依頼の始まり
ノナさんが会話に加わったチームは、これまで以上に賑やかに旅をすることが出来た。
二日間楽しい旅はようやく目的地に到着する。
そこはとても小さな小さな村だった。
木の家がぽつぽつと立っているし、畑も見受けられる。
日本の田舎でもこんなところは見ることがないだろう。
今まさに村として出来上がっていく過程を観れるなんてちょっと感動である。
「すみません」
村の囲いの向こうから畑作業をしている男性に声をかけると、手を止めてこちらを向いてくれた。
「あんたらは……」
「えーっと……アトランタルで依頼を受けた冒険者で、私はムツミって言います」
「おお、あんたらか!」
「村の中に入ってもいいでしょうか?」
気のいいガタイのいい男性は豪快に笑った。
「何にもない村だが、歓迎するぜ!」
仲間の方を向いて、良さそうだということで、門らしきものがあるところまで行って、正面から入っていくことにした。
人があまり来ないのかもしれないのだが、入っていけばすぐに注目を集めてしまう。
どうしてもここにいる人とは違った格好に荷物だから、部外者だということが丸わかり。
「これは泊まることろあるのでしょうか……?」
ずっと疑問に思っていたことを口に出してしまった。
ノナさんは半目で見ているだけで、ジーンはキョロキョロと周りを見ている。
「そうだねー……外で野宿の方がいいかもしれないねぇ」
クリスも村の様子を見て、そう呟いた。
そうして、村の中を見ていると、さっきの男の人よりも年を取ってはいるけど、腕の筋肉はしっかりとしている男の人が近づいてきた。
「あなたたちが依頼を受けてきてくださった冒険者ですか?」
「はい、そうです。あの、すみません、この村に泊まれるところはありますでしょうか?」
「いえ、ここには宿屋はまだ……私たちの家で良ければどうでしょうか?」
その申し出は嬉しいのだが、いいのだろうかと悩んでしまう。
ここはまだまだ発展途中であり、余裕があるとはとても思えない。
私が悩んでいると、クリスが一歩前に出た。
「いいんですかぁ?」
「ええ、何もない村で歓迎も碌にできませんが……」
「いえ、いえ、そんな寝床を貸してくれるだけありがたいので、大丈夫です」
それで男の人に案内された家は他よりも一回り大きさをしていた。
もしかして、ここの村長とかそういう人だったのかと今更ながらに考えが行きつく。
「気が付いてなかったのか?」
ジーンも気が付いていたことにちょっとだけショックを覚える。
私たちが男性の家に入ると、入り口の扉を開けてすぐに広間のような場所が広がっている。その奥にはキッチンでもあったのか、奥さんにしてはやけに若い女性が手を拭きながら現れた。
茶色の短い髪で、快活そうな大きな瞳をしている女性。健康的に焼けている肌をしているのに、しっかりと女性らしい肉付きで、村一番の美しい女性と言われても頷く。
人の見た目について、クリスに聞いたことがあったが、クリス曰く私は人のことをほめ過ぎる傾向にあるらしい。
言われる身としてはいい気分になれるのだが、ムツミのいうことはどうにも信用がしにくいと言われてしまった。
だから、これも褒め過ぎなのかもしれない。
「あれ、お父さん、どうしたの、その人たち」
お父さん、ということは娘さんだったみたい。
「依頼で村に着た冒険者のムツミです。一晩お世話になります」
私の後にクリスやジーンたちも挨拶をしていくと、広間から右側の扉を開けた部屋に案内されて、荷物を下ろしていった。
部屋は広くはないが、ベッドが二つあるだけの簡素な部屋。
元々客室用の部屋だったのかもしれない。
けど、私はそれでも楽しかった。
この世界に来てから、まだ一般的な住宅というものに入ったことがなかったからだ。
街の依頼で、配達業務もあったのだが、それでも大体がお店に運ぶものばかりでちゃんとした家の中に入ったことなんてなかった。
だから、日本にあった家とは全くの別物。
ちょっといいかもしれない、と思った。
心の手帳に目標の一つに家を持つというのを書き加えてもいいかもしれない。
そうだ。
せっかくいろいろなところを回るのだし、見て聞いたことを書き残しておくのもいいかも。
きっとこれから遠征して、見て回るはずだから記録に残しておきたくなる。
ここには写真もないから、そういう記録はきっと貴重なものになるはず。
