付きまとわないでって、言ったわよね?
「これ以上サティス様に付きまとわないでくださる?」
アリシア・レシュメイルは淑女科の食堂で見つけたターゲット、ラベルナ・モウリーズにいきなりそう告げた。
言われた相手は臆することもなく、つまらなそうに上目遣いでアリシアを見上げた。
「つきまとう?私がいつサティス君につきまとったっていうの?」
サティス”君”ですって……?
その馴れ馴れしい呼び方にはらわたが煮えくり返りそうになるのをグッとこらえた。
ピアナリス帝国の貴族令嬢の間で今一番話題を集める注目株と言えば、何と言ってもサティス・エルリックだろう。
容姿端麗、頭脳明晰、学生でありながら剣の腕は騎士団の精鋭にも劣らぬ一級品、芸事にも才を発揮し、礼儀正しく、人格も非の打ち所がない。
エルリック男爵家の養子ではあるものの元は庶民の出。にも関わらず、いやだからこそか、何が何でも婿に迎え入れたいと大金を積まんとする者も多く、令嬢達はなんとかその心を射止めようと躍起になった。
そんな帝国随一の優良物件サティス・エルリックに、最近不穏な噂が流れていた。
淑女科の令嬢の間でもあまり名を知られていない、ラベルナ・モウリーズなる令嬢に、サティスが付きまとわられているというのだ。
「つきまとっているじゃない。噂になっているのよ。貴方のせいでサティス様はお昼休みもゆっくり出来ず迷惑しているって。」
アリシアはなるべく冷静に相手に伝えた。
アリシアもまたサティスに思いを寄せる令嬢の一人である。これまでも気安くサティスに近寄る令嬢達に裏から手を回し、二度と付きまとわないように釘を差してきた。
そんな彼女も最近噂のラベルナ・モウリーズには手を焼いた。学外の人間が紛れ込んでいるという噂もあった。しかし彼女は突き止めた。
最近転校してきて、まだ殆ど友人もいないこの女が、サティスと仲よさげに話しながら帰る様を。
「そんなことしてないわ。私はただ、転校してきたばかりで知り合いもいないから、サティス君に学内を案内してもらっていただけよ。」
「転校してきたばかりの分際で、サティス様とお近づきになるだなんで図々しいのよ。身の程をわきまえなさい!」
アリシアが少し語気を強めて言うが、相手は意に介した様子もなく、フッと鼻で笑った。
「サティス君と私は幼馴染よ。彼が養子に入る前からの友達なの。友達に話しかけるのに図々しいとかある?身の程っていうのなら、大した知り合いでもないのにこうやってわざわざ釘を刺しにくるあなたの方が、余程身の程を分かってないと思うけど?」
「なんですって!!」
アリシアの声が大きくなった。
「あの、ちょっと。声小さくしてくれません?食事中なので……」
同じテーブルで食事をしていた令嬢から声をかけられる。
アリシアは自分が興奮している事に気付き、一旦心を落ち着かせた。
「とにかく、サティス様を独り占めするような真似は慎んでくださらないかしら?もしこの学園内でサティス様とお話したいのなら、必ず私を通し、順番を守ること。」
「何よその順番って?さっきも言ったけど、私は友達と話しているだけ。その友達との会話妨げようだなんて、貴方の方こそサティス君に付きまとって迷惑をかけているんじゃないの?」
「私がいつ迷惑かけたのよ!」
「ねえ、落ち着かないんで、ちょっと声小さく……」
隣の令嬢が再度口を挟むも、二人とも熱くなりもう止まらない。
「かけてるわよ!貴方の噂は聞いてるわよ。大人しい令嬢のフリしてるけど、本当は短気で気性も荒く、すぐに物に八つ当たりする乱暴者だってね!」
「そ、そんなことしてないわよ!貴方の方こそ、すました顔してるけど、本当は学科も実技も落第点の、留年寸前の馬鹿令嬢って、噂されているじゃない!」
「そこまで馬鹿じゃないわよ!確かに転校してきたばかりで、芸事は苦労してるけど、それでも平均よりは上よ。イライラして楽器振り回したり、花瓶を投げつけて先生を入院させるような貴方と一緒にしないでちょうだい!」
