狼の正体
「また随分と大物狩ったもんだ……」
ジーンが連れてきたのは、ラルガさんたちで大きな荷車と一緒だった。
クリスはちゃっかりとこれって買い取りとかでお金や評価あがりますか? なんて聞いている。
私としてはそれでいいのかなとか思ってしまうわけだが、狼の魔物はそれから冒険者組合にラルガさんたちの手で持っていってもらった。
私たちはまだ依頼の途中だったから、ラルガさんたちはそれよりもということであったのだが、これもこれで大事だからと言い、その場に残って最後までやっていくことにした。
日が暮れるまでに何とか終わらせることが出来たので、そのまま組合に行って成果物を提出して依頼達成の印をもらったが、あのクールな受付の方に「籠いっぱいに持ってくる方は久しぶりです」と言われた。
ほとんどの場合、半分ほどの量で終えるのだと。依頼する方もそれぐらいだろうと思っているのだとか。
そう言いながらも、評価点は少し色を付けておきますと言って、クリスたちは喜んでいた。
私たちが受付の前から去ろうとすると、支部長から明日顔出すよう、と伝言がありますと言われてしまう。
あの魔物のことだろう。
ただ、私たちとて詳しいわけではない。
突然襲われただけなのだから。
翌日、私たち四人はまた冒険者組合を訪れていた。
受付の女性にまた二階の部屋に案内されれば、そこにはすでにラルガさんとアガルダさんがもうそこにはいた。
二人は並んでソファに座っていたので、反対側に私とクリスが腰掛けて後ろにジーンとノナさんが立っていた。
「悪いな、連日で」
「いいえ、あの魔物については知りたいと思ったので」
「それは良かった。それでどうやってあの魔物に出会ったのか教えてくれ」
教えてくれと言われても、依頼の採集を行っていたら突然森の方から現れただけなので一瞬の説明で終わってしまった。
ラルガさんもアガルダさんも黙り込んでしまったが、あの魔物がどうしたんだろうかと思ってしまう。
アガルダさんが難しい顔をしながら聞いてきた。
「あの魔物がどこにいるやつか知っているか?」
「いいえ……狼ですから森の方からでは?」
「ここらの森ではいない。あれは西側の山脈の奥地にいると言われてるやつだ」
西側と言われてもピンとこない。
頭に地図が入っていないわけではないのだが、遠くから来たなーぐらいののんびりした感想しか出てこない。
「それがどうしてここまで来たのでしょうか?」
「分からん。あの立派な体躯で、ここまであの魔物が来た。それが問題でもあるからな」
頭に疑問符が湧く。
「あの魔物は痩せてもいないし、体も大きい。群れを追い出されたとか、餌が無くなったからここまで来たというわけでもないということだ」
それがどういうことを意味しているのか。
餌が無くなったわけでもない、群れを追い出されたわけでもない。
「生息域が変化している……? いえ、広げている……?」
「今のところは分からん」
アガルダさんが一度目を閉じた。
「あんたが倒したラウンドベアもそうだが、最近は魔物の動きがおかしい。異常な個体もそうだが、こうして以前いなかった場所に現れるのもそうだ」
俺の時にそんなことが起こらなくても、とアガルダさんがぼやくのだが、管理する人は大変だとちょっと同情する。
「そこで、だ。アトランタルに所属している冒険者全員に魔物の調査の依頼を出すことにした。情報提供と調査の出来高にはなるが、な」
それもそうだ。
それを使って嘘の情報の提出や捏造なんて犯罪の温床になっても仕方ない。
それにしても、思い切ったことを考える。
「お前たちのランクだが、そこの三人は一つずつ上げる」
私以外の三人を見て、アガルダさんが言った。
私以外、ということは私は含まれていない。
「そして、お前は二つ上げる。だから、チームでなら、街の外、遠征しての依頼もこなせるようになった」
「え」
思わず声が出てしまった。
なんで私だけがそうなのだろうか。
依頼であるなら、私たち四人でこなしていたはずだから。
「あの魔物、どれぐらいの強さなのか分かるか?」
