商会娘の始まり
私はリグレット商会の一人娘。
父親は男の子が欲しかったようだけど、子宝に恵まれずに、子供は私一人。
そのために私は両親の愛情を一身に受けて育った。
勉学に運動、様々な習い事を教師をつけて学ぶことが出来た。
とても恵まれていた。
リグレット商会は、曾祖父が立ち上げた商会で、その時は今のように大きくはなくて細々とその日暮らせるだけの商売をしていた。
主に扱っていたのは、食品であるのだが、競合するところも多く曾祖父の代では新参であったのもあり、なかなか販路を伸ばすことも出来なったそう。
そんな曾祖父を見て育ったのか、祖父は自国よりも他国に目を向けた。
当たり前なのだが、自国にないものを他国から持ってきて売る。自国では生産量が少ない物を他国から持ってきて売る。
そういう商売を繰り返した後に、食品以外にも手を出し始める。
祖父は人柄が良くて何より豪快、派手好きだったらしい。
お金が入れば、どんどんそれで商会に回して、店舗を増やして他国に行く馬車を増やし、と一気に成長を遂げていく。
父の代でも祖父が残してくれたものをうまく活用し、商会の地盤を固めて、多少のことでは揺るがない強固なものにしようと動いていた。
私もそんな父や母の姿を見ていた。
尊敬する両親。
いつか私が継ぐことになる商会。
そんな中で祖父の代から働いてくれている副商会長。
副商会長であるレガーチは父と意見が合わないことが多く、良く衝突を繰り返していた。
それでも父はレガーチのことを評価していたし、レガーチは衝突はしていたがそれでも父の言う通りに動きしっかりと成果を出していた。
だから、私は喧嘩はするが、仲は良いのかと二人のことを見ていたんだ。
商業都市群ホープレイに属するアトランタル。
ホープレイでも商いを行っているが、最近アトランタルという街が成長を遂げていると耳にしたらしい。
更に開拓も進んでいて、商人としての勘も働いたのか父がそこに向かうことにしたらしい。
母も同行すると聞いて、私も勉強のために付いて行くことにした。
これまでのように行商をしながらの旅。
護衛たちも信頼のおける顔見知りばかり。
何も問題ない、安心しかない。
そう思っていた。
出発してから一週間、公国領から出て、もう一週間も馬車を走らせれば開拓中の村を見れるところまで来ていた。
そんな時だった。
盗賊の襲撃。
護衛たちの怒号。
馬車の外で行われる殺し合い。
外の様子からして劣勢なようで、父と母は私を守ろうと馬車を動かそうとしたのだが、馬が射られて、私たちが乗っていた車両も止まってしまう。
父と母は私を隠すことにしようとしたが、何分人しか乗っていない箱の中。
隠れる場所などない。
だが、それでも衣服を山のように積み上げて、私をその中に隠して護衛たちを殺してきた男が車内に入ってくる。
父と母が連れていかれて、どうなったのか見ていない。
見ていないがきっと殺されたのだろう。
息を殺して、ジッとしていたが、不自然に積まれた衣服の山。
すぐさま私は見つかり、男たちによって車外に出される。
殺されると思った。
恐怖で震えていたのだが、いつまでたっても私は殺されない。
そうしていると、売るはずだった荷を男たちが荒らし始めて、どんどんと荷を運び始めていく。
食料を中心に、嗜好品。
それと多くはないが、自国で取れた宝石。
それらが目の前で奪われて行く。
そして、私は彼らの根城にしている洞穴に連れていかれた。
そこで自分がどうなる運命か思い至る。
抵抗はした。
暴れに暴れたのだが、そのたびに殴られて、蹴られて、痛みで動けないほどボロボロにされた。
嫌だ。
私は、好きになった男性に捧げるつもりだったのに。
こんな下卑た男たちに奪われるなんて、最悪でしかない。
けど、動けなかった。
頬は熱を持っているし目も腫れ上がってるのか片方見え方が違っている感じがする。
服も破られて、こんな汚い場所で裸体を晒しているのも耐えられない。
純血は悔しい涙と共に散らすことになってしまった。
それからも私は抵抗をやめなかった。
心が折れたらお終いだと思ったから。
私は生きなきゃいけないが、こんな奴らに媚びて生き残るのは私のプライドが許さなかった。
いくら経っても、いくら私が犯されようと、殴り、蹴られても折れない私を見て、食事の量が減り、抜かれ、水分もほぼもらえなくなった。
抵抗はした。それでも飢えには耐えられなかった。
空腹から力が入らない。
体を動かせない。
渇きで声も上げられない。
死が見えた。
お父様、お母様、ごめんなさい。
ただ謝るしか出来ないで、彼らの行いをされるがままになってしまう。
頭も回らなくってきた、そんな日の夜だった。
頭も回らず、呆然と鉄格子を眺めていた。
どうせまた奴らが来るんだろう。
私はここで死ぬんだ、諦めに似た気持ちが一度広がるともう何もしたくなくなるし考えたくもなくなってしまった。
いや、何か考えても無駄、何をしても無駄。
生きたいと気持ちも手放して楽になってしまおうか。
しかし、その夜は違った。
洞穴内は一気に騒然とした。
何が起こっているのだろうという疑問と同時にどっちでもいいかという無気力な気持ちで呆然としていた。
渇きで声もあげられないし、飢えで動くこともない。
そう思っていると、見たことのない男の子とマフラーで口元を覆った性別の分からない子がいた。
一度その子たちが視界から消えたら、今度は尖った耳をした女性が姿を現した。
聖国リベリアはテラス教の総本山であり、女神イベリア様を信仰されている。
そのイベリア様の写し絵を教師の方に見せてもらったのだが、それにそっくりだった。
