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襲撃前


 ☆

 

「……大丈夫だった?」


 チームメイトの一人が心配をして声をかけてくれた。

 大きく息を吐いてそれに答える。


「あぁ」


 ムツミと言ったか。

 あの女とはランクが二つも離れているのに、今でも恐ろしさから嫌な汗をかく。

 鉄壁のチームは偶然ながら、魔力を感知できるものばかりだ。

 感知と言っても、纏っている魔力からどう流れて使っているか程度を肌で感じると言ったものなのだが、一人だけはしっかりと目で見えている。

 ただ見えなくても分かる。

 あれはちょっと普通ではない。

 どうしてCランクにいるのか理解が出来ない。

 力だけならば、Aランク、いやSランクはあってもおかしくはない。

 

「どう見えた」

「あれは……人なの?」


 彼女は自分の体を抱きしめている。


「どういうことだ」

「人が持つには大きすぎる……あんな力を持ってたら普通は体がもたない」


 俺から見たムツミという女はとても自然体にしていた。

 辛そうだとか、苦しそうだとか言う様子は全くない。

 彼女に取ってみたら自然の状態であるのだろう。


「普通にしていた。それと彼女は多分普通の人じゃない」

「そうなのね……体にまとわりつく魔力が多すぎて、形しか分からなくて……」


 見える、というのも難儀なのもだ。

 それ自体が万能ではないということか。

 こうして相手の姿が見えなくなってしまうというのは不便ではある。


「そうだな……多分、エルフって奴だな」

「エルフ……でも、エルフって自分たちの森から出てこないって言うし、それにあんな魔力纏った人がいるの……?」


 疑問のように出てくる独り言。

 それは俺も思っているところだ。

 王国のどこかに隠れ里があるとか噂は聞いているのだが、それがこんな辺鄙な場所にまで出てきたのを聞いたことがない。

 それとあの女がエルフの基準なのだとしたら、人は抵抗できないでやられる。

 抵抗できるのもSランクの奴らしかいないだろうか。

 後は各国が保有している最高戦力ばかりで他なんて相手にならない。

 肉の壁にだってならないだろう。


「何はともあれ、今は仲間だ」

「……ええ、そうですね」

「あれはCランクだとは思わない。あとは絶対に手を出そうとするな。いいな?」


 全員が真剣な顔をして頷いた。

 俺もあの女を止める自信はない。

 あれが善性の強い、理性的な人物であってほしいとチームメンバー全員が思ったことだろう。


 ☆


 握手をした手をジッと見つめながら、チームメンバーの方に戻っていく。

 

「あのチーム美人多いっすね」


 年下で最近チームに入れた奴が鼻の下を伸ばしてそんなことを言うのを横目に見ながら、歩きを止めない。

 バカだが実力はしっかりとしているし、経験が少々不足気味なところを覗けば悪くない奴。ただその経験不足のせいでこうして自分とは実力差が離れている人間との差が理解出来ないでいる。


「手を出すのは勝手だけどさ、君がムツミって人を怒らせたら僕は無関係を装うか、それが無理なら切り捨てるからね」

「え?! なんですか! 酷いっすよ!」


 歩くのを止めて、腰に手をついて大きなため息を吐いた。


「あのね、僕は勝てない戦いはしたくないの。君の力には目をかけてあげてるけど、それが僕たちのチームに火の粉となって降りかかるなら降り払わなければならない。そうでしょ?」

