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先輩

 冒険者組合への報告を終えた翌日。

 依頼の村への出発は明日にしていたので、私は準備とそれに合わせて冒険者組合を訪れていた。

 準備と言っても私に任されていたのは保存のきく食糧ばかりだったので、すぐに済んでしまった。

 それから大きく丈夫なリュックと衣服と肌着、野宿に必要そうなものを買いそろえるだけで終わってしまったので、心置きなく訪ねることが出来た。

 しかし、併設された資料庫のようなところに行ってみたが、とにかく乱雑に物が置いてあるばかりで、それを片付けていたら一日が終わってしまいそうだったので、大人しく詳しそうな人がいないかと冒険者組合を訪れたのだ。

 ただ、私としてはそこまで仲良く良い人が多くない。

 作る努力はしていたのだが、どうしてもチームでの活動が多くなってしまったので。

 もう少し頑張って他の人に声を掛けたりする努力をするべきだったのかもしれない。

 けど、やっぱりちょっと怖いのもあるんだよなぁ。

 そんなわけで数少ない良く声を変える受付の女性、ミランダさんが空くのを待っていた。

 待っていたのだが、忙しそうにしているので、どうしようかって悩んでいた。

 事務処理もしているし、受付業務もしているし、そこに雑談になってしまう私が話しかけてもいいのかと。


「ねぇ、あんたがムツミでしょ?」

「へ?」


 間抜けな声が出てしまった。

 突然声を掛けられたので、跳ね上がりそうなほど驚いたのもそうだけど。

 話しかけてきた女性は、魔女のようなとんがり帽子にロープ、それも色を合わせた黒色。あとは宝石が使われている杖と、どこからどう見ても魔法使いの恰好をしていた。

 こてこての魔法使いの恰好をしている女性は、緑色の髪は長くてロープの中に隠れてしまっているし、大きくてちょっと眉尻が上がっている瞳は威圧感がある。

 睨みつけてきているわけではないのだが、目の圧が強い。


「あの……どちら様でしょうか?」

「冒険者ギルド『桜花爛漫』に所属しているリタよ」

「私は……名前知っていると思いますが一応、ムツミと言います。よろしくお願いします」


 頭を下げると、頭に視線を感じる。

 だから、頭を上げると、リタは腰に手を当てて息を吐いた。


「どんな子かと思ったら、すごい礼儀がなってる子じゃない……もしかして、貴族の……いえ、エルフって貴族とかあるの?」

「さぁー……私には分かりませんが……」


 この世界の常識もまだ怪しいぐらいですので、エルフの常識なんてもっと分からない。


「それでどういう用事でしょうか?」

「あぁ、あなた昨日Cランクに上がったのよね?」

「はい、そうですね」

「私はBランク。それであなたの顔を見に来たのが目的の一つ」

 

 他にもあるということか。


「あとはあなたも魔法使いってことでしょ? 魔法使いで冒険者やってるのって数が少ないのよね。だから仲を繋ぎに来たの」


 それを聞いて、胸が高鳴る。

 これが友達になるきっかけというものだろうか。


「はい、よろしくお願いします!」


 また頭を下げると、


「大きい声出すから、びっくりした……というか、え、どういうこと……?」


 困惑するような声が聞こえてきた。

 あれ、私の早とちりだったのかな。

 それはそれでショックだし、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまう。


「まぁ、良いけど……それに一応私の方が先輩だから、色々と教えてあげようと思ってね」

「あ、ありがとうございます。知らないことが多いから、助かります」


 これは実際のところかなり助かる。

 リタさんはきっといい人に違いない。

 私の中でそう言うことになった。


「私、知らないことが多くて……教えてもらえるのなら助かります」


 私がそう言って、一歩近づくと、何故かリタさんが体をのけ反らせて避けられてしまった。

 何か悪いことをしてしまったのか、もしかしたら本当はあまり良くない事だったのかもしれない。


「あのさぁ、男の人にそうやって頼み事とかしてないよね?」

「ええ……多分、してないかと」


 意味が分からないで首を傾げてしまった。

 何か問題のある態度だったのか。

 もしかして、あまり近寄ったりするのはいけないことだとか、クリスが割とパーソナルスペースが近い人だったのあるし、ノナさんもそんなに嫌がったりしないから、そう思っていたのだが違ったのだろうか。