「そういえば、冒険者の人たちは地図はどのようにしているのでしょうか?」
記録というもので思い出す。
この世界で地図というのは貴重。
印刷技術がまだまだみたいなので、どれもこれも手書きが基本。
そのせいで複製や量産なんて、体制が全くもってない。
その中で地図というのは、冒険者や商人、国と国を行き来する人たちにとっては宝のようなものだろう。
「どうしてって、自分たちで書いてるんだよ?」
「え……」
「今回は近いからいらないだろうと思ってたんだけどー……」
クリスは言いながら、自分の荷物から大きな紙を広げた。
そこには墨でこの大陸の輪郭と、アトランタルの場所とこの村の場所が書いてあった。
「こうやって自分たちが旅した場所をどんどん書いてつけ足していったりするの」
「ムツミが目をキラキラさせてる」
「分かるぜ、ムツミ。この大陸全部埋め尽くしたくなるよな」
「はい!」
ジーンの言葉に大きく頷いた。
「埋め尽くすためには、どんどん遠征の依頼受けて、外の世界に出かけなきゃいけないね」
「そうだな。俺たちのランクも上げて、もっといろんな遠征依頼を受けれるようにならないとな」
「頑張りましょう」
これからのことで話が一段落着いて、地図を仕舞ったところで、娘さんが部屋に入ってきた。
「狭いですが大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です。すみません、いきなり押し掛けるようなことをしてしまって……その」
「いえ、いえ! 大丈夫です! 冒険者の皆様には依頼で来てもらっているわけですし、盗賊は……怖いですから」
怯えた表情を見せる女性に、頑張らないといけないと決意を新たにする。
新たにするのだが、不安に思うこともある。
私は、もし、盗賊なんて本当にいたのなら、攻撃が行えるのだろうか。
頭では分かっている。
悪人だし、この世界の司法で言えば捕まえてきたとして処刑だったりするだろう、と。
悪に手を染めた人の命はとても軽い。
冒険者が依頼で盗賊の命を絶とうとも、それは罪にはならない。
私は彼らの命を絶つ選択肢が取れるのか。
それをしないとみんなの身が危なくなるのも理解している。
それと捕まえてもどこに連れていけばいいのか、どうやって連れていったらいいのか。
逃げられたりしたら、事だ。
村に連れてきても、アトランタルでも処刑だったら、私はただ自分が手を染めることから逃げているのではないかと思ってしまう。
冒険者として、心構えならクリスもジーンもノナさんも出来ている。
私だけが出来ていない。
自分のことばかり悩んでいても良くないと、かき消すように心の中で頭を振る。
「大丈夫ですよ、怖がらなくても。あー……」
名前を呼ぼうとして、そう言えば聞いていなかったと気が付いた。
「あ、すみません。私はニーニャと言います」
「よろしくお願いします、ニーニャさん」
私が頭を下げると、ニーニャさんが慌てたように体や手を動かした。
私の態度についてはジーンも何も言わない。
こういう人との接触についてはいつの間にか私が任されることが多かったのもあるのかもしれない。
仕事でも初対面の人と話したりすることは多くあったので、私としても問題ないのとしっかりと自分に役割があるというのは誇らしくもあった。
「部屋の確認だけだったのでしょうか?」
あ、とニーニャさんが声を上げる。
「食事の方はどうしますか? 良ければご一緒にと、父も喜びますから……」
いいのかなと思っていると、ジーンとクリスが前に出る。
「同席させてもらってもいいですか?」
「はい、もちろん! その外の世界のことも知りたいので良ければ話してくださると……」
「アトランタル周辺のことで、話せる範囲でしたら喜んで!」
楽しみです、と言って多分食事の用意をしにニーニャさんが扉を閉めて見えなくなった。
「明日からまたしばらく保存食だからな」
「うんうん、食べれるときに食べておかないとね」
それには同意するし、家庭料理というものに私はとても興味をひかれていた。
本当は我慢して、身を引くのが正しい選択なのだと思うのだが、専横が是非というのであれば仕方のない事。
それにアトランタルとは違う地。
食事がどのように違うのか知るにはいい機会かもしれない。
地図にはかけるような内容ではないので、やはり自分用のメモ帳のようなものが必要だと改めて思った。




