森のクマさん
あれから三カ月ぐらい月日が過ぎた気がする。
寝て起きた回数を、三十一回それが三回続いたから、そうカウントしたけど、この世界でそれが正しいのかは知らない。
それでも三カ月程度の月日は立った。
私は、あれから岩壁に辿り着いて、そこの裂け目のトンネル状になっているところに身を落ち着けることになった。
不思議とお腹に飢餓感はなかったのだけど、それでも何かお腹に入れておかないといけないと思って、近くを散策していると、鹿と兎、他にも小鳥たちが近くの茂みや幹に泊まり、私の方を見てきていた。
どうしたのだろうかと思っていると、小さな木の実を落とされたり、木の実が付いた枝を落とされたりしてもらえて、どうしたらいいのかと思って考え込む。
言葉が通じるか分からないが、一応聞いてみる。
「これはもらってもいいのですか……?」
動物たちが頷いたような気がした。
だから、私は好意的に思い木の実を受け取ることにした。
そして、それを口にしながら、水源の確保と思ったのだが、そう言えば自分で水が出せたことを思い出す。
だから、それは早々にやめて他に何か自分で食料を確保できないかと思って探すのだが、そこはサバイバル初心者すぐに何かを見つけられることはなかった。
自然に生きる動物の方が何が食べられて、食べられないというのを知ってるほどかもしれない。
そんな暮らしをしばらくしていると、動物たちが逃げる時があった。
そういう時には必ずといっても、兎の爪が鋭くなったものや、鹿の角がまるで凶器のように尖ったものなど現れる。
それらは他の子たちと違って、好戦的でこちらを襲い掛かってくる。
いくら言っても他の子たちと違ってこちらを襲ってくることをやめない。
そこで自分の異常性を少しだけ垣間見た。
いくら彼らからの攻撃を受けたとしても、私の体は傷一つ付かない。
好戦的な動物たちが私の体を攻撃する際に手を抜いてるわけでもないはず。
ただ、どうしてそうなっているのか私には情報が足りな過ぎた。
この世界の住民はきっとこれぐらい頑丈なんだということで自分を納得して、私はその好戦的な動物たちの対処をした。
殺すことに躊躇いはあった。
姿はほとんど大人しい子たちと一緒なのだから。
だけど、私に向かっていた敵意が他の子たちに向いても嫌だと思って、殺すことにした。
ただ、殺した後が大変だった。
動物を捌いたことなどなかったのだから、どうしたらいいのか分からなかったからだ。
そして、この時に水源を探していなかったことを後悔した。
血を抜くということを学習した時に、水の玉を魔法で作って入れたとしても血が流れないで水の玉の中でめぐって汚してしまう。
そう言った失敗を重ねながらも、サバイバル生活を続けて何とかここまでこれた。
自分の頑丈さも大分助けになったと思う。
体は頑丈で、病も疲れもしない。
それでいて寝ようと思ったら、すぐに寝れてしまうこの不思議な体。
過ごしていく中で身に着けた独学の弓矢。
水面を浮かべてみた時に見た自分の顔は、どこか幼さがあるのだが、それでも綺麗な女性の顔だった。
自分は多分、普通の顔だったはず。可もなく不可もない、そんな評価が妥当の毎日疲れたような見慣れた顔だったはず。
それがキリッとした目付きに、外国人モデルかと思うようなしっかりとした鼻立ちと整った容姿に白い肌。
これが本当に自分の顔かと疑ってしまったが何度触ったとしても自分の顔だった。
ただ普通の人とは全く違う特徴として、尖った耳。
これはあれだろうか、指輪物語に出てきたエルフみたいな感じかも知れない。
指輪物語のエルフは確かに強かったし、自分が頑丈なのもそれがあるかもしれないとちょっとだけ納得を得てしまった。
だったら、魔法以外にも弓矢なんかも得意かもしれない。
そう思い立って、適当な木を削ったりして不格好な弓矢を作って練習してみた。
鉄がないからもちろん矢じりなんて存在しない。
あるのは石と魔法で必死になって鉛筆のように削った先端のみ。
それからずっと使っているのだが、数日や一月で腕前が上がるはずもなければ、才能がないかもしれないのだけど、全く目がない。
ただ、とどめを刺すという意味では役に立っている。
