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穏やかな旅路

 出発してからすぐに一人年配の騎士が私たちの方に近づいてきた。

 その人は細かい装飾が施された白い鎧を着ているのだが、その鎧が傷一つもないということもなく、細かい傷がついているところから戦闘でも使用しているのだろう。

 式典用の鎧とかでもない鎧でこんなにも立派なものを身に着けられるぐらいには聖国リベリアは裕福なところなのだろうか。

 

「すまないな」


 一言低い声での突然の謝罪。

 彫りの深い顔で清潔感がある男性であってもあんな男性になりたいというかっこいいおじさん。ちょっと疲れた様子なのはきっとレガードさんが色々と迷惑をかけているからかもしれない。鎧を着ているのに全くそれを感じさせない動作をしているのだから、その下の筋肉は凄いのかもしれないと勝手に想像した。


「いえ、大丈夫ですよ」


 私はそれに笑顔で答える。

 

「そうか、それならいいが……」

「はい、私あまりこの世界のことについては詳しくないので……それで色々と教えてもらえると助かります」


 これは本心である。

 私はあまりにもこの世界のことを知らない。

 子供でも知っているような内容も知らないことがありそう。


「あの人はなぁ……こういう悪癖さえなければとても良い人なんだがな……」


 疲れた声から、きっとこういうことを他でもやっているのだろう。


「悪癖というのは……?」


 私の方をちらりと見てきた。


「いつまでたっても君たちのような人たちに話を聞いて回ったりするところだよ。精神的に子供から成長してないところがあるんだ、あの人は」


 精神的に若いのだろうと、好意的に解釈することにした。

 だけど、周りで振り回される人たちは大変だと思う。

 その筆頭がこの人なのだろう。


「それを除けば、大変有能な人なんだがな……」

「そうなのですか?」

「あぁ、使節団代表もとても栄誉ある仕事の一つなのだが、もっと上に行っていてもおかしくない人だよ」


 心からそう思われているように、言葉に思いが乗っている。

 教会の内部でどんなことが行われているのか私には全く理解できない。

 ただ、人の組織というものだから一枚岩というわけではない。

 それも年月のある立派なところなら確実に派閥が出来ていて、割れている。

 レガートさんの所属する派閥から爪弾きにされているのか、別の派閥からの妨害でこうなっているのか判断が難しい。

 どっちもあり得そうな人柄のせいもあるから。


「私はこの使節団の騎士団の団長を務めているカーティス。カーティス・ワイズマンだ」

「私はムツミと言います。よろしくお願いします」


 カーティスさんが差し出した手を握り返す。


「今後彼がまた君たちに迷惑をかけるかもしれないが……」

「大丈夫ですよ、私の方こそ色々と助けてもらってますので……持ちつ持たれつ、お互いに助け合う関係であれればと思います」

「そう言ってくれて嬉しいよ」


 そう言ってカーティスさんは自分たちの馬車に戻っていこうとしたが、一度立ち止まり、独り言のようにつぶやく。


「あの悪癖さえなければな……」


 その呟きは、とても疲れたような響きをしていた。


 ☆


 出発からして二週間ほど経ったのだが、その間に盗賊からの襲撃もなければ魔物との遭遇もない安全な旅。

 魔物が出ないのは神竜というもののおかげかもしれない。

 盗賊はどうなのだろうか、やはり、こんなに周りに騎士がいる集団に向かってくるのは割に合わないと鼻から見られていないのかも。

 襲撃出来て成功したとしても、騎士というのは国の正式な組織である。

 下手に成功した場合は、国に泥を塗ったとして指名手配なんてされて賞金を懸けられて大陸中を追いかけ回されたりするのかな。

 それなら襲うメリットよりも襲った後のデメリットの方が強い。

 後は全員が正式な訓練を終えて、実戦も経験しているというのが大きいのだろう。

 装備もちゃんとしているから、ボロボロの装備や素人に毛が生えたレベルの盗賊が来たところで、軽く制圧されてしまいそうだ。


「全員強いな」


 騎士を見たジーンはそんなことを言っていた。


「見て分かるのですか?」

「なんとなくな。足の運びとか、体の使い方とか見てりゃ分かることもあるだろ」


 私はジーンと一緒に騎士の人たちを見ていたのだが、全然分からなかった。

 この世界に着て二年は経つのに、こういうことに関しては未だに全く分かる気がしない。


「ジーンは戦士だからね、ムツミが分からなくても仕方ないよ」


 クリスがフォローしてくれる。

 その心遣いはとてもありがたいが、クリスに聞いてみる。


「クリスも……あ、他のみなさんも分かるんですよね?」


 クリスとノナさんが目を逸らした。

 ミレイさんだけは苦笑いを浮かべる。


「私は違いますわ……ただ、身のこなし方とかは所作の綺麗さはどうしてもそういうことを見てきた身ですからね」


 それでも分かるというのは、自分がいかに相手を見てこなかったのかと思ってしまう。

 日本での後悔はとても多い。

 気が付かなかっただけで、いや、私の場合は気が付いていても目を逸らしていただけなのだが。

 だって、見ないでいた方が楽だったから。

 今は違う。

 辛いことも、苦しいことも、嫌なことも見ないわけにはいかない。

 目を逸らしたくない。

 それでどんなに傷ついても私は見る責任がある。

 この世界で生きて行くために私が自分に課していることの一つ。

 ここまでしないと自分を曲げられないと言うの情けないと思う。

 だけど、そうしようと思えてよかった。

 だって、世界は以前よりもずっと色づいて見えるのだけど。


「そう言えば、みなさんは魔法の動きとか分かるのでしょうか?」


 ノナさんとは相変わらず目が合わない。

 私はもっと精進しないといけない。

 いつか魔法の師匠みたいな人を見つけた方がいいかもしれないと心の中でそっと思った。


 ☆


 馬車の中で自然と笑みを浮かべてしまった顔を元に戻すように顔に触れた。

 以前から興味はあった。

 変わったものが現れた場合はその都度情報を集めていたから、それに引っかかったというのもあるのだが。

 ラウンドベアの異常な個体、サーペントウルフの討伐。

 どれもこれも並のAランク冒険者では出来ない所業。

 我が国の騎士団であれば問題なく行えるのだが、訓練もしていなければまともな装備もない冒険者にそれは酷なことだろう。

 ただ、それを成し遂げた人物がいるというのは知っていた。

 見目整った女性だと。

 彼女のパーティがメディウスにいると聞いた時は気が急いた。

 ここで逃してしまえば、次に接触の機会を得られるのはいつになるのかと。

 ちょっと無理な接触であったのだが、こうして依頼を受けてくれるところまで持っていけてよかったと心底安堵した。

 彼女のパーティはとても変わっている。

 筆頭はパーティリーダーであるムツミという女性だ。

 冒険者というのはどうしても乱暴なものが多い。だけど、彼女はその中でもあったことがないほど落ち着いた人物だった。

 彼女のことを冒険者と紹介されなければ、教会で働いている人かなと思うほどの落ち着きようでまじまじと見つめてしまった。

 彼女のパーティは女性が多いのだが、その中でも頭一つ容姿が整っていた。

 そして、その顔を見て、衝撃を受けた。

 女神イベリアに彼女の顔は瓜二つだった。

 肖像画を彼女の隣に置いたら、どちらが本物なのかと言われそうな位にうり二つの容姿を持つ女性。

 今まで似ていると言われたと言っても、雰囲気や一部だったりしたのだが、彼女の場合はイベリアそのままにそこにいるみたいだった。

 訳が分からなくて面白いと感じた。

 彼女だけではない。

 彼女のパーティは他にも面白い人物がいた。

 クラリス・ニルとミレイ・リグレットの二人の女性。

 クラウス・ニルは商業都市群ホープレイでも新参ながらも今成長中の商会、ニル家の娘だろう。

 彼女がどんな経緯で冒険者になったのか。商会の娘として過ごした方がよほど楽だろうに、彼女の家は仲が悪いという噂は聞いていないから個人的な事情かも知れない。

 ミレイ・リグレットはホルス公国にあるリグレット商会の娘。

 僕も会ったことがあるし、リベリアまで来て商売をしていた。

 面識もあったからこそ、一年と少し前に届いた噂について最初は耳を疑ったもの。

 それからは情報を収集して、その情報が確固としたものになった時には無念に思った。

 リグレット商会の一家は盗賊に襲われて全滅。今は副商会長が跡を継いで切り盛りしているということを聞いていた。

 僕はそう聞いていたし、情報を集めた時にはそうなっていた。

 だが、彼女は生きていて、冒険者になっている。

 経緯は分からないが、彼女が冒険者になった目的は読めた。

 ユージーンという少年はどこか誰かに面影はあるが年かな、全然思い出せない。

 ノナという女の子は、あれはあの情報屋兼暗殺ギルドのところの子だろう。この子も始末されたって情報だったはずだったんだけど、人伝いの情報の精度の低さを思い知らされる。

 しかし、このパーティこんな人たちが揃っているのだが、一番の興味はムツミという女性。

 彼女がこれから世界で活躍するなら柵も多くなりそう。

 世界は面白い流れの中に巻き込まれるかもしれない。

 そして、我が国でそれを認めない派閥はある。

 そうなった場合は争うことになるのだろうか。

 争う場合は被害がどうなるのか。

 もし、彼女が女神イベリアと同様な力を持っていたらと想像して身震いする。

 戦いにもならないだろう。

 それよりも彼女は争いを好まない、自ら進んで暴力を振るおうとしない穏やかな人物であると今までの交流から分かった

 こちらから手を出さない限りは良好な関係を結び、一緒の道を歩めるだろう。

 彼女の逆鱗に触れない限り。

 今までは触れてしまいそうだ。

 

「ちょっと偉くなっておかないといけないかな」


 誰もいない馬車で呟きが漏れる。

 国の平和のため、自分の欲のため、彼女の立ちの行く末のため。

 色々と理由は付けられるが、この先を見て行くのであれば悪くない選択だろう。

 煌びやかな馬車の天井には答えは書いていない。

 けど、僕がこれから国に帰ってやることははっきりと見えていた。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします

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