きっと
「この場合どうすりゃいいんだ?」
ジーンの言葉を受けて、私は考える。
依頼元であるあの村においていくのはちょっとどうかと思うので、やはりここは冒険者組合の方に預かってもらうほうが正しいのではないか。
「冒険者組合まで一緒に来てもらって、組合の方の指示に従うのでどうでしょうか?」
「それだと家まで連れて行ってーとかにならない?」
「……ならないとは言い切れませんね」
それは依頼をされればなのだが。
ただ、彼女の場合はどうなんだろうか。
帰る家の当てはあるのだろうかとか様々な考えが浮かんでは消えていく。
つまりはあまりいい考えが浮かばない。
「とりあえず、彼女をここから出して、アトランタルに連れて帰ってから考えましょうか……」
問題を棚上げすることにした。
今考えていてもしょうがない事でもあるし、何よりも囚われている女性の意思が大事なのだ。
「助けるでいいんだな?」
「はい、それで鍵とかって……」
「死んでるやつの誰かが持っているはずなんだが、まだ見つかってないんだよな」
管理が杜撰とかいう問題ではないのだが、こういう集団に秩序とかいうのはないのかもしれない。
格子は細く、ちょっと広げることが出来たら何とかなりそうな気がする。
熱で溶かしてみるとかもあるかもしれないが、彼女にまで熱さが伝わったらことだ。
無駄に怪我を増やすわけにもいかない。
手で掴んでみる。
「ムツミ?」
後ろからクリスが声をかけてきたのだが、とりあえず格子を持つ手に集中する。
ん、と力を込めると、金属が軋むような音を立てる。
いけそうかもしれない。
集中しよう。
もっと力を込めて、思い切り引っ張る。
格子の隙間が大きく広がる。
息を吐いて、三歩下がるとそこには何とか人が通れそうな隙間を作ることが出来ていた。
自分の手を見るのだが、何も異常はない。
腕、肩と動かしても異常はない。
やはり私の体はおかしい。
日本ではこんなこと出来なかったし、普通なら出来るはずはない。
それが出来ている自分はやっぱり異常だ。
「……身体強化」
「今のが?」
「ん。すごい魔力の流れを感じた。ぞわぞわした、ほら」
「ノナ、すごい鳥肌じゃん。これが魔力を感じたところなの?」
私の後ろで三人の会話が聞こえて振り返る。
「おかしくないでしょうか? 私」
「身体強化極めたらそんなことまで出来るようになるんだなって羨ましい」
最初に真面目に言うのはジーン。
私、極めたつもりもないし、自分で身体強化を使っている自覚もないんだけど。
ノナさんがそう言ってたし、そうなのかな。
大丈夫なのかと疑いが晴れない。
「ほら、ムツミ。あの人だしてきて」
「はい……あのここにある死体とかって、どうしたら」
「あー……アンデットとかスケルトンになられても困るかー」
スケルトンはなんとなく想像が付く。
ハムナプトラとかそう言うので出てきたような気がする骨の化け物だろう。
「アンデットって、どんなのですか?」
「あ、ムツミ、知らないんだ。うーん、襲ってくる腐った死体、かな」
ゾンビみたいなものか。
どっちも聞いている話からモンスターだと思うのだけど、そういうものに変質されては困る。
ここから村は遠くないから、村へ降りてこないようにした方がいいだろう。
「どうしたらいいでしょうか」
「燃やして灰にするかな。さすがに元になる物がなければ、モンスターにはならないだろうから」
「それなら外に集めておいてもらっていいですか?」
「集める」
「ムツミ、その人頼んだ」
ジーンたち三人はそれぞれ、死体を運び始める。
私は歪めて作った入り口から牢の中に入っていく。
「大丈夫でしょうか?」
私が声をかけると、虚ろな目だけ私の方に動いた。
唇は乾燥しているし、頬もこけている。
水分も栄養状態も良くない。
「すみません、助け出すのが遅れました」
彼女の横に行き、膝の下に手を入れて、背中を持ち上げる。
彼女の体は力が入らないのか、ぐったりとしている。
「もう大丈夫ですから」
