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旅の目的

 こういう時は食事というのはコース料理かなと思っていたのだが、どんどん食事が運ばれて、長テーブルの上が料理で埋まっていく。

 そうなってくると、どんどんみんなが食事を取っていくので、私もそれに倣って盛り付けていった。

 こういう場所での食事のマナーなんて習っていない。

 日本では上司と食事が精一杯で、忘年会や新年会でもう少し上の立場の人がたまにいたぐらいで、ビジネスマナーというか、知ってるのは飲みの席でのマナーしかない。

 一応、フォークやナイフの使い方は分かるのだが、それだけしか知らないと一人で焦っていた。

 盛り付け終わり、食事を始めたみんなの様子を横目で盗み見る。

 クリスやミレイさんは、どこかで習ったのかしっかりとしている。

 所作がちゃんとしていた。

 これはまずいのではと焦る気持ちを抑え付けて、ノナさんとジーンを見れば、フォークでがっつり刺したりして、街中の食事処で食べるような食べ方をしていて、ホッと胸を下ろす。

 その食べ方にレガードさんが何も言ってないのを見て、ようやく私も食事に口をつけることにした。

 ジーンやノナさんは肉料理を中心に、後の私たちはバランスよく食べるようにしていたが、どれもこれも美味しい。

 街の食堂で食べるようなものとは全然違う。

 日本でも高級店でしか、こんな美味しい料理を食べれないのかと夢中になりながら、食が進む。

 日本では高級店なんて行ったことは、昔片手の指で数えるほど。

 誰と行ったのかは思い出せないけど、行った覚えがあるけど記憶は忘却の彼方。

 これもこちらに転移してきた影響の記憶障害のせいかもしれない。

 大事な思い出だったのかな。

 どうなのだろうか。

 それすらも今は分からない。

 ただ、私はチェーン店をよく利用していた覚えがある。

 個人店はなんだか苦手で、安定と安心のチェーン店ばかり。

 だから、行くお店のレパートリーは全くなく、会社の人たちがどうしてそこまでお店に詳しいのか心底分からなかったのは覚えている。

 そんなチェーン店ばかりに慣れてしまった私の舌にはとても贅沢の味だった。

 ただ、ずっと視線が気になる。

 斜め前に座るアビゲイルという方からずっと視線を向けられている。

 今もほら、顔を上げると目が合った。


「ムツミさんは彼女が誰なのか気になるのかな?」

「いえ、あの、気になるというかすごい目が合うので……気になるのは気になりますが……」


 衣服がただの修道服とは思えない装飾をしているのだから、偉い立場なのだろうと勝手に推測をする。

 ミレイさんならきっと分かっているのだろうか。

 こうして対面しているからこっそり聞くのも憚れる。


「彼女は第一聖女、というのはこの国で言われ方か。世界では聖女アビゲイル、その人だよ」

「へー」


 ジーンの気の抜けるような相槌のおかげで助かった。

 驚いてフォークを落とすところだった。


「えっと、どうしてそんな人が……?」

「君の紹介がしたくてね。無理を言って呼んだんだよ」


 呼ばなくてもよかったと思うんだけど。

 こういう国だから、聖女って立場なら国のトップに近い地位にいるのではないだろうか。

 いや、確か神竜というものから選ばれる存在だとかだから確実にトップに近い地位の人だ。

 もしかしなくても、レガードさんってかなりこの国で偉い立場ではあるのだなと思うと同時に、そんな人がこんな悪戯みたいなことを仕組むのかと尊敬していいのかどうか悩む。


「あの、第一聖女というのはどういうことでしょうか?」

「あぁ、第一聖女というのは神竜様に選ばれた聖女に与えられる、聖女候補たちへの序列だね」


 序列という言葉を聞いて、ちょっとだけ胸が詰まる。

 私が逃げていたことでもあるから。

 

