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6 打算に基づく関係……のはずですよね?

「殿下。あなた様のお申し出、謹んでお受けいたします。不束者ではございますが、よろしくお願いいたします」


 ルーナの了承の言葉を聞いたマリウスは、しばらく硬直していた。

 理解が追い付いていなかったのだろう。ややあって、淡い青紫の瞳が揺らいだ。


「ゆ、友人からではなく……?」

「殿下、今の私はただのしがない小娘。尊き皇子殿下のお望みとあらば、ただ従うのみです」

「む、無理をしているのでは? すぐに婚約してくれなんて言わない。貴女の心の整理がつくまで僕は待ちます」


 ルーナを握る手には若干力がこもっている。婚約の方を即決されるとは思わなかったのだろう、マリウスは明らかに動揺していた。


 そんなマリウスに心から望んで了承したことが伝わるように。そして、望外の喜びで感動する可愛らしい令嬢に見えるように。

 ルーナは普段以上に柔らかな笑みを意識して、微笑みながら言葉を紡ぐ。


「まさか。貴族として死んだも同然の私に、貴方さまのお傍に立つという新たな道をお示しいただき、ただ感動するばかりです。今より私は貴方さまの婚約者。どうか、ルーナとお呼びくださいませ」


 そんなルーナを見たマリウスは若干目線を逸らし、小声で「そうか……」と呟いた。黒髪の隙間から覗く耳が、若干赤いようにも見える。


(私には「目を逸らさないでほしい」と仰ったのに。自分は耐えられずに目を逸らしてしまうなんて……実は、容貌に違わぬ可愛らしい内面のお方なのかも)


 最初に大胆な求婚をしたはマリウスの方だというのに。いざルーナが了承したら、誰が見ても明らかなほどにたじろいでいる。


 今のマリウスからは、普段の彼が放つ威圧的な雰囲気など微塵も感じられなかった。

 そんな姿を見て、ルーナは微笑ましいような心持ちになってくる。


 二人の周りに甘い雰囲気が漂い始い始めた時、置き去りにしていた外野から声が上がった。


「ルーナ!罪人の貴様が、一体何を考えている!?」


 長らくその場で固まっていたルーナの元婚約者。第二王子のリオネルが咎めてきたのだった。

 

 マリウスは、リオネルからルーナを庇うようにして即座に立ち上がった。

 先程までの甘い雰囲気は鳴りを潜め、普段通りの冷たそうな雰囲気に戻っている。


「――ルーナ。君が婚約を了承してくれたお陰で、これからは表立って守ることができる」

「マリウス皇子、これは我が国の問題だ。口を挟むのはお控え願いたい」

 

 リオネルが牽制する。

 それを聞いたマリウスが目を見開き、演技がかった様子で問いかけた。


「我が国の問題? これは異なことを仰る。先程、貴殿はルーナを国外追放にすると宣言ばかりでしょう。彼女は、既にこの国とは関係が無いのでは?」

「ああ。そうだ、この者には国外追放を言い渡した。我がオードラン国とは無関係だ」

「では……私と彼女が婚約を結んだとしても、何の問題もありませんね。貴国での彼女の扱いは罪人なのかもしれないが、我が国では違う」

「あの女は、己の地位を悪用して聖女を陥れようとした悪女です。問題しかないだろう」


 マリウスに話しても埒が明かないと思ったのか、リオネルは矛先をルーナの方に向けた。


「ルーナめ、何か言ったらどうなんだ。黙っていれば何とかなると思っているのか。だがそうはいかん。このような馬鹿げた話、僕が白紙にしてやる!」

「リオネル王子、彼女はもう貴殿の婚約者ではない。私の婚約者の名を直接呼ぶような真似は控えて頂きたい」

「このような状況で結んだ婚約など、無効だろう!」


 マリウスがあからさまな様子でため息をついた。そして、呆れている感情を隠そうともせずに続けた。


「自分のモノが他者に取られ、それが気に食わないと駄々をこねる……分別のない子供にそっくりだ」

「は……?」

「そもそも、罪人と呼ばれるに相応しいのは貴殿の隣に立っている聖女でしょうに。この国では、聖女の肩書があれば何をしても許されるようですが……ね」


 鼻で笑いながら、普段よりも少し低い声でマリウスが告げた。

 瞬間、リオネルの顔に怒りが滲む。罪人と呼ばれたレティシアの方も、普段通り微笑んでいるように見えるが、目は笑っていない。


「――ヴァルトシュタイン帝国の皇子といえど、我が国の聖女を愚弄するような発言は容認できない。後日、厳重に抗議させていただく」

「お好きになさるといい。ともかく、ルーナは我が国で迎え入れる。私の名に懸けて、善良なる精霊術士を冷遇し、悪辣な聖女を祭り上げる国からルーナを守り抜くと誓おう」

 

 マリウスが、ルーナの方に視線を向ける。

 淡い青紫の瞳は、やはり宝石のようにきらめいている。


 この婚約は打算的なもので、ここでの言動は全てルーナを国に連れていくための演技のはず。

 だというのに。その視線には、本当に真摯さと優しさが込められているようにルーナは感じてしまう。


(勘違いしてはいけない、私たちは打算に基づく関係なの。この優しさは、長くても正式な婚約の手続きが終わるまでと見なければ)

 

「さあルーナ、こんな所にいても時間の無駄だ。行こうか」

「仰せのままに」


 マリウスが手を差し伸べた。そこに、ルーナがそっと自分の手を添える。


「――どうか、マリウスと」

「はい……仰せのままに、マリウス様」


 二人はそのままパーティーを中座し、王宮から去っていった。

 後に残されたのは、重苦しい空気だけだった。

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