私がそう告げると、彼女の瞳から一筋の涙が流れた。
☆
私が彼女を持って、外に出ると死体が山のように積まれていた。
全部、首のない死体。
燃やす前にやることがある。
「クリス、今日はここで休みませんか?」
私の言葉にクリスは一瞬何でという顔をしていたのだが、私が抱き上げている彼女のことを見てすぐに合点が言ったみたいだ。
「いいよ。スープとか作ってくるよ。こいつらが食べる予定だったもの、全部使わないと勿体無いしね」
クリスが私から離れると、ジーンとノナさんに声をかけていた。
二人はまた洞穴の中に入っていく。
それを見送ってから、私は女性を近くの岩に下ろす。座るのも辛そうだから、岩に背を預けさせる。
「すみません、すぐに終わりますので……」
死体に向かって、手を翳す。
イメージするのは高温の炎。
体だけではなく、骨まで燃やし尽くすほどの高温の炎。
燃えて、と頭の中で念ずると、死体の塊が炎に包まれる。
黄色の炎はどんどん人体を焼いていく。
体が燃え尽きれば、残るは骨なのだが、それさえ燃やし尽くす。
しばらくまだ燃えているだろうがもういいだろうと思って、女性を抱き上げて、最初に隠れていた岩の近くまで移動する。
そこには私たちの荷物があって、クリスがスープを作る準備をしていた。
「もういいの?」
「多分ですが……燃やし尽くすまで時間がかかるので、手伝えることがあればと思って」
「そうだねー……あるかなー……」
クリスは考えながらも料理を進めていく。
それを見ていて、やることなくなりそうだなとぼんやりと思う。
また彼女を下ろして、岩に背を預けさせたら、自分の荷物から水筒を取り出す。
どうやって飲ませてあげるのがいいだろうか、と悩んでしまう。
介護系の勉強をしておくべきだったと強く思う。
このまま水筒を渡しても飲めないだろうから、水筒を口に当ててあげるとかだろうか。
けど、弱っている彼女が飲めるのかというのもある。
勢いよく流れ込んできた水で噎せたりしないだろうか。
小分けに飲ませる方法がいいだろうと思ったのだが、ここにはコップもなければストローもない。
色々とない頭を巡らせてみて、一つだけ方法を思いついた。
出来るかどうか分からないけど、やってみよう。
片方の手のひらに水筒の水をためる。
たまった水に、小さな水の玉になるように、頭の中で念じた。
すると、お米サイズの水の玉が私の周りに浮かび上がる。
「口開けて……は難しいですね。すみません、開けますね」
彼女の口に手を入れて、少し下に下げれば、脱力しているのもあって簡単に口が開く。
開いた口の中にゆっくりと一つ水の玉を彼女の口の中に送っていく。
口の中に入った水玉の魔法を解けば、口の中に水が広がるはず。
噎せてはいないのを確認すると、また一つ水の玉を口に運ぶ。
そうやって、地道に一個一個水の玉を彼女の口に運び続けていたので、ジーンたちが帰ってきたことに気が付かなかった。
「死体を焼く炎凄いな、あれなら骨も残らねぇぞ」
「そうなんだ」
「あれは何?」
「あー多分、水を飲ませてあげてるんだと思うけど」
「ムツミ、あそこまで世話したら見捨てられると思うか?」
「……」
「……」
「二人とも目を逸らすな」
彼女のことに集中していた私は、三人がどんな会話をしていたのか全く耳に入っていなかった。
ちょっとずつ、ちょっとずつだけど、彼女の喉が落ちてきた水分を取ろうと動いている気がする。
全部彼女の口の中に消えるまで終えて、大きく息を吐く。
周りを見れば、三人が集まっているし、鍋から湯気が立ち上っている。
「お疲れ様、ムツミ。ご飯にしよっかって言いたいけど、もう少し待ってね」
「そうですね……いつの間にかそんなに時間たっていたんですね」
彼女の口がもごもごと動いているような気がする。
「もう少し飲みますか?」
彼女の頭が微かに盾に動いたように見えた。
私はご飯が出来るまで、先ほど同様に彼女に水を上げることにした。




