表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

8 天才魔導士

***

 

 マリウスに手を引かれて広間を出たルーナは、無事に王宮の外縁近くまでたどり着いていた。

 選んだルートは、夜は人が少なくなる庭園を通る道だった。


 春の夜に王宮の庭園を歩く――本来は新緑と自然に宿る精霊たちがもたらす瑞々しい空気を楽しむ、素晴らしいひと時となるはずなのだが。

 ルーナとマリウスには、そんな優雅な時を過ごす暇はなかった。

 

 ちょうど庭園を抜けたあたりで二人が足を止める。その後わずかに沈黙が続く。

 先にそれを破ったのはルーナだった。


「マリウス様、その。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「ルーナが謝る必要なんてないさ。確かに、この国の……聖女派だったかな。彼らの過激さは予想外だったけれど。まさか、怒りに任せて他国の皇族に闇討ちを仕掛ける者がいるとは」

 

 マリウスはくすくすと笑っている。それとは対照的に、ルーナはいたたまれない様子でひどく恐縮している。


「本っ当に、申し訳ございません……」

「だから、君が謝る必要なんてないんだ。ルーナのせいじゃないだろう?  むしろ、僕は貴重な体験ができて楽しかったくらいだ。術式を改良した魔法の試し撃ちもできたことだし」


 マリウスは、襲撃を本当に心の底から楽しんでいたようだ。

 いい息抜きになったのか、パーティー会場にいた時と比べて随分と砕けた雰囲気になっている。


「もう過ぎたことだ。この話はよそう。それよりも、魔法の感想が聞きたいな。君から見て、先程の僕の魔法はどうだった? 忌憚なき意見が欲しいんだ」


 そんなマリウスの問いかけに、ルーナは目を輝かせる。そして、先程まで自分が縮こまっていたことなど忘れたかのように、興奮した様子でまくし立てた。 


「実際に目に映ったのは一瞬でしたが……とにかく素晴らしいの一言に尽きます! 襲撃者を、視界に入る前に全て地に叩き伏せてしまわれたマリウス様の手腕もさることながら、術式の完成度も言葉にし尽せないほどで。魔力の伝導効率を意識した簡略化が施されていながらも、効果量は損なわれておらず……私、感動しました! さすがは大陸随一の魔導士と名高いマリウス様でございます!」


「あ、ありがとう。君にそこまで言われると、少し照れるな……」


(あっ、つい興奮して話し過ぎてしまったわ)


 照れる――マリウスの口から思いもよらない言葉が飛び出したことで、ルーナは我に返った。マリウスは本当に照れくさそうな様子で、若干目を逸らしている。

 自分ばかりが話し過ぎてしまったことに、ルーナは若干の恥ずかしさを感じる。


(でも、あれは称賛するしかないわ……興奮してもやむなしではないかしら)


 そして、一瞬で終わった先の戦いに思いを馳せる。


 マリウスに手を引かれながら、庭園の中央付近を歩いていた時のことだった。

 茂みのあたりで僅かに魔力が揺らいだことを感じたのとほぼ同時に、自分の傍らで魔力が高まったのを感じた。それに気づいたルーナがマリウスの方へ目を向けた直後には、どさりと何かが倒れたような音が耳に入ってきた。

 本当に、ただそれだけだった。相手が視界に入る間もなく、戦いの決着はついていた。


 マリウスの方を向いた時、目に映ったのは重力魔法と思しき術式だった。

 本来は繊細な扱いが難しいとされる、重力魔法。そんな魔法をほんの一瞬、局所的に行使するための工夫が凝らされている――そんな術式。

 魔法に覚えがある者であれば、誰もが憧れ、感動するであろう無駄のなさだった。


 だが、あれは並みの魔導士では扱いきれない代物だろう。設計思想が理解できたとしても、あまりにも高度過ぎて扱えない者が大半ではないだろうか。

 マリウスはそんな高度な術式をごく自然な様子で、繊細に扱った。おそらくは対象を絞り、襲撃者の周囲に一瞬だけ高負荷をかけて気絶させたのだと思われる。


 争った形跡を残さずに相手を無力化するのであれば、とても理に適っているやり方だ。それを実現可能な力量があれば、だが。


(マリウス様がいつも一人でいる理由……本当に、護衛なんて足手まといだったからなのかも。大陸で最も優れていると謳われる天才魔導士……とんでもないわね)


 大陸で最も魔法技術が進展しているヴァルトシュタイン帝国。その国の皇族にして、国内でも指折りの優れた魔法研究者である第二皇子マリウス。

 ルーナも噂としてはもちろん知っていた。だが、これまでは少し話が盛られているのだろうと考えていた。マリウスが魔法を行使する場面を目にしたことがなく、正確な力量を測れていなかったのだ。


 ふと、ルーナの脳裏に疑問が浮かんだ。

 

(エルフの先祖返り(アタヴィズム)……私は確かに、精霊術士として人並み外れた力を持っている。でも、魔導士としてここまで高い実力をお持ちであれば、別に私なんて必要ないのでは?)


 リオネルと共に立つルーナの姿を見た時の不機嫌そうな顔に、学園で明らかにルーナを避けていた姿――これまでのマリウスの姿を、ルーナは思い返す。


 ルーナに何らかの利用価値を見込み、かなりの無理を通した上での今日の婚約宣言。

 嫌っていたはずのルーナに対して、慕っているなどと嘘を吐いてまで帝国に連れ帰ろうとした目的は何なのか。

 果たして、自分は彼の覚悟に見合うだけの価値を提供できるのか。


 想像を超えるマリウスの力を見て、ルーナは不安を覚えた。


(でも、お父様とお母様……そして私自身を守るためにも。何としても、私が利用価値のある存在だとマリウス様に認めてもらえるよう、頑張らなくては。やるしかないわ!)


 胸中で密かに決意を固めるルーナを、目を逸らしていたはずのマリウスがじっと見つめていた。そのことに、ルーナは全く気づかなかった。

お読みいただきありがとうございます!


よろしければ、ブックマークと評価を頂けると大変励みになります……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