夜明け
「解けた」
初めて聞いたノナさんの言葉はとても淡々としたものだった。
それでも私たちの間にしっかりと響いた。
私は声も出なかったし、ジーンも目をしっかりと開けていた。
「え、今のノナの声? え、なんで、どうして? どういうこと?」
クリスの混乱した声は私たちの心の声を代弁したものだ。
ノナさんの言葉に従ってやってみた私にだって全く分からないのだから。
「ムツミが、失語の呪いを解呪してくれた」
「どうやって?」
「えーっと、掴んで引きちぎっただけなのですが……」
「呪いってそんな物壊すみたいに解けるの?」
尤もな疑問である。
私もそう思う。
なんというか、もっと呪いの原因とか調べて、根元から断つみたいな。
ホラー映画とかではそんな感じだったから、これもてっきりそうなのだとばかり思っていた。
「術者との力量次第。ムツミの魔力は比べ物にならない。それに魔法への耐性もあるから呪いに触れても平気」
私ってそうだったのか、とノナさんの言葉を聞きながら思う。
私が知らない私の新情報がどんどん飛び出てくる。
私よりも他人の方が私のことを詳しい気さえしてくる。
「それで、体は大丈夫なのか?」
「もう平気。ありがとう」
「そうか。ならいい。もう寝る」
「え、寝れないよ! 目覚めちゃったよ!」
ジーンは横になるとまた眠り始めたのだが、クリスはすっかりと目が覚めちゃったのか、横になりはするが、私の膝を枕にしようとしているので、私は地面に座った。
そうすると、クリスが膝に頭を置いた。
目を瞑って、一応寝ようとはしているらしい。
寝ないと明日また歩くのだから、きっと辛くなってしまうだろう。
ノナさんが話せるようになったと言っても、元々口数が多くないのかノナさんも黙って、焚火の炎を見つめている。
「ムツミ、ありがとう」
ボソッとノナさんが呟いた。
「いえ、上手く出来たみたいで良かったです」
「それもそうだけど、違う。声かけてくれたこと、チームに誘ってくれたこと。これまでのこと全部」
全部、とは大きく出てきた。
そんなに感謝されること、なのか。
どう受け取ったらいいか悩んでいたら、私の膝から声がした。
「受け取っておきなよ、ムツミは遠慮しすぎだよ」
「うん」
感謝しているノナさんにまで言われてしまえば、もう受け取るしかない。
ありがとうございます、と言い、ノナさんからチームに誘って良かったんだとちょっとだけ不安に思っていたことが無くなって、胸が軽くなった。
それから静かな時間が過ぎて行けば、自然とクリスの寝息が聞こえてきた。
私はそれを見ながら、どうしたらいいのか悩んでしまう。
寝かしてから悩むぐらいなら、最初から膝を貸さなければいいのに、そうして欲しいような動きをしたから思わずしてしまった軽率さ。
心が男性なのか女性なのか分からないせいで、クリスにどうやって接したらいいのか分からないことがある。
今だって、下手に触ってセクハラとかなってしまっても困ってしまう。
心がちぐはぐなせいで、体がしっかりと女性のせいで、どんどん肉体に引っ張られて行ってしまっているところもある。
もう少し気を引き締めないといけないかもしれない。
今では女性用の肌着を身に着ける事に違和感を感じないでいる。
夜の警戒の時間、黙っているとどうしても考えることが多くなってしまう。
もう少し周りに気を使わないといけないなと、気合を入れて夜の時間を過ごした。
†
「私は暗殺者をしていた」
朝になって、ぱさぱさの保存食を食べていたところ、ノナさんが語り始めた。
「道具のように使われるのが嫌気が差して、組織を飛び出した。飛び出して途中で、きっと暗殺組織の闇魔法使いに呪われた」
魔法に闇とか区分があるのかということを初めて聞いた。
「それは大丈夫なのですか? また呪われたりとか……」
「大丈夫。呪いは返った」
私が首を傾げていると、クリスが代わりに教えてくれた。