「ええー……リーダーがそんなに言うほどの相手なんすかねー……?」


 懐疑的になるのも仕方ないか。

 ここから見るあのムツミという女は何とも頼りなさそうに見える。

 同じことをやればさすがに信じるだろう。

 サッと手を差し出す。


「握手してみて」

「……いいっすけど」


 彼が手を差し出したところでしっかりと握った後に、彼女の手を握った時同様の力を込める。


「いてててててててっ!! 痛い痛い痛い!! 折れますって!! 潰れる!! 俺の腕潰れますから!」


 彼の反応が正しい。

 満足したので手を離してやると、彼が握手していた手とは反対の手で擦って、息を吹きかけていた。


「折るつもりだったんすか?! 酷いっすよ!」

「同じ力でムツミって人の手を握ったから、同じ力でやってあげたんだよ?」


 はぁ、と懐疑的な声を上げた後、自分の手とムツミって人を交互に見る。


「いや、いや、絶対にリーダー手加減したっすよね! 自分もう剣が震えないぐらい痛いんすけど!」

「僕が女子供で一々手加減するタイプに見える? それに君、そんだけ騒げるなら十分元気でしょ」


 これが通常の反応だ。

 ちょっと上下の立場でも分からせておこうと思って、うるさいこいつよりも強く握ってやったつもりだったのだが、ムツミはキョトンとした顔をしていた。

 こちらの企みに気が付いたのか、同じぐらいの強さで握り返してきたときには驚いたのだが、そんなこともなさそうな表情で普通に挨拶を返してきた。

 変な奴という印象はあるのだが、自分よりも格の上の相手だとすぐに理解出来た。

 このランクにもなると分かることだが、Sランクと言われている冒険者というのは基本的に常識でははかることが不可能だ。

 考え方も生き方も強さも。

 ムツミは前二つは普通なのだが、強さの面では異常な域にある。

 Sランクの冒険者に会ったことはないのだが、これよりもぶっ飛んでいる連中なのだろう。

 手を出さない、尾を踏まないそれを徹底しておかないといけない。

 冒険者のランクの格付けは今は緩やかであるのだが、またこれは一波乱ありそうだ。

 この仕事が終わったら、ゆっくりとその様子を眺めておくのもいいかもしれない。

 仲間たちにこの遠征での注意事項を伝えに歩みを再開させた。


 ☆


 アトランタルを出発してから一週間が過ぎ去った。

 これまでは特にトラブルもなく、平和な旅程である。

 そして、今日は私たちが夜番を行うことになっている日。

 この遠征の中では三回目となる夜番なのだが、ミレイさんは最初は辛そうだった。

 慣れていないとやはり辛いだろう。

 私は、なんというか日本でなれていたんだと思う。

 夜番をしていたというわけでもなければ、夜勤の仕事を付いていたというわけでもない。

 ただ、昔から短い睡眠でも大丈夫だった。今ではショートスリーパーと言われていたが、当時子供の頃はそれで人よりも多く遊ぶ時間があるのだと喜んだものだけど、年齢が上がるにつれて睡眠時間は十分だと思うのだけど、体の節々の痛みのせいで辛さを感じていたと思う。

 年齢についてはこちらに来て解消されて、いくら短い睡眠でもこちらでは平気になっているし、ちゃんと前日同等かそれ以上のパフォーマンスになる。

 そういう体質でないなら体を慣らしていくしかない。

 それでもミレイさんは慣れようとしている当たり、本当に努力家なのだろうな。

 今日最初のメンバーは私とミレイさんとノナさん。

 珍しいメンバーであるのだが、くじ引きで決まったことなので仕方ない。

 私が焚火を見ながら考えことをしていると、ノナさんはどこから採ってきたのか分からない草花で調合を始めだしていた。

 その知識は毒物とかなり知識は偏っているのだが、ちゃんと効く毒を作れる当たり知識が多岐に合って羨ましく感じる。

 しばらくその様子を眺めていたのだが、突然ノナさんの動きが止まると、周りをキョロキョロと確認し出す。

 それで長年やって来たわたしは動き出すことが出来たのだが、ミレイさんはそうでもなかった。


「敵襲。囲いに来てる」

「え、みんなを起こさないと!」

 

「数、多い。分担、ミレイ、二人を起こして、それから商人たちに。私は他のチームリーダーを起こしてくる」


 ノナさんの短い指示だけど、ちゃんとした内容になっている。

 ミレイさんが駆けだしていった後にノナさんも駆けだそうとしたのだが、それでも一瞬止まり私の方を向いた。


「ムツミは灯を、周りぐるっと囲む感じで」

「ええ、分かりました」


 夜中の襲撃者。

 魔法の準備を進めながらも、これから長い夜が始まる予感がした。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします

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