狼の魔物
「ムツミ!」
高い声の叫び声。
迫る大きな口に、鋭い牙。
ただでさえ、大きな口だ。
私なんて一飲みではないのだろうかと、冷静に考えてしまう。
そして、恐怖でもなく防衛本能に従うままに、大きく開いた口を手で止めようとした。
私の貧弱の腕ではきっと支えきれない。
そう思っていたのだが、大きな口はそれ以上接近してこない。
しかし、目の前に鋭い牙があるというのは恐怖がある。
「ムツミ!」
ジーンが切りかかるが、その大きな剣での切っ先は毛を切ることも叶わないように弾かれる。
「なっ!? かてぇ!!」
私もそれを見て驚いた。
そんなことがあるのだろうか。
「ジーン! 下がって!」
どうしたんだろうと、思っていると狼は下半身を動かした。
「こいつの尻尾どうなってるんだ!」
私から見えない尻尾がどうなっているのか分からないから、ジーンが何を見たのか分からない。
それにしても、ジーンの剣で切れないのなら、クリスの拳は無理だろう。ノナさんの剣も厳しい気がする。
私の弓は両手がふさがっていて、無理だ。
ジーンもクリスも構えは解いていないのだが、尻尾の範囲外にいて、攻めあぐねていた。
私が何故か抑えつけれているから、何とか場が膠着している。
実はワニみたいに挟む力は強いけど、開く力が弱いみたいな弱点はあるのかもしれない。
それにしてもその弱点ってどういうのだろうか。
こうやって対峙していても、全く見当がつかない。
あるとしたら、希望的観測として抑えつける力が弱いというところ。
狼だからそんなことあるのかと思っているのだが、そうであってほしいと期待している。
じゃないと私がこうして抵抗できているわけが分からない。
そんなことを考えると、狼の恐ろしい牙いっぱいの視界の隅にノナさんの顔が見えた。
「ノナさん! 危ないですよ」
私が警告しても、ノナさんは引き下がらない。
だから、ノナさんが何をするのか全く予想がつかなかった。
ノナさんが狼の口に何かポイポイと投げ込んでしまうと、狼の口を抑え始めた。
「閉じたらいいんですか?」
私が聞けば、ノナさんがうんうんと頷いたので、私は片手を離して、抑えつける方に転ずる。
私の方向転換に狼が暴れ出そうとする。
割と知能はあるのかそれともただの危機に対して敏感なだけか分からないが、私から逃れようとしているのだが、ダメだと、逃がしちゃダメだと強く掴んで逃さないようにする。
「ムツミ、危ないから!」
「いえ、大丈夫です!」
「けど、爪が!」
爪がどうしたのだろうか。
気がつけば、狼の前足が私の胸に乗せられていて、爪が皮の防具に食い込んでいるところだった。
痛みを感じないから、きっとそれほど大事なところまで食い込んでいないのと、この防具が丈夫なのだろうと信頼して口を抑える方に集中する。
それからしばらくすると狼の口から不自然な泡を吹き出し始めると、どんどんと苦しむように悶え始める。
狼が跳ね、力が抜けて倒れ込んできたので、起き上がり抜け出した。
「これは……一体どういうことでしょうか?」
倒れてしまった狼はもう動きそうにない。
しかし、大きい。
口なんて私の頭ぐらいなら丸々飲め込めそうだし、改めて爪を見ると、ジーンの剣ほど太さはありそう。
危ないと言っていた尻尾の方に回る。毛かなと思って触ってみたところそこにはもふもふした柔らかく気持ちのいい感触はなく、硬い冷たい感触でちょっとショックだった。
ノックするような手つきで叩けば、硬く鈍く低い音。
鉄か何かで出来ているのかな、この尻尾。
「ムツミ、大丈夫だった!?」
「え、あ、はい、大丈夫です」
考え事をやめて、立ち上がり、クリスの方を向いた。
「ちょ、ちょっと、ムツミ! それはちょっとまずい格好だから!」
クリスがこちらに駆け寄ってきて、私の乱れた毛皮を締めた。
