初遭遇
「ちょっと、ジーン、待ってって!」
「何だよ、クリス、お前も止めようとか言うんじゃねぇよな?」
「止めないって! てか、止まるような人じゃないでしょ、あんた」
街の外をかけていくジーンと言われた少年とそれを追いかけていくクリスと言われた少女。
少年も少女も皮の胸当てだとか身に着けていて、少年は大きな剣を背負い、少女は傷ついた手甲を装備していた。
二人が出てきた街、商業都市群ホープレイに属するアトランタル。
発展途上の街であるのだが、一応一通りの機能がある。
商人も農業従事者もいるしっかりとした街、だが、この世界特有の職業がある。
それが冒険者。
元々は荒くれ共たちをまとめ上げて管理する組合だったのだが、そこから徐々に魔物の討伐を専門に行ったり、依頼を受けて賊の討伐や、未知の遺跡探索といったものまで請け負うようになった。
ある意味では便利屋なのだが、そこに一攫千金を夢見て数多くの者たちが集うようになる。
二人も首に吊るした真新しい冒険者タグから、この組合に属しているようだ。
「てか、ジーン、私たちここにいていいわけ?」
「いいんだよ。一応、森の中に入らない程度だったらって言われたけど」
「ま、そりゃそうだよね、私だって今の森の中はいるのは怖いし」
ジーンと言われた少年、名前をユージーンと呼ぶのだが彼とクリスと呼ばれる少女の身長差は頭一つ分ほどある。
少年は鋭い目つきに灰の瞳に短く切り込んだ黒い髪をしていた。
少女は大きな瞳が特徴で、銀髪を後ろで一つにまとめている。
街の中では今一つのことが話題になっていた。
森の中で巨大生物が目撃されたということ。
いつものように木こりの男性が森に出かけたところ、森に響く方向と震わせる振動からただ事ではないと思って、逃げ帰ってきたというもの。
その真偽を確認するため、冒険者組合が動いたというわけだ。
そこまで大きな魔物というのはいるにはいるが、それは災害級の物。
街までその魔物が来てしまえば大きな被害をもたらすし、安全が確認できないでいると木こりや両氏の仕事まで出来なくなってしまう。
森に出る大型のモンスターというクマのようなラウンドベアだと予想されるが、そこまで成長した個体を確認したことがないために、組合ではそれの異常個体だということで登録された。
調査には基本的には上位の冒険者が選ばれて、森の中に入っていくことになっていた。
なのだが、この少年たちがまだその上位の冒険者であるかといえば、タグを見ればお察しであろう。
「もう終わってんのかな」
「いや、さすがにそれはないでしょー……朝に出て行ったばかりでしょ?」
そうだなと答えながら、森の手前まできた。
ここから先に入ることは許可されていない。
複数の人数で動く場合、どうしても動くスピードは遅くなってしまう。
個々人の判断で動いていい場合と違い、チームで動かなければいけないときはなおさらだ。
誰が何を担当するのか、どれだけ深度で探索を行うのか打ち合わせもあるためにどうしてもすぐに行うことが難しくなる。
「絶対に入ったらだめだからね」
「わーってるよ」
そう答えた直後、奥で何かが動いた音がいた。
それを聞いてジーンが動き出しそうなところをクリスが服を掴んで踏みとどまらせる。
「絶対ダメだって、知らせた方が良いって!」
「一応確かめておかないといけないだろ!」
「えー……危なくない?」
ジーンはそれには答えない。
危ないなんて分かり切っているからだ。
この場合の対応はここを立ち去り、調査を始めるチームに異変を伝える事なのだが、まだまだ冒険者になりたてのジーンにとっては自分の力を早く試してみたいという焦りもあった。
だから、踏み込んでしまった。
背負っていた大剣に手を伸ばして、構えをとる。
「誰だ!」
一応警告のように声を上げて反応を見る。
隣でクリスと呼ばれる少女もいつでも対応できるように体に力込めた。
またがさりと同じ茂みから音がしたと思えば、木に汚い布をつけたものが掲げられた。
それが何であるのか分かる前に姿を現したのはクマの毛皮を被った不審な人物だった。
☆
巨大なクマを倒した後、解体を始めようと思ったのだが、如何せん体が大き過ぎて上手く作業が出来なかった。
ただ、ここに放置しておくと血の匂いを嗅ぎつけて、肉食な動物や攻撃的な動物たちが近寄ってきてしまう。
ただ、持ち帰るのも難しい。
色々と悩んだ結果、毛皮だけ剥ぎ取ることにした。
なめしたりなんてどうしたらいいのかは知らないのだけど、とりあえずこれだけしっかりとした毛皮なのだから寒くなった時にはきっと重宝するはずだという算段で。
それになんか結構硬い感じもするからもしかしたら、もっと危ない動物の攻撃なんかもこれで防げるような感じもするから。
適当な場所からわたしをすっぽりと包みそうなぐらいの場所を風の刃を使って切り裂いていく。
その後は水にしっかりと付けて、暖かい風を魔法で生み出して乾かしていった。
ちょっと生臭いが、これはこれで。
そうして毛皮に包まれた、翌日。
またもや森の動物たちが騒がしい、というよりも帰ってきている。
ただ、何というか今度はまた別の方面を気にしながら、こちらに走ってきているような感じ。
何か来ているのだろうか。
昨日のような逃げ出さないとという逼迫差を感じないところを見ると、それほど脅威な物ではない気がするけど、しばらくこんな反応はないから確認しておいた方がいいかもしれない。
私は寝床にしている場所から起き出して、毛皮を身に着けて、逃げ出す方向とは反対にかけて行った。
大分、かけていけば、森の浅い場所までたどり着くことが出来た。
どうやらここらあたりが森の終わりみたい。
もしかしたら、ここから出て行けば人がいる場所に辿り着けるかもしれない。
「――――」
何やら話し声が聞こえた気がする。
茂みに身を隠す。
誰かがいるが、どんな人物か分からないから迂闊に出ていけない。
とりあえず、改めようと思っていたら、毛皮が引っ掛かり枝を引いてしまって音を出してしまった。
どんな会話がされているのか分からないけど、それでも森の中に入ってくる気配がする。
どうしようかと悩みながら、そちらを茂みの隙間から覗けば剣を構えているのが見えた。
不味い。
本当に不味い。
あんな長大な凶器を相手にした事がないから、足が竦んでしまった。
あ、立てない。
腰抜けちゃったかも。
そう思っていると、じりじりと近寄ってくる気配がする。
どうしよう。
どうやったら無害なところをアピールできるのか。
白旗とかって通じるのだろうか。
とりあえずやってみたいのだけど、白い布がない。
そうして自分の恰好を見てみる。
あるのだが、あぁ、もうこれしかないっていう自棄。
切り裂いた布をさらに切って、そこら辺に落ちていた気に括り付ける。
「誰だ!」
少年の声がここまで届いた。
そこで私は立ち上がって、白旗を掲げた。