「闇魔法って普通とは違って、絶対に触媒っていうのがいるらしくてね、それに自分の一部を使うから失敗するとリスクが自分に返ってくるの」
その分、効いてしまえば効果は抜群だけど、と言葉が続く。
「それで、昨日やったのは一等酷い返し方。普通に返しても良かったけど、それだとまた同じことをされるかもしれないから」
どうしてそれが酷い返し方なのか、と考える。
きっと、クリスが言っていた自分の体の一部を使う、リスクがあるということが関係する。
なんとなく思い浮かんでしまったことだが、それはちょっと悍ましい予想で、否定して欲しい。
「もしかして……」
「そう、触媒に使った肉体が引きちぎられた」
それだけを聞いてしまえば、闇魔法というのはリスクばかりでいい効果を持っている物に見えない。
解呪出来て、そもそも返され方によっては術者がリスクを負うなんて、非効率的過ぎる。
ノナさんは私の方を見つめて、説明を続ける。
「普通は呪いが見えない。触れない。気が付かない。呪われた人間が死んでしまえば、呪いの後は残らない。それに相手の肉体の一部、髪の毛でもいい、それがあれば遠隔でも術がかけられる。それだけの利点があるから暗殺ではよく使われる」
一気に説明したノナさんが息を吐く。
「でも、昨日は……あー……」
「魔法の使い方とかは知らない。けど、ムツミの方が魔力では圧倒的に勝っている」
自分の持っている魔力というのがどれほどなのか自分では出来ていないから、すごいことなのかどうか判断がつかない。
自分で魔力が見えないのも一因だろう。
ジーンとクリスは使われたらなんとなく肌で感じる、と言っていたが私にはそれすらも分からない。
「それで、お前どう戦うんだ?」
「正面からは苦手。武器は毒物と剣と暗器」
「近接職が三人ってわけか」
ジーンは早速戦い方について考えているようだ。
それもそうだ。
今まではジーンの指示で何とかやっていけれた。
ノナさんの詳しい戦い方を知らないで。
これからはもっと綿密に連携を取って戦うことが出来るのであれば、相談事は尽きない。
「気配を消すのも、察知もこの中では一番得意」
ちょっとだけ自慢げにノナさんが言う。
楽しそうだな。
いや、楽しいのだろうな。
ようやく私たちはチームになれたんだな。
「いつも通り、俺が正面からでクリスがフォロー。ノナがムツミの護衛と遊撃って感じか」
いつも守ってもらう役目になるのはなんだか心苦しくもある。
私も少しは体を鍛えて守ってもらうだけのは卒業した方がいいかもしれない、とそんなことを心の片隅で思っていた。
「この依頼終わったら、ノナ、俺と訓練しようぜ」
「いいよ、ボコボコにしてあげる」
覚えておけよ、とジーンが楽しそうに答える。
火の始末をして、荷物をまとめ始める。
「クリスはジーンと訓練はしないんですか?」
「するよ? もう飽きるほどしてきたし」
「いつの間に……」
私だけ訓練に参加してないようで、ちょっと焦りを覚えてしまう。
知らない間にみんな実力を伸ばして、私を置いていってしまうのではないかと。
「私だって、置いていかれるわけにはいかないからね」
それだけ言うと、荷物を背負って、ジーンの隣に行ってしまう。
どういうことかと、訊きそびれてその様子を見送っていたが、また後でちゃんと聞こうかと、自分の荷物の始末をつけた。
「私も分かる。置いていかれたくないから、今まで満足に出来なかった分、追いつく」
前衛組では対抗意識が生まれ始めているのかもしれないが、いい意味で刺激し合っているようだと勝手に安心していた。
「違う、みんなムツミに置いていかれないように必死。いつか追いついて並ぶ、抜きたいってみんな思ってる」
私が目標って全然ピンとこないでいると、ノナさんも歩き始めてしまったので、私もそれを追いかけるように歩いていく。
私の戦い方なんて素人丸出しの力に頼ったごり押しに過ぎないのに。
どこに私がみんな置いていってる要素があるのか見当がつかないで困惑しかなかった。




