の記憶には存在しない。
「では、ムツミ君はエルフの森の出身のエルフであるということも分からないわけだね」
「そうですね、起きて気が付いたらあの場所にいたので……」
「……何か、そういうことを言っていた……いや、記されていた書物があった様な……」
レガードさんが顎に手を当てて、記憶の海に沈んでいく。
「私からも一つよろしいでしょうか?」
「えーっと、どうぞ」
アビゲイルさんが小さく手を上げたので、先を促す。
しかし、答えられることは少ないのだけど。
「あなたは本当にエルフなのでしょうか?」
「……違うのでしょうか」
ファンタジー映画で度々目にするエルフの見た目にそっくりだったのだが、もしかしてこの世界では違う特徴を持った種族がエルフと呼ばれていたのか。
「いえ、そうではなくてですね……そのなんていうのでしょうか、見た目はエルフの特徴的な物ですが、そうではないような気がして……」
首を傾げてしまう。
雰囲気はエルフそのものだけど、何か違う。
「それはきっと魔法。ムツミの周りはあり得ないほど瘴気が渦巻いててぞわぞわする」
ノナさんの発言だが、自分が危険な物のように思えてしまう。
「それはみんなに危険がありますよね……魔物になる瘴気をそんな振り撒いているのでは……」
「逆、ムツミが全部集めてどうにかしてる」
「どうにかって……」
「分からない。瘴気が見える人に聞いた人がいい」
それもそうだ。
ノナさんのは全部感じたことを話したまでだからだ。
なるほど、という声が聞こえて声のした方を見るとアビゲイルさんが深く頷いていた。
「あなたの近くでは瘴気の嫌な感じが全くしなかったのは、あなたが浄化していたからですね」
私そんなことが出来ていたのか。
全く知らなかった。
けど、浄化か。
それはいいことなのだろうかと考えてしまう。
だって、魔法使いであろうと近接で戦闘を行う人たちは瘴気を利用している。
魔法使いたちは自分の体の外側にある瘴気を利用して行使している。近接職の身体強化は、体中に魔力を巡らせている。
それが出来なくなれば人類の魔物への対抗手段が一つ減ることになる。
ただここで一つ疑問が私の中で浮上した。
そもそも瘴気はどこから発生してのか。
自然現象としても、大量に体内に取り込むと危険そうなものをそんなもの放置しているのだろうか。
「他にも同じようなことができた人はいるのでしょうか?」
「瘴気の浄化でしょうか?」
「そうですね、そのような事ができる人がいたのかなと……」
「人の身でそのようなことが行えたという記録はございません」
人の身ではない。
では、人ではない何かがその役割を担っていたと言うことだろう。
「少なくともですが、霊峰イニオン・ルインにいる神竜様は瘴気の浄化を行ってくれています」
この世界がまだ瘴気で溢れかえっていないのも神竜という存在がずっと浄化し続けているからなのか。
私という存在を知るため、もっと言えばこの世界を知るためには神竜という存在と言葉を交えなければならないわけか。
けど、不安は大きい。
この世界の強さの頂点に君臨するような者たちの前に自分のような存在が立つことが許されるのか。
殺されないのだろうか、と。
それが最悪自分ならいいのだけど、仲間たちに牙を剥いたときに冷静に対処できるのかが心配だ。
自分に対してなら、焦ったりするだろうがそれでも対処できそうな気がする。
自分ならいい、自分が犠牲になるのであるならばいいというのは別に自己犠牲の精神があっていっているわけじゃない。
その方が楽だから、他人が傷つくよりも自分が傷ついたほうが楽だから、その方が良いと思っている。
「瘴気は自然現象ではないですよね? 発生している場所とか、原因みたいなのは調査はされているのでしょうか?」
「いえ……一説には地の底に封印されている魔物の王からとも言われていますが、そのようなものが跋扈した記録もありませんので、現状不明と言っていいでしょう」
原因がわかっているなら、それを排除すればいい。
そう思っていたのだが、分かっているならこの世界の人達が私が来るよりも早く行動に移しているか。
分からないことが多い。
みんな調べているけど、それでも多い。
「さて、難しい話をしすぎたね。まだ君たちはマニフィカにいるのだろう?」
「そうですね、数日は滞在すると思います」
「なら、僕の家に泊まっていくといいよ」
そこまでお世話になってしまっていいのか悩む。
宿もいつも通り適当な値段な場所に泊まるつもりだったのだがと思いながらも仲間たちの方を見るとクリスはキラキラした目でこちらを見てきていた。
ここで断ったら反対されそう。
「……すみません、お世話になります」
私に関わる様々なことが推測されては、何一つ確定されなかった食事の席。
ただ、今後の目標だけはしっかりと定められた。
また歩くような速度でゆっくりとコツコツと進んでいく。
その思いを抱きしめて、マニフィカに来た日の夜は過ぎていった。
謝辞
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