神様が助けに来てくれたのかと信じられない気持ちで胸がいっぱいになる。
鉄の格子を手で広げていくのを見ると、やはりこの人はイベリア様なのではと思ってしまう。
だって、普通鉄の格子なんて手で広げようといくら力を込めても広げることなんてできない。
それを易々と行えること自体が異常だ。
ただ、彼女は私の体を軽々と持ち上げて、外に連れ出す。
積み上げられている首のない死体。
勢いよく炎が上がり、憎い奴らの体が灰になっていく。
彼女が私を下ろすと、水を飲ませてくれるらしい。
それをぼんやりと見ていた。
喉上手く動くかな、とか指先一つ動かす気力もない私は心配になる。
彼女が水を手で受ければ、それが小さな水の玉になり周囲に浮きだす。
魔法使い。
遠目で見たことはあったが、こんな間近で見れるなんて思ってもなかった。
水の玉が口の中に入れば、人知れずに崩れて水が口の中に広がる。
久しぶりの水。
体に染み渡る。
一度体が水を受ければ、足りない、乾きでおかしくなってしまいそうだと求めてしまう。
彼女が運ぶ水の玉を受け入れて、体に水分を染み込ませていく。
一息ついた彼女に仲間が声をかけるのだが、まだ足りない。
どれだけ飲ませてもらっていないのか分からないぐらいの渇きのせいで、勝手に口が動いてしまっていた。
「もう少し飲みますか?」
イベリア様と同じ顔を持つ彼女は優しく縋ってしまいそうな顔でこちらを見つめてきた。
喉はまだうまく動かないせいで訴えられない。
だから、持てる力を持って私は彼女に縋ってしまった。
☆
アトランタル。
ここで私の新しい生活が始まった。
冒険者となり、裏切り者に復讐するため、そして、ムツミさんたちへの恩返しのために私は行動を開始した。
手始めにずっと伸ばしていた髪を切った。
下卑た男たちに傷つけられていたので、祓いたかったというのもある。
ムツミさんは私の髪を見て、驚いて目に見えるほどに動揺していた。
「え、どうしたんですか、その髪……何が」
「新しい生活を始めるため、ですわ」
「でも、髪って大事な物では……?」
私の言葉に納得がいかないのか、首を捻っていたのだが、綺麗な顔で可愛らしい仕草をする。
特徴的な耳と一度見たら忘れられないほどの美貌を持っているムツミさんは、自身の外見には頓着しないようで行きかう人が一度は必ず見ていることに気が付いているのだろうか。
私は初めての宅配の依頼を受けて冒険者組合を出たのだが、ムツミさんが付いてきた。
そのまま依頼主の元までいけば、
「あれ、ムツミちゃんのところの子なの?」
顔見知りみたいで、私の自己紹介の前にムツミさんに声をかけていた。
「未来の仲間、でしょうか」
「へぇ、ま、ムツミちゃんの知り合いなら安心して頼めるよ」
依頼を受けて、配達場所まで向かう間、ムツミさんは色々な人に声を掛けられる。
一つ一つ丁寧に律儀に反応しているのだが、それが途絶えると私の隣に立って柔らかな笑みを浮かべた。
「ミレイさんのことを珍しく見ていらっしゃいますね」
どう見ても、ムツミさんに用事があって声をかけていて、私はその隣にいて知らない顔だったから聞いていただけではないのか。
そんなことを思いながら、配達場所に付いて依頼完了の割札をもらえば、ムツミさんは満面な笑みを浮かべていた。
「良かったですね、ミレイさん」
心の底からそう思ってそうな優しい言い方のせいで、お母様のことを思い出してしまう自分に驚く。
ムツミさんはよく分からない。
その時その時で印象が変わり、掴みどころがない。
お母様のような雰囲気を持つときもあれば、年相応に感じる時もある。
だから、どれぐらいの距離感にいていいのか分からない。
それでもムツミさんのことで分かることはある。
あの人は自分の顔の美しさに無自覚である、と。
ムツミさん自身がどう思っているのか分からないが、この街一番の美貌であると同時にこの大陸でも屈指なのではないかと思う。
どういう自己評価をしているのか分からないが、あまりにも無自覚すぎる。
ムツミさんのことでクラリスさんに相談したこともある。
「仲間になるんだから、クリスでいいよ」
「……はい、あのクリスさん、ムツミさんのことで……」
「何かあったの?」
クリスさんの背がしっかり伸びて、私の話を聞く体制になる。
「いえ、何かあったのではありません。ムツミさんはいつも無自覚でやっているのですか?」
私が言えば、クリスさんの目が明後日の方へ向いた。
思い当たる節があるみたいだ。
どういうことをやっていたのかと言えば、胸の前で指を絡ませ合い、笑みを浮かべえtお礼を言う。
たったこれだけなのだが、ここに絶世の美女の顔面というのと可愛らしい仕草が組み合わさった威力というのは甚大だ。
勘違いする人が多いのではないだろうか、と心配になる。
「無自覚、なんだよねぇ……」
色々と手は尽くしたみたいで、俯いてしまった。
「ムツミも子供じゃないし、分かってると思うけどさー……ミレイさんの方も注意しておいてもらえない?」
「ええ、いいですけど……」
「ありがとー本当にもうムツミはそういうところ罪な女なんだからね」
それはそうだ。
きっと勘違いした男性はいただろうが、周りを固めている三人がそれぞれやってきたのかもなんて、ムツミが知らないところで三人も大変だったのかなと考えてしまう。
彼女が知らないところで私は彼女たちと少しだけ仲良くなることが出来た。
依頼を受け始めて一年と半年。
ムツミさんやみんなの協力もあって私は無事に遠征に付いて行けるランクに上がることが出来た。




