帰路
彼女の食事も私が手伝うことになった。
みんながやりたがらないというか、彼女が微かな力で私の服を掴んだから、私がやることになった。
嫌ではない。
彼女の口にスプーンを持っていて、一口ずつ飲み込ませてあげる。
固形物はどうかと判断して、スープだけだが。
そんな私に何故かクリスがあーんとスプーンを差し出してきたのだが、自分で食べれる旨を伝えた。
しっかりと一杯のスープを飲み切り、体が温まったのか彼女の瞼が下がり始める。
「寝ても大丈夫ですよ」
優しく撫でながら伝えると、彼女は私の体にもたれる様にして寝入ってしまう。
着替える前に寝入ってしまったので、彼女の体を覆っているのは服と言うか、一応体を覆っている布だけなので、自分のラウンドベアの外套をかけてあげることにした。
私が彼女ばかりの世話をしている間にみんなは片付けとかをやってくれていたみたいで、気が付いた時にはもう何もかも終わっていて、今日の夜の見張りをするだけという状態になっていた。
「すみません、色々と……」
「気にすんな」
ジーンが横になりながら、答えた。
私とクリスが今日は最初の見張り当番。
ノナさんも丸くなりながら、答える。
「死体、綺麗になくなった」
「そうですか。それなら大丈夫そうですね」
私にそれだけ告げると、ジーンとノナさんは寝入ってしまう。
昨日の夜、盗賊の根城に討ち入って、終わったら中を改めたり、処理したりで思った以上に時間をかけてしまっていた。
私はあまり役に立てなかった。
次があれば、もっと頑張らないといけない。
クリスが近寄って、彼女の体を改めている。
「素人判断だけど、骨とか大丈夫っぽい。大きく腫れてるところはないけど、殴られたり蹴られたりはしたんじゃないかな」
クリスがほら、と私がかけたラウンドベアの外套をめくり、指差すがもたれかかった彼女を揺らすことになるので、私は見えないと伝えると、背中や太ももに痣があると教えてくれた。
「ま、色々と口に入れてもらって栄養を取る方が一番先決かもね」
「そうですね……怪我とかはアトランタルの医者に診てもらえばいいので……」
そこまで言って、ふと気が付いたことがある。
RPGでは定番のあの魔法はこの世界でもあるのだろうか。
「あの、この世界ってそういう治療が行える魔法ってあるのでしょうか?」
「んー……確か、聖国リベリアの聖女様たちが使えるっていうのは聞いたことがあるかも。ただ、ものすごく高いから、王族とかものすごいお金持ち専用とかね」
一応あることはあるということ。
ただ、技術的にはどうやら独占されていそうで、門外不出とかで知ることは出来なさそうだ。
「あとはS級の魔法使いで使える人がいるっていう噂もある、かな。まぁS級なんてドラゴンと単独で戦って倒したとか眉唾な噂がばかリだから、信じていいのか不明だけどね」
「なるほど……」
いつか出会ってみたいもの。
出会えたならば、教えてもらうことは出来ないかなって思ってしまう。
使えたら、きっと色々と役に立つはず。
ううん、絶対に役に立つ。
それに一番はみんなに危険が訪れた時に、治して上げられる。
命の危険に晒さなくても済む。
「もしかして、ムツミ、治療の魔法覚えてくれるの?」
クリスが目を輝かせている。
少し思ったのだが、私はそんな顔に考えていることが浮かんでいるのだろうか。
日本にいた時は、感情が分かりにくいか表情に変化がないのどちらかが言われていて、読まれにくい人間だと思っていたのだけど。
「そうですね、使えたらいいかなとは思っています」
ふーん、とクリスが言い考え込むがちょっと難しい顔をする。
「もし使えるようになっても、あまり大っぴらにしない方がいいかもね」
独占している国があるのであれば、それは分かる。
「……聖国リベリアですか」
「うん、目をつけられるかもしれないからね」
ただ、私はそれでも使える力があったら手を出さない自信がない。
頭では分かっているのだけど、若い体は心のままに動いてしまう。
「ムツミは好きにしたらいいと思うよ、私たちはどんな時でも味方だから」
「ありがとうございます。とても心強いです」
クリスと話していると自然と時間も過ぎてしまう。
お話に夢中で周りへの注意が散漫にはしてない。
特に今は戦えない人がいるのだから、いつもよりもずっと気を引き締めていた。
そうして夜も更けたところで、ジーンとノナさんを起こして交代する。
もたれかかる彼女を起こさないように座ったまま寝る。
大丈夫かなと、思いながら目を閉じるとすぐに夢の中に落ちた。
☆
「ムツミ」
ノナさんの声で起きる。
座ったまま寝たから、体がガチガチになったかもと思いながら起き上がると隣で寝ていた彼女は起きていた。
私は立ち上がり、体を動かすのだが、何も痛いところがない。
これが若い体、なのかな。
クリスも起きれば朝食の準備が始まるのだが、彼女のお腹が小さくなるのが聞こえて、嬉しく微笑むと恥ずかしそうにされてしまった。
