3 国外追放が妥当ではありませんか?
「お言葉ですが殿下。断罪であれば、この場で私の罪状を皆様にお伝えしなければならないのでは?」
「おお、罪を認めるか」
リオネルは純粋に驚いているようだった。隣のレティシアも若干目を見開いている。
二人とも、ルーナがあっさり認めるとは思っていなかったのだろう。
(レティシア様の方は、少し顔が引きつっているわね)
普段は聖女らしさを心掛けてか、ふわふわとほほ笑んでいることが多いのだが、今は表情が若干崩れている。
でっち上げた罪を素直に認められ、ルーナが何を考えているのか読めずに困惑しているのかもしれない。
(……本当は、ありもしない罪なんて認めたくないわ)