どうしてそんなことをするのか分からなかった。
クリスが締めた毛皮を自分にだけ見えるように広げてみると、皮の防具は鋭く太い爪によってずたずたになっていた。しかも、それがほぼ胸のあたりからだから、白い肌も思いっきり露出してしまっている。
さすがにこれは不味い格好だ。ちょっとは、大分オブラートに包んでくれたことだろう。
「確かに……これはありがとうございます」
「もーう、ムツミってそういうところあんまり気にしないよねー、綺麗な顔して肌もしているんだから、もっと気にしないといけないんだからね」
「そうですか……?」
あんまり自分の顔と言うのにピンと着ていない。
自分の顔を見る機会がなかったというのもあるのだが、それにしてもそういう目で見られることがなかったことがないように思えるので疎かになっているのもかもしれない。
それに私を見ても喜ぶ人なんているのだろうかと思ってしまう。
そこまで考えていたのだが、毛皮を締めて、自分の周りを見て怪我とかないのを見て、自分たちの依頼された籠を見つけて、声を上げてしまう。
籠に近寄り壊れていないか見ていたのだが、どうやら無事のよう。
そうすると次にしないといけないことは、
「ねぇ、ジーン、ちょっとギルドにこれのこと報告して来てくれない?」
「……そうだな。俺たちだけじゃあ、さすがに無理そうだし」
「そうだねー……これはさすがにね」
ジーンが動き出すと、ノナさんも付いて行くような動きを見せる。
そうしていると、二人で街の方に向かいだした。
大丈夫かな、と少し心配して見送る。
それに気が付いているのか、いないのか二人の姿が小さくなったところで、クリスが近寄ってきた。
「ノナ、のあれ」
「あれ?」
「さっき口に入れてたの、あれさ、多分、毒キノコだよね。しかも結構強力な毒持ってるやつ」
「そうだったんですね」
「どうやって手に入れたんだろうね」
「それは……」
休みの日もあったものの、基本的には一緒にいた私たち。
それに森の中は許可が入ることがないと入ることが出来ない。
だから、どうやって採集をしてきたのだろうかと考えてしまう。
「以前にどこかへか、それとも……街の露店かどこかででしょうか」
「こんな大きな魔物を倒しちゃうような毒を売っているお店とかあると思う?」
なさそうだ。
そんな危険なものを売っていたら、目を付けられてしまいそうだし。
「それにノナのあの話せないのって多分だけど、呪いって奴のせいじゃないかな」
「呪い……?」
なんかすごい東洋の魔術要素が出てきた。
いや、日本語も多く使われている場だから、おかしい話じゃない。
「私も魔法のことだから詳しく知らないんだけどさ、魔法の一種でそうやって他人のことを同行できちゃうようなものがあるっていうのがあってね、それで呪いって言われてるの」
「それがノナさんに掛けられてる……」
面白くない話だと感じてしまった。
「それって解き方とかあるんでしょうか?」
「んー……さすがに私でもねー……? それに魔法のことはどうにも、ね。魔法使う人って結構秘密主義にしてる人も多いっぽいからさー一般的に広まってないことも多いんだと思う。だから、詳しく知るならそういう人たちがいるところに行くとか?」
餅は餅屋というぐらいだ。
クリスの言うことが正しい。
ただ、自分でも少しぐらい調べてみるべきだ。
確か、組合の近くにちょっとした資料庫みたいなところもあるって、聞いたから行ってみるべきだろう。
「どこでそうなってしまったのか分かりませんが」
そこで一度言葉を区切る。
そうなる日々を想像して自然と笑みが浮かんでしまう。
「みんなで話し合える日々が着たらきっと楽しいですよね」
「もちろん!」
クリスと二人笑いあった。