いくら弦を強くしても、引くのを苦に思わないエルフの力強さ。
それも相まって力で無理矢理照準を向けて撃ち抜ことに特化してしまったというので、とどめ専用ということになっている。
三か月のサバイバル生活、最初に見つけた岸壁で寝起きをしていて私は今日もそのトンネルから出ていく。
少し暑くなってきた気がする。
この世界にも四季があるのかと肌で感じながら、干した肉を齧りながら今日はどうしようかと思案する。
そろそろ街に向かった方がいいかもしれない。
あるのか分からないけど、移動して探すとかした方がいいかもしれないなと漠然と思う。
それを積極的にしないのも、ここでの生活が成り立っているのもある。
それにここに住んでいる動物とも仲良くなってしまったのもあるんだよね。
見捨てて移動するのもなんだかなと思っていると、森がざわめいていることに気が付いた。
いつもに比べて、鳥たちがうるさい。
それにどこか動物の書ける音まで聞こえる。
どうしたんだろうと、トンネルから弓矢を引っ張り出してくる。
動物たちが奥の方から逃げてくるのが見えた。
私自身森の奥まで入ったことがないし、動物たちもあまり奥まで行こうとしないから危ないのだろうと思っていた。確実に私よりも野性的な感が優れているのだから。
私は逃げていく動物たちとは反対に森の中を茂みに隠れながら進んでいく。
ドシンドシンと大きく地面を揺らしながら何かがこちらに向かってきている。
何だろうかと、振動する方を向きながら待ち構えているとそこには巨大なクマの姿を見つけた。
「大きい……」
その巨大さに思わず声が漏れてしまった。
慌てて口を手で塞いで茂みの中に隠れてみたのだが、後の祭り。
クマはこちらを見つけたように視線を感じる。
だって、四つん這いの状態で私の倍以上ありそうな体躯だから、立ち上がったりしたらこの森に生えている木よりも高いのではないかと思う。
そんなものに立ち向かえって、無理だけど、かといって話してどうにかなるような相手だと思えない。
雰囲気的にこの三カ月の間に対峙した好戦的な動物たちと同じ雰囲気がある。
だから、どうしたらいいのか。
やらなきゃいけない。
さすがに怖さはある。
いくらこの体が頑丈だからって、あんな巨体に一薙ぎされたらたまらないと思う。
だけど、避けられるかって言ったら無理だと思うんだよね。
だって、今でこそサバイバル生活をしていたのだが、それまでは普通の社会人生活。
命のやり取りなんてしたことがないし、私にはまともな喧嘩の経験すらない。
だけど、ここからは逃げられない。
それぐらいはさすがに分かる。
足音が近づいてきているが振動で分かる。
信じよう。
自分の魔法の力と体の頑強さを。
稚拙な弓に矢を番えて、茂みから飛び出した。
改めて目の前にいたクマの大きさを見て、足が竦みそうになる。
山のようだと形容しそうになりそうな大きさ。
足一本に私が収まりそうだ。
懐に走る。
相手が驚いたのも一瞬、すぐに私を殺そうと前足を振りかぶってきた。
あ、これ死ぬかも。
けど、もう私もクマの頭の前に来ている。
一か八かをかけて止まりながら弓を引けば、それと同時に頭に衝撃が来た。
振り下ろされたんだ、と気が付く。
それでもちょっと頭に衝撃がきて、痛いぐらいで済んでいる自分の体の頑強さ。
不気味ではあるのだが、今は感謝しかない。
「……ああああっ」
少年漫画のように気合を入れたつもりで声を出してみたのだが、そんな大きな声をしばらく出していなかったし、気合を入れるなんてやってこなかったせいで中途半端な声出しになってしまったのだが、それでもしっかりと矢の先端に風が集まってきてくれている。
そして、そのまま弦から指を離せば、風を唸らせて、クマの右目の方に切り裂きながら吸い込まれて行く。
クマの右目に当たったところで矢は止まらない。
その威力のまま体を付き抜きて、一直線に弓矢の痕とは思わせないような穴を一つ明けてしまった。
私を押しつぶそうとしていた前足が徐々にズレて地面に落ちると、そのまま体まで体勢が崩れていく。
「……死んだ?」
動かず、ただ静かに血だまりが広がっていく。
突然変異だと思うが、巨大熊との戦いは自分の体への不気味さを残して終わるのだった。