「そんなことしてないって言ってるでしょう!ありもしないことでっち上げないと議論も出来ないんですの?そういう所が馬鹿だって言ってるのよ!この馬鹿!低脳!脳筋!」
「言ったわね!ガサツで!乱暴で!女らしさの欠片もない!貴方なんてサティス君に相応しくない!もう二度と彼に近寄らないで!ラベルナ・モウリーズ!!」
「えっ?」
相手がそう言って、アリシアは混乱した。
「え、あ、貴方が、ラベルナ・モウリーズよね……?運動以外能の無い、年中落第点で留年危機の……」
言われた相手もギョッとして困惑の表情を浮かべる。
「な、何を言っているの……私はジーナ・クレアシュトリ。ラベルナ・モウリーズは貴方でしょう……?何かあるとすぐに暴れて先生すらももう手が付けられない、学園一の荒くれ脳筋令嬢は……」
二人とも先程までの勢いはなくなりすっかり困惑して黙ってしまう。
そこへ、
「おい」
隣の令嬢から三度声をかけられる。
彼女は立ち上がり、アリシアよりも頭半分大きい背丈から、睨むように二人を見下ろしていた。
—--
「サティス様、ご機嫌麗しゅう。」
騎士科の講義棟を出たところで、サティスは令嬢達に声をかけられた。
「ご機嫌麗しゅう御座います。お嬢様方。」
サティスがニコリと笑って返事をするだけで令嬢達はキャアと感激の悲鳴を上げる。
「サティス様と直接お話出来るだなんて!」
「アリシア様から整理券をもらって順番待ちをしたかいがありましたわ!」
またあの娘か……
好意を寄せてくれることは悪い気はしないが、こう自分が自由に人と話すのを制限されるのはあまり良い気はしない。
とは言え、好き勝手やらせておくと昼休みや放課後の時間まで全て令嬢達とのお喋りに消えてしまう。
「ところで最近、サティス様が、特定の女性に付きまとわれていると噂になっておりますの。」
「え?そうなんですか?」
そう言えば、昔近所に住んでいたジーナが最近転校してきた。当時から別段仲良くなかったが、それこそ昼休みや放課後も構うこと無くやたらと絡んでくるので、それはそれで面倒くささがある。
「そうなんです!ラベルナ・モウリーズとかいう女性に付きまとわられて、サティス様が困っていらっしゃると聞いて、私達はもう心配で心配で……」
「ああ、モウリーズは……」
サティスが話そうとしても令嬢達は構わず話し続ける。
「でもそのモウリーズなる女性、淑女科の令嬢の間でも、誰も知ってる方がいらっしゃらないのよね?」
「もしかして、学外の人間なのではありませんの!」
「そうだわ!きっとそうに違いないわよ!サティス様を狙う庶民が紛れこんでいるのよ!」
「あ、いや、だから……」
サティスが入り込む余地も無いほどに、令嬢達は己達の推理に酔いしれ盛り上がっている。昼休みの時間もなくなるし、そろそろ去りたいとサティスが思っていた時、
「サティス!サティスきてくれ!大変なんだ!ラベルナが!」
サティスは「またか……」とつぶやき、大きくため息をついた。
—--
「えっと……」「何か御用で……?」
二人の令嬢は自分達を威圧的に見下ろすその背の高い令嬢に恐怖を覚えながらも、おそるおそる尋ねた。
「さっきから横で聞いてりゃ、人様の事を馬鹿だのガサツだの脳筋だのって、さんざっぱらコケにしてくれやがってよう。ピーピーやかましいテメェらに言われる筋合いはねぇんだよ。」
「え?」「人様のこと?」
何を言われているかわからない令嬢達に、その背の高い令嬢は眉根を釣り上げ、八重歯を剥き出しにして言い放った。
「ラベルナ・モウリーズは私だよ!」
「「え〜〜〜!!??」」
声を揃えて驚愕するアリシアとジーナ。
「じゃ、じゃあ貴方が」「サティス様に付きまとっているのね……!?」
「つきまとってなんかいねーよ!