「え、いや、そういうの測るのは苦手で……」
ジーンもクリスも気配とか読めるみたいだから、察知して動き出している。ノナさんはそれよりも敏感に察知してこのチームの誰よりも早く動ける。
だから、基本的にノナさんが動き出せば、自然とジーンとクリスも動いて、私はその後に慌ててノロノロと準備を終えて、何とか迎撃や攻撃に移るという流れでやっている。
「良くそれで……いや、そんなことはどうでもいい。あの魔物はAランクがソロで倒すのは無理だ」
「……」
無理、と言われても、私たちは現に倒せてしまっているのだけど。
どうやって、とかそういうの言われるとちょっと困ってしまうのだけど、それでも事実は事実。
無理ということはないのではと思ってしまう。
「抑え込めていた、って話だよな?」
「はい、あの抑え込む力が弱いのかと思って……」
「爪が防具をずたずたにしていたけど、平気だったんだよな?」
「ええ、その、そこで食いどまっていたと思ったので……」
「お前らはどうなんだ」
話が私以外に振られた。
なにか不味いことでもあったのだろうか。
「お前らでも抑え込めるか?」
「いや、最初に押し倒されたときに死んでる」
「え」
ノナさんまで肯定するように首を縦に振っている。
「爪で防具をあんなにされても平気か?」
「いやー……さすがにあんな大きな爪だとお腹に穴あきそうじゃないですかぁ……というか刺されたら絶対お腹に穴空いてますよね?」
「だろうな」
「ええー……」
ノナさんもうんうんと頷いている。
これじゃあ、私が
「……私がおかしいのでしょうか」
「お前には素質があるってことだ」
「……それは?」
「そこの三人にはない、な」
「どういうことだよ」
クリスはぽかんとしているのだが、ジーンはソファの皮をはがしそうな勢いで強く握りしめていた。
「ただ体を鍛えていたとしてもお前ら三人がムツミに追いつくのは不可能だ。体ならどう考えてもジーンの方が出来てるからな」
それはそうだ。
パッと見でそれは分かることだ。
「ただ三人とは違うとはムツミは意識してないだろうが、身体強化っていう、魔法……みたいなものを使ってるからな」
そういうものがあるのかと私までアガルダさんの話を聞いてしまう。
「ま、俺もアガルダも身体強化はあんまり得意じゃないから、安定はしないんだけどな」
「別にそれはいいだろ。それで何で身体強化が使えるのが素質っていうのか、Sランクの冒険者や一部の魔物たちは身体強化を高い出力で使えるって話だ。俺も詳しく知らんが、その先の技術もあるとかないとかだが、ただそれもまずは身体強化が出来ていないと話にならないことだがな」
「そんなのどうやるんだよ、聞いたこともないぞ」
「俺もよく分かってないんだが、なんていうか魔法を使う時には自分の魔力を使って放出するとかそんな原理だったが、身体強化は自分の魔力を放出しないで体内に巡らせていくって感じだったかな……」
「随分とフワフワした感じなんですねー」
「身体強化は最近ようやく魔法に分類されたものなんだから、仕方ないだろ」
そうなのかと、思わず聞き入ってしまった。
私、全然意識してなかったけど、それって解除とか出来るのだろうか。
いや、そもそもどうやって身体強化なんてやってるのだろうか。
そんなことを考えると、アガルダさんが一枚の依頼書を机の上に差し出してきた。
「これは……?」
「俺からお前らに依頼だ」
依頼内容は、南西の方にある村の近辺で賊を見かけたのでそれの調査というものだった。
「遠征と言っても歩いて数日かかるかってところだから、距離は大したことがない。目撃しただけで、そこにいるかも分からないから、数日周辺を調査したら帰ってきても大丈夫だ、どうだ?」
どうだって言われても、私に言われても私一人で決められる事でもない。
だから、三人の顔を順にみて行けば、みんな頷いていたということはやるということなのだろう。
私もちょっとだけ、遠征というのもわくわくしているところがある。
「分かりました。受けましょう」
依頼書にサインした。