「神竜様に選ばれた聖女は第一、後は聖女としての能力が高い順に第二第三と決まっていく。今は第四聖女までいたのだっけ」

「ええ、そうです」


 会社という小さな社会でも派閥が存在する。

 ならば、国でも存在するだろう。

 出来たら、四つに分かれていないことを祈るばかりである。


「……大変そうですね」

「こちらの事情を察してくれるのかな?」

「いえ、一般的にそうなのではと思ったまでです」


 この国には来たばかりでまだ世情には疎い。

 だから、立て込んでいるなら出来たらそれを知らないまま国から出たいと思う。

 私たちは一介の冒険者で、ただのCランクのチームでしかないのだから、国の相手をするのは絶対に間違っていると思うから。


「レガード様、私の方からも一つよろしいでしょうか?」

「彼女のことかい?」

「ええ、イベリア様……いえ、あの方はどなたなのでしょうか?」


 レガードさんが私の方を見てきて、視線が交わる。

 自分で言うか、こちらで紹介するかどっちがいいかと言われているような気がしたので、どうぞという意味で目を伏した。

 

「彼女はムツミさん。アトランタルで冒険者登録して、現在Cランクの冒険者。それとこのメンバーでチームを組んでいて、チームリーダーをしている人ってことかな」

「……エルフの方が人の住む場所に来るのはしばらく記録にありませんが?」


 アビゲイルさんの視線が私をジッと捉えて離してくれない。

 それは言われていたこと。

 珍しく見られるのが当たり前で、もう気にしないようにしていたこと。

 私が無頓着だから、私以上にクリスやミレイさんが気にしていたけど。


「そうみたいですねー……」

「あなたはどこからアトランタルに来たのでしょうか」

「……エルフの森から」

「違いますね」


 食い気味な指摘。

 露骨すぎたかもしれない。

 嘘を吐くのもあまり得意ではないから、見抜かれやすいのかもしれないと思っていると、ノナさんが動いた。


「魔法、どうして使った」

「いいえ、看破の奇跡です」


 私にはアビゲイルさんが魔法を使ったのは分からなかった。

 ノナさんはどうやって魔法を使ったことを感知したのか分からないが、どうやら私の嘘が下手だったわけではないと思ってちょっとホッとする。


「……気が付いたら神狼の森にいました」

「顕現でしょうか……嘘ではないみたいですが、これでは本当にイベリア様なのでは」

「それは違うと思いますけど」


 否定しないといけないところは否定しておかないといけない。

 流されるままだと大変なことになってしまうから。

 ただ、一応確認のためにみんなの方を見る。


「違いますよね?」

「俺には分かんねぇよ」

「イベリアって誰?」


 ノナさんはもう別枠として、ジーンは分からない。クリスはうんうん唸っていたが、分からないと言われてしまうと、残すはミレイさんなのだが、


「顔立ちは瓜二つだと思いますわ」


 否定して欲しかったのだが、肯定されてしまった。

 そんなに似ているのだろうか、と実際のイベリア様の顔を見たことがないのだから答えようがなかった。

 そんなことを思っていると、いつ呼んだのか執事らしき人が小さな絵画を持ってきていた。


「これがイベリア様の姿を描いたものだよ」


 渡された絵画には白い布地を纏った私と同じ耳をした女性の姿が描かれていた。

 優しい笑みを浮かべ慈愛に満ちた表情、流れるような描かれている髪は綺麗な金髪。

 なるほど、要素だけ抜き取っていけば私にそっくりかもしれない。

 私が結論を出しているとみんな席を立って、私の周りに集まっていた。


「確かにそっくりだな」

「私はムツミの顔の方がいい」

「あー確かに確かに、言われてみると似てたねぇ」


 どういう良いなのか分からないけど、みんなからしても似ていると言われてしまった。

 ここまで言われてしまえば、認めるしかない。

 自分の中では認められない気持ちはずっとある。

 あるのだけど、私はネガティブな方向に見るから、それでそう見えないだけかもしれない。

 何とか納得する理由を自分の中で出しても、やはりどこか認められない気持ちが強い。


「私とイベリア様の顔が一緒……いえ、瓜二つなことは何かあるのでしょうか」

「それは分かりません……私たちは神の声を聴き、神の助力を請うことしか叶いません。イベリア様に何か目的があってあなたを使わしたのか、それとも何か使命を託したのか、それはイベリア様を含む神々にしか分からぬことです」


 アビゲイルさんの言うことは尤もだ。

 もしかしたら、私がこの世界に渡ってくるときに会話をしたかもしれない。その時に何かやるように言われていたのかもしれない。

 ただ、何一つ思い出せない。

 どうしてここに来たのか。

 縁も所縁もないこの世界にどうして呼ばれたのか。

 私には分からなかった。


「ムツミさん、それならそれを冒険者をやって知っていくことを使命とするのはどうかな?」

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします

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