解呪
依頼のためにアトランタルを出発した私たちは順調に歩みを進めていた。
全員荷物を背負って、街の外を歩くというだけでちょっと気持ちが弾む。
本当に冒険をしているみたいな気持ちが忘れてしまった子供時代を呼び起こさせるのかもしれない。
南西にある街に向かっているが、景色に変化は少ない。
背が揃ってない草木だけど、歩くには支障のない高さで、左手側を見ればずっと森が続いている。
昨日教えてもらったのだが、それにしても広い森だ。
ここの全貌を知っている人はいるのだろうかとふと考えてしまうほど。
適度に休憩を取りながら、歩いてはいたのだがさすがに一日でたどり着ける距離ではないのは地図を見て確認していたことだし、支部長も言っていた。
だから、早めに野営の準備をして、火を囲んでの食事。
キャンプ、地球にいたことはした事がなかったな。
山の近くには住んでいなかったし、車もなかった。
確か、免許は持っていたけどペーパードライバーだったな。乗る必要もなかった。地下鉄に電車、バスもあったのだから自分で運転するよりも公共交通機関を使った方が安全で、安心だった。
火を囲いながら、談笑して食事。
こういうことを地球でしていたら、私の価値観もまた違ったのかもしれない。
心の中で首を横に振ることにした。
だからこそ、今できる事をしていこう。
出来なかったことを、みんなでやれたらいい。
夜の番の順番は私とノナさんが先に寝ることが決まったので、先に休ませてもらうことにした。
目を瞑っていると、自然と眠りに落ちるこの体。
知らず知らずのうちに眠りの世界に落ちていたのか、誰かに揺り起こされる。
「ムツミ―、後お願いねー」
クリスが目を擦っていた。
ジーンの方はもう丸くなって目を閉じていた。
「はい、分かりました」
火の前に座ると、ノナさんがもう起きていて、座って焚火をずっと見つめていた。
「ノナさんは何かやりたいこととかってありますか?」
いつも一緒にいてくれるノナさん。
私が誘ったのはあるのだけど、嫌だったら仕方ないと思う大人の割り切りと、それでも何とか引き留められないかという子供みたいな我がままみたいな気持ちが同居している。
いつものようにマフラーの口元が動くと同時にオーラが噴き出る。
私もそういうオーラみたいなのだしたら、カッコよく見えるのだろうかと毎度のことながら思ってしまう。
ただすぐに動かすのをやめて、首を横に振った。
それに対して、私はそうですか、と答える。
ぱちぱちと火が爆ぜる音、微かな風の音に、虫が奏でる音楽。
自然の中にいると、私が知らない音ばかり聞こえて、ちょっとだけ心の内を曝け出したくなってしまった。
「独り言だと思って聞き流してくれて構いません……私、こういうことをずっと諦めてきたんだと思います。突然何をって感じでしょうが、色々と取りこぼしてきたような気がしたんです。知らなかった、見なかった、気が付かなかった、そうやって目を向けなければ、楽でしたから」
一人でいることはとても気楽だった。
誰にも気を使わなくてもいい。
悲しいことも過去に置いてきたから、それで十分だった。
「逃げて、目を閉じて、耳をふさいで、自分だけの世界にいて、あぁ、何も変わらない。灰色な世界で空虚に過ごしていくんだって、思っていました。ただ、そうですね、今は全くそんな事を思いません。毎日が楽しくて、私が世界を見ようとしなかっただけで、世界はこんなに色づいていたのだと、今更ながら気が付いたんです」
そこまで一気に語って、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまった。
自分語りなんてあまりにも私らしくない。
今が夜で、光源からしてちゃんと見えなさそうで、安心、しておこう。
「あの、二人にはやっぱり秘密にしてください」
ノナさんがどうリアクションを取っているのか、見えない。
顔があげられないから。
「さっき言ったことです……」
ノナさんの手が私の手に重ねられた。
ノナさんの顔を見れば、しっかりと頷いていた。
それを見て、ちょっとだけ安心を覚える。
そう言えば、ちょうどいい機会。
二人だし、誰も周りにはいない。
「失礼なことかもしれませんが……嫌でしたら、答えなくても大丈夫ですので、その黒いオーラみたいなものは魔法なのでしょうか?」
それなら、私も再現できるかもしれない。
そんなことを考えて、目を向ければ、ノナさんが目を見開いていた。
そんなに驚くことだろうか、と思っていると、ノナさんが木で地面に文字を書き始める。
『つかんで』
あまり綺麗ではない文字でそう書かれたので、ノナさんの手を掴んだら首を横に振られてしまった。
「その黒いオーラを、でしょうか?」
ぶんぶんと音が出そうなほど、首が縦に振られる。
『ひっぱって、ちぎって』
黒いオーラをだろう。
詳しく説明を出来る雰囲気ではないので、とりあえず今はノナさんに従うことにしよう。
「分かりました。私で良ければ、やらせてもらいます」
私が言えば、すぐにノナさんが口を動かし始めるが、声の代わりに黒いオーラがまた噴き出してくる。
触れるのかどうか、訝しみながら、手を伸ばすと、なんというか指が沈み込むような感覚とぬめりとした気持ち悪い二種類の奇妙な感覚を手先に覚えるのだが、ノナさんが言うように確かに実態はある感じで掴める。
だから、私はそれをしっかりと握って、ノナさんから離すように引っ張る。
引っ張るのだが、黒いオーラはノナさんの首に巻き付くようにして離れてくれない。
ノナさんが苦悶の表情を浮かべて、酸素を吸おうとしているのかのように口を大きく開いた。
私が掴めるということはこの蛇は干渉してくる力があるということか。
させない、と掴む手にいっそうの力を込める。
そうしているうちにオーラは蛇の形を作り、大きな口を開いて私の手に噛みついてきた。
痛みはない。
口の中には鋭い牙があったはずだし、私の皮膚にしっかりと食い込んでいるように見えるのに、痛みを感じない。
ノナさんが苦しそうに息を吐く声が聞こえた。
「ノナさん?!」
思わず大きな声が出てしまう。
ノナさんが首に巻き付く蛇を掴んで、引きはがそうとしているけど、どんどん苦しそうに食い込んでいく。
いけない。
そんな事させない。
許さない。
両手で蛇をしっかりと握り締めて、ギュッと絞るようにすると、ミチミチミチと繊維が着れる音が聞こえてきたと同時に引きちぎった。
蛇は口を開いて動かなくなったと同時に姿を崩し始める。
ノナさんの首に巻き付いていた蛇の胴も力を失ったように緩くほどけていくと同時に、闇夜に解けていくところだった。
苦しそうに呼吸をしているノナさんの隣に膝をついて背中を擦る。
「え、ムツミ何があったの?」
「敵か?」
なんで二人が起きたのだろうか、と私が驚いてしまった。
二人に説明しようにも一体全体、何が起こっているのか分からないが、あれはカッコいいオーラではなかったということ。
それだけは私にもわかることだった。
クリスは言っていた。
呪いのせいではないかと。
これが呪いを解くということなのだろうか。
「あの、えーっと……」
何をどう説明したらいいのか迷っていると、ノナさんの呼吸が落ち着いてきた。
「ノナさん、大丈夫ですか?」
「うん」
そうですか、と言葉を続けようとしたところで固まった。
あれ、今私の言葉に返事をしたのは誰だ。
クリスでもジーンでもない声音。
知らない初めて聞いた可愛らしい声。
「解けた」
初めて聞いたノナさんの言葉はとても淡々としたものだった。