「無自覚ってところなの? 末恐ろしいわね……あなたのチームって確か……あの子たちか、うん、言っておくから、大丈夫よ」

「はぁ……」


 何とも分からないことを言われてしまうので、気の抜けた返事になってしまった。

 一体何が問題だったのか、分からなかった。

 クリスたちに言うというのだから、後で聞いておけばいいかもしれない。

 明日から遠征で野宿もしないといけないのだから、それに合わせて一緒の時間も増えるということだ。


「それで教えて欲しい事って?」

「はい……私まだここのこと、例えば、あの森のことや街のことを詳しく知らなくて、街中でやっていた依頼でなんとなく察している部分と、クリスたちに教えてもらったところは分かるのですが、そう言ったものを教えてくれたら……」


 リタさんが顎に手を当てて考える。

 やっぱり図々しい事だったのだろうか。

 けど、クリスたちよりも詳しそうだから、ぜひとも聞いておきたい。


「長くなるわよ? いいの?」

「はい、大丈夫です」

「それじゃあ、ちょっと付いてきなさい」


 冒険者組合をリタさんと一緒に出て、近くの酒場に入った。

 まだ日が昇っている時間なのに、いいのだろうか。


「ここね、昼間もやっていてお酒は出してくれないけど、食べるものを出してくれるの。ふかした芋がおススメよ」


 そんなお店があったのかと私の街のリサーチ力が低いことを思い知る。

 そもそもが最初に見つけた食堂みたいなお店ばかり利用していたのもある。

 お店の新規開拓よりも、通いなれたいつものお店といった感じで、選んでしまう。いいこともあるにはある。お店の女将さんに顔を覚えてもらって、色々と教えてくれたことだ。

 日本にいた時からそうだったな。

 よく分からない個人店よりも、勝手知ったるチェーン店で済ませてしまう事に。

 お店のシステムも、味も品質もよく分かっている安定している物ばかり食べていた。

 しかし、この世界には不便なところがある。

 それはメニューがない事。

 いや、日本のように各テーブルにないだけで壁に書いてあったりするのだが、それを探すのがまず大変でそれでよく他の人のテーブルに置いてあるものを指差して、あれと同じ奴をなんて頼んでいた。

 私がきょろきょろと店内を見回していると、リタさんがお店のマスターに色々と頼み始めている。

 なんだかお任せしてばかりな気がするなと、気落ちしていると注文を終えたリタさんが、こちらを向いて微笑む。


「お金なら大丈夫よ? ここぐらいなら奢ってあげるわ」

「あ、いえ、そう言うことではなくて……」


 お金のことなら大丈夫だ。

 最初に大きくお金をもらったのもあるし、その後の依頼でもらったものも貯めていた。

 ここで生活で必要な娯楽は食べることぐらいだったので、大きく使うこともなかった。

 大きくお金を使ったのも防具とかを揃えたところで、そこからはあまり使っていない。


「それじゃあ、何?」

「なんか全部任せてしまうみたいで……色々と教えてもらう側だから、してもらうばっかりは悪いなって」

「あぁ、そんな事ね。気にしないでいいから、私がそうしたいからそうしてるだけだから」


 それでいいのだろうか。

 それが顔に出ていたのかもしれないし、私が言葉を躓かせてしまったのを見て、リタさんはニッと笑みを浮かべる。

 

「冒険者の生き方よ? 何も縛られない、自由に世界を回れ。その目で世界を確かめろ。君を縛るものは君だけだ。君は何者でもなければ、何者にもなれる。君の生き様を世界へ刻め」


 冒険者、それは私が思っているもっと我がままでもいいかもしれない。

 そうなれるかどうかは別の話だけど、少しだけそうあってもいいかもしれないと自分に可能性を向けた。

 リタさんが言ったことを覚えておこう。

 しっかりと自分の心に刻んでおこう。

 それを芯にしていこう、強く思った。


「それじゃあ、そうね、手始めに商業都市群ホープレイに属するアトランタルとその周辺のことを教えてあげましょうか」

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