むしろ向こうからつきまとわれてこっちが迷惑してるっつーの!」
「嘘おっしゃい!」「貴方みたいな」「言葉遣いも悪いガサツな人に」「サティス様がつきまとうわけないじゃない!」
息ぴったりの二人。
「て、テメェら、この期に及んでまだ言うか!」
「認めな」「さいよ!」「貴方なんか」「サティス様に」「相応しく」「ないわ!」
「だぁー!もううるせえ!そこまで言うなら腹括れよテメェら!」
ラベルナは傍らに立てかけてあった鞘を取り、剣を抜いた。そしてそれを、二人に突きつけた。
「「ヒィ〜!!」」
抱き合って悲鳴を上げる二人の令嬢。
周りで見守る令嬢からも驚く声が上がった。
「なんで淑女科の令嬢が」「剣なんて持っているんですの!?」
「淑女科だぁ?抜かすなよ!私は騎士科だ!」
「「え〜!女騎士ってこと!」」
「そうさ。テメェら淑女様方がお茶だお花だウフフのアハハってやってる間に、こちとら生まれてこの方剣術一筋18年。
人畜生の皮を被ったテメエら淫乱外道令嬢の一匹や二匹ぶった切ったところで良心痛まねぇくらいには腹決まってっからな。もう謝ったって容赦しねえ。せいぜいあの世で仲良く言い合いするんだな。」
そしてラベルナが剣を振り上げる。
「「ひぇー!お助けー!」」
令嬢たちが泣き叫ぶ、その時。
「そこまでだ!ラベルナ・モウリーズ!」
食堂に男の声が響き渡る。
ラベルナは思わず剣を止めた。
眼鏡をかけた一人の男が、ラベルナを睨みつけていた。
他でもない。サティス・エルリックその人である。
「「サティス様〜!」」
超スピードでサティスに駆け寄り、足にまとわりつく令嬢二人。
ラベルナもまたサティスを睨み返す。
「出やがったな変態眼鏡。もう私につきまとうなって言ったよな〜?」
「貴様が暴れるから僕が駆り出されるのだ、モウリーズ。しかも騎士科ならいざ知らず、わざわざ淑女科食堂まで来てのこの乱暴狼藉、見過ごすわけにはいかない。」
「よく言うぜ。男子禁制の淑女科食堂に入れるってんで、テンションブチアゲビンビンにおったてて来たんだろうが!」
あまりにも下品な物言いに、流石にサティスも引いた。
「き、貴様のような低俗な輩の存在を、高潔で純真無垢な令嬢達に認識させるわけにはいかない。」
サティスが剣を抜いた。
「へ、ようやくやる気になったな。今日こそ決着つけてやらぁ。」
しかしそのとき、昼休みの終了を告げる予冷が鳴り響いた。
「うわ!昼休み終わっちまった!まだ昼飯食べきってないのに!」
「貴様など少しは食べたのだから良いだろ!僕なんて貴様のせいで食事もせずに呼び出されて、完全に食いっぱぐれたんだからな!責任取ってもらうぞ!」
「面白え。じゃあ買ったほうが学園の裏のカフェでパンケーキ奢る、でどうだ。」
「良いだろう。三段重ねのホイップ増し増し」
「リッチチョコレートソースに、季節のフルーツを添えて、な!」
言うと同時に踏み込むラベルナ。
その剣を受けるサティス。
周囲の令嬢達は、二人の騎士がぶつかり合う様を唖然として見詰めた。
はたしてこれを恋愛ジャンルとしてよいのか……
その結末は、どちらが買っても二人がこの後一緒に食べるであろう、パンケーキの味とカフェの雰囲気にかかっているかもしれない……
令嬢物の練習のつもりなのですが、どうしても酒クズとか脳筋にしかなりません。
大人になった二人がちょっとだけ活躍する短編
「追放されたい音の魔女 今日も勝利のために弾く!」
も、よろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n7696kg/