ちょっとだけ固形物を混ぜて、彼女に食べさせてあげて、自分も済ませる。
さて、降りて行こうと思ったところで彼女が立ち上がるところを見て、慌てて支えた。
「大丈夫ですよ。置いていったりしませんから、無理なさらないでください」
彼女は下唇を噛み、俯いて小さく頷いた。
私が彼女を背負って降りていくことになったのだが、みんなが荷物を代わりに持ってくれた。
一日かけて開拓村への道を歩く。
村へはもう少しとなったところで一泊野宿。
翌日に村へ報告に行く。
まとめ役の男性とニーニャさんが入り口まで来てくれたので、盗賊がいた事とそれらを討伐した報告。そして、首だけは持ってきたと伝えた。
依頼達成の割札を受け取り、首は燃やしておいて欲しいと頼まれたので後で適当な場所で処理することにする。
ゆっくりしていかないかとありがたい申し出があったのだが、彼女のことを紹介して、アトランタルに戻らないといけないと伝えるとまた来てほしいと言われたので、必ずと伝えて村を後にする。
村を発って三日、明日か明後日にはアトランタルに到着するところまで進んできた。
この三日の間に彼女は固形物が食べられるようになっていて、かさかさに乾燥していた肌も潤いが戻ってきているように見える。
彼女と最初に話したのは二日目の昼間、歩いている途中だった。
「ありがとう、助けてくれて」
それは私に背負われながら、小さな私にしか聞こえないぐらいの声で囁いた言葉だった。
「冒険者として、当然のことをしたまでですよ」
私とそんな応答を終えた夜に彼女はみんなに向けて話し始めた。
「私の名前はミレイ・リグレットと言います。命を助けてくださってありがとうございます」
少し前の虚ろな目をして死んでいるような顔をしていた女性とは思えないぐらい、はっきりと名前を告げて頭を下げた。
しっかりと食べて、寝て、まだ本調子ではないかもしれないけど、それでも話せるぐらいまでは回復できたのは喜ばしい事に変わりはない。
今の彼女は目に力があり、それに釣られるように繭も上がり鋭さがある。
声も力強さがあるところから、本来の彼女の性格は気が強い感じみたいで、そんな彼女を折るぐらいのことをあの人たちはしていたと思えば、死んでしまっても許せない気持ちになる。
「リグレット……リグレット……南にあるホルス公国のリグレット商会?」
「ご存じなのですね」
「最近、大きくなってきている商会っていうので、お父さんたちが話してたのを聞いただけだけどね」
ずっと思っていたのだが、クリスってかなり色々なことを知っている。
知識も手広くて、魔法のことや他国の商会まで知っているなんて、博識なのではと尊敬の念を送ってしまう。
私の隣に座るジーンに囁きかける。
「クリスってすごいですね、私全然わかりませんでした」
「あいつの家、アトランタルでは有名なデカい商会だからな」
「え」
ジーンの方を驚きのあまり向いてしまう。
「初めて聞きましたけど……」
「言ってなかったか?」
「はい、聞いてません……」
私がそんな風にショックを受けていると、どんどん話が進んでいることに気が付いた。
いけない。
今はミレイさんの話を聞かないといけないんだ。
「えーっと、どうして捕まってたの?」
「……アトランタルに向かう途中に襲われて、私だけ捕らえられましたわ」
ミレイさんが悔しそうに口を噛む。
「どうしてあの場所に? 聖国リベリア経由して向かった方が安全でしょ?」
「ええ、そうですわね。けど、お父様が皆様が寄ったあの村の開拓具合を見ておきたいと言って……それに私たちが向かう時には盗賊の情報などなかったので……」
聖国リベリア経由がどれだけ安全な道なのか私は知らないけど、普通ならそこを経由していくということだろうか。
「護衛も十分な量いましたが、それでも……」
賊の登場がイレギュラーだったということ。
それもきっと襲う方が有利なポイントでの接敵だったのだろう。
「偶然……とは思えないけど、心当たりとかある?」
「……」
ミレイさんは何も言わない。
これは思い当たることがあるんだろう。
クリスがどうすると言うように、こちらを向く。
事情があるのは理解出来た。
けど、それは私たちが簡単に踏み込めるものではないだろう。
ミレイさんが話したくないのであれば、個人もしくはリグレット商会関連。
それに身柄はもう数日で冒険者組合に引き渡すのだ。
その時に依頼があれば受ける、でいいと思う。
それが一番だと頭ではよく理解している。
うん、とわざとらしく声を出して頷く。
「もし、ミレイさんが困ったことがありましたら、頼ってください。出来るだけ力になれるようにしますので」
これだけ伝えられたらいいだろう。
ミレイさんの手を握れば、最初は壊れ物を扱うようにやさしく、そのあと力強く握り返される。
私の気持ちは正しく、ミレイさんに伝わったんだと思う。
そう思っていたのはこの場で私だけで、ミレイさんは私の冒険者タグを見つめていたが気が付かなかった。




