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7 魅了の力(レティシア視点)

***

 

 憎々しい銀髪の女が、隣国の麗しき皇子に手を取られてこの場を去っていった光景が脳裏に焼き付いている。

 さんざん根回しをして、()()を使って……ついに失脚させたと思った邪魔者が、あっという間に窮地から脱した姿に苛立たずにはいられない。


(今度こそやったと思ったのに。あの女……本当にイラつく)


 二人が歩み去っていった扉の先を睨みつけながら、レティシアはつい歯噛みしてしまう。


「レティシア、本当にすまない! それに、先程は君に対してあのような暴言を許してしまうなど、何と申し開きをすればいいか……」


 リオネルがレティシアの傍に駆け寄ってきて、ひどく申し訳なさそうな顔で謝り出した。その声を聞いて、苛立ちのあまりリオネルの存在が頭から抜け落ちていたことに気づく。


 人前では、清く正しく愛らしい聖女を演じ続けなくては。苛立ちの感情など、出してはいけない。

 改めて普段通りの柔らかな笑みを浮かべ、ちょっとだけ眉尻を下げることを意識しながら向き直る。


「ご心配頂きありがとうございます、リオネル様。先程の件に関しては、わたくしは気にしておりませんわ。きっとマリウス殿下は激情に流されてしまわれたのです。それだけ、ルーナ様を深く思慕していたのでしょう」

「君は優しすぎる――いくら大国の皇族とはいえ、聖女に暴言を吐くなど……決して許されない行為だ。陛下が外遊からお戻り次第、帝国へ正式に抗議していただけるよう掛け合うよ」

 

 リオネルは納得がいかない、という様子で反論する。

 ルーナを連れて行って一体何を企んでいるんだ、とか。レティシアを悪し様にいうなんて、とか。内心で色々と思うところがあるのだろう。


(でも、一番は……自分のモノだと思っていたルーナが、あいつに取られたのが気に食わないんでしょ。マリウスの言う通り)


 マリウスは人の本質をしっかり見抜いていた。リオネルの本心を指摘するに留まらず、罪人はレティシアの方であるとはっきり断言したのだ。

 聖女という地位と魅了の力に惑わされず、ルーナが断罪されるに至った原因がレティシアにあるという確信を持っている様子だった。


 リオネルとは違い、為政者としての資質をきちんと備えている人間だ。レティシアとしては、極力関わり合いになりたくない手合いだった。


(マリウスは刺激したくないから、このまま放っておきたいんだけど……リオネルはちょっと魅了の効きが悪いし、ここまで強い意志を持たれていると、無理に黙らせられるかどうか)


 レティシアは聖女として覚醒して以来、禁術とされる魅了魔法を使って人心掌握に努めている。


 今から一年と少し前――学園入学の二か月ほど前のこと。レティシアは、突然高熱を出して倒れた。

 一週間ほど寝込み、目が覚めた時には前世の記憶が蘇っていた上に、膨大な神力と魅了魔法の知識までも手に入れていた。


 全てを思い出したレティシアは、これは不幸な前世だったあたしへの神様からのプレゼントだ――そう思った。

 そうして、蘇った記憶と新たに得た力を使って思うがままに振舞い始め、現在に至る。


(魅了の効果の出方には個人差があるけれど……マリウスには多分効いていない。ルーナと一緒で、すごく面倒なタイプ)


 自国の人間に対する印象操作とルーナの排除に注力するあまり、マリウスの存在を意識していなかった自分が憎らしい。レティシアは、自分の見通しの甘さを悔いていた。

 リオネルを無理に黙らせられないのであれば、都合のいい方向に思考を誘導するしかない――そう考え、まずは話を逸らすことに決めた。


「リオネル様、お気遣い感謝いたします。ですが、本当に心配には及びません。それよりも、早く皆様にご挨拶をさせて頂かなければ。この場は多少混乱してしまいましたが……今日は、わたくしたちの新たな門出の第一歩なのですよ」


 リオネルは、レティシアの言葉にはっとしたようだった。 


「ああ、そうだな。だが、くれぐれも無理はしないでくれ。心労は気付かぬうちに蓄積しているものだ。気分が悪くなったらすぐに言うのだぞ」


 レティシアは、リオネルの言葉にそっと頷く。そして、早く行きましょうとばかりにリオネルの手を引く。


 (挨拶回りついでに、丁寧に一人ずつ、居合わせた奴らのあたしへの印象を修正しておかなきゃ)


 ルーナを放逐するためとはいえ、今日は普段の振る舞いからはかけ離れた言動をしまった。

 植え付けた印象からかけ離れた姿を意識されてしまうと、魅了の効果は薄れてしまう。今、魅了にかかっている者のへの効力は可能な限り維持し続けたい。念のため、魅了魔法をかけ直しておきたかった。


「君は本当に心優しく、気配りも行き届いている。次期聖女という点ももちろんだが、何よりもその美しい心の在りようが未来の王妃にふさわしい」


「あら、リオネル様。わたくしのことは、聖女や王妃としての資質を持つか否かでしか見ていないのですか?」


「いや、そんなつもりはなかったんだ!すまない。もちろん、僕自身が君を愛しているんだ。レティシア」


「ふふ、その言葉が聞きとうございました。私もお慕いしております、リオネル様」


 ――その、愛すべき無能っぷりを。

 レティシアは、柔らかに微笑みかけた。その裏に、仄暗い野望を忍ばせながら。

お読みいただきありがとうございます!


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