新たな依頼人
メディウスにある大衆向けの酒場。
冒険者組合に近い場所にあるために、冒険者のような装いの者たちが多くいる。
私たちはパーティみんなで来て、食事を楽しんでいた。
お酒を飲めるのはクリスとミレイさん、私はほどほどに、ジーンとノナさんは下戸だ。
円形のテーブルで、私の隣にはノナさん、ミレイさんが座り、向かい側にジーンとクリスが座っている。
私たちが話していない時には周りの声に耳を傾ければ、様々な噂が耳に入る。
王国は戦争でも始めるつもりか、いや、内戦だ。
霞の渓谷のドラゴンの卵を高く買ってくれるから稼ぎ時か。
西は共和国になって落ち着いたが、相変わらず強い魔物がうようよいてAランク以外が言っても死体が増えるだけだ。
どれもこれも冒険者の噂話。
真偽の程は確かではない情報。
自分たちが儲けるために嘘が混じっているかもしれない。
貶めるために嘘が混じっているかもしれない。
ただ、騙されたのならば真偽を確かにしなかった自分が悪い。
ここはそういう世界で、こんな酒場でも小さな駆け引きが行わているかもしれない。
さて、それでは私たちの次の方針はどうしたらいいのか。
今日で二日目。
何も決まらずここまで来てしまったがそろそろ方向性だけでも決めたい。
私がそう口を開こうとしたところだった。
「君たち、ちょっといいかな」
ジーンが睨みつけて、ノナさんが食事から手を離していつでも武器を抜けるように手を脱力させていた。
声をかけてきたのは、一言で言えばイケおじと分類される人だろう。
ちゃんと整えて剃られた顎髭に、細い体に柔和な表情。髪もちゃんと手入れされていて、ショートのツーブロックヘア、刈り上げもしっかりしているからちゃんとしたところでやってもらっているのだろう。
この世界に床屋とか美容院はあるのだろうかとしっかりと決まっているそのおじさんを見ながら思ってしまう。
私の日本での年齢よりもちょっと下に見えそうな見た目は、若作りというよりもエネルギッシュな見た目なせいかもしれない。
服装は白で統一されているが、汚れもない。
軍服のようにちょっと厚みがあるように見えるからきっと丈夫なのだろう。私は日本にいた時に軍服の本物を見たことがないのだけど。
ズボンも作業用のようにしっかり丈夫そうなものを履いている。
そして、格好からして冒険者でもない。
冒険者でもない人がどうして冒険者が利用する酒場になんているのだろうか。
「あぁ、すまないね。争いに来たわけではないんだ」
白い手袋で包まれた両手を上げる。
「リベリアの奴がどうしてこんなところにいんだよ」
ジーンの一言で思わずそのおじさんをもう一度見てしまう。
聖国リベリアの教徒はこういう格好をしているってことなのかな。
「君たちに依頼を出したい、と言ったら?」
興味なさそうにしていたクリスがここで反応した。
ジーンもノナさんも私を見てきた。
ミレイさんがその人のことを見ないのが若干不安もあるのだが。
「……聞きましょうか」
私が口を開けば、クリスが近くの椅子を引いた。
「ありがとう。断わられるかと思っていたよ」
「……まだ受けるとは言ってませんからね?」
一応釘を刺しておくことにした。
安易に肯定すると、割と後で洒落にならないことがあると日本にいる時に学んでいる。
「依頼内容は単純。聖国リベリアまで護衛、期限は大体一月程度」
「俺たちの他の護衛は?」
「いるよ。使節と巡礼を共に過ごしてくれた騎士たちが」
それなら私たちは必要ないのではないだろうか。
そもそも使節で訪れているなら、私たちよりも練度もあれば、実力もある騎士たちが周りを固めているから私たちはすることが無くなるはずだ。
「騎士がいるなら、私たち必要ないけど」
ノナさんが睨みつけるような目つきでおじさんを見る。
「確かに質も実力も騎士たちの方が上だよ。けど、護衛はいくらいても足りないと思わないかい?」
その人の言葉を最後まで聴かなかった。ノナさんから合図があったから。
ノナさんがテーブルの下で私の服を小さく引っ張った。
嘘、もしくは何か隠し事がある気がするという合図。
どうしてノナさんがそんなことを分かるのか私は知らない。ただ、仲間内でも実験してみたところ結構な確率で当たっていたのもあって、知らない人と話す際には頼らせてもらうことにした。
ノナさんからどうして分かるのかって聞いたら、こうぞわっとして疑念が増えるとか理屈ではない感覚的な話を聞いた。
全く参考にはならなかったので、チームメンバーということで頼ることにした。
誰も真似できそうにない技能であるのは間違いないので。
「そうですね……そうかもしれませんが、他にも何か事情がありますよね?」
「そうそう、さすがにねー。だって、この街を拠点にしてて私たちよりランク高い人だっているだろうしね」
私とクリスが言うと、おじさんは真剣な目付きで私たちを見た後に破顔した。
「若いのに慎重でいいね、気に入ったよ」
依頼書がまだ発行されていない仕事の話である。
どうしても慎重にならざる得ない。
リベリアの使節できている人がどんな思惑で来ているのかは知らない。交渉事が得意かもしれないし、服芸だって私たちよりも上手だと思う。
一人だったら私は簡単に乗せられていた話だろうが、今は仲間がいる。みんながいるからきっと大丈夫だと勝手に思っている。
「君たちの冒険の拠点はアトランタルでしょ? 詳しい冒険者の実績とかはアトランタルの組合に問合せしないといけないから分からないけど、評判として悪くないと冒険者組合の受付の方から聞いたからね」
「それなら……」
「ラウンドベアの異常な個体、サーペントウルフの討伐。どっちも剣とか通らない相手だったでしょ? そんな相手を倒しているパーティに興味を惹かれないわけがないんだよね」
特に緘口令がされているわけでもないのに、みんな黙っていてくれている。
知られて困ることでもないのにだけど、言いだしてトラブルがあっても困るから普段は黙っているようにお願いしはした。
優しいみんなはそれに合わせてくれた。
「失敗も今のところはなくて、依頼の達成率も申し分ない。それでランクを聞いたら、まだCランクだそうだからね。これからランクが上がって依頼料が上がる前に顔を繋げておきたかったんだ」
目の前の人は思ったよりもしっかりと調べていて、私たちに依頼を出そうとしていた。
「それに護衛としてここを出たら、嫌が応にも交流は出来るだろうと思ったんだ」
「私たちただのCランクの冒険者パーティですが……」
「まだCランクの冒険者パーティでしょ、君たちは」
何だろうか、すごい買いかぶられているような気がする。
まるで私たちがすぐにランクを駆けあがっていくような言いようだ。
「私は皆さまに任せますわ。ただ一つ私から言えることは、この方と縁を繋いでおいても損はないと思いますわね」
ミレイさんがそれだけ言って、グラスを傾ける。
「知っている方ですか?」
「聞いたことのある方ですわ」
私がどちらに聞いていいか迷っていると、ミレイさんが先に動いた。
「聖国リベリア使節団代表のレガード・ウィザースプーン氏で間違いないですか?」
「僕のことを知ってるなんてね、君は……ふむ、どこかで」
「その方はきっと死人ですわよ?」
「なるほど、良い人たちだったで気持ちのいい取引が出来ていたのに残念だね」
「……惜しんでもらえるのであれば、報われますわ」
どこでどうつながっているのか分からない人間関係。
気になるところだが、今はそれを詳しく聞いている暇もない。
もうここに至っては相手の目的も素性も分かった。
それに対して、受けるのか受けないのか。
それだけだ。
私は受けてもいいと思っている。
聖国リベリアにいけるからというのもある。
仕事として、お金をもらって他国にいけるのだ。
ちょっと得した気分でもある。
みんなの顔を見ると頷いてくれた。
「その依頼、受けたいと思います」
「ちゃんと冒険者組合を通して、依頼書の発行をお願いしまーす」
クリスがきちんとレガードさんに告げてくれる。
依頼は冒険者組合を通して行う事。
そうでないなら、全ては自己責任になってしまう。
面倒ではあるが手続きというのは大事なのである。
「ありがとう。明日の朝、君たち指定で依頼書の発行を行うよ」
レガードさんが立ち上がり、手を差し出す。
「改めて、聖国リベリア使節団代表をしているレガード・ウィザースプーンだ。よろしく」
「このパーティのリーダー……になると思います、ムツミと言います。よろしくお願いします」
リーダーと名乗るのは未だになれない。
今の話でもほとんどみんなに頼ってばかりだったから。
レガードさんが差し出した手を握り、交わした。
「出発は二日後を予定しているから、準備の方を頼んだよ」
レガードさんはそれを告げて、酒場を出て行った。
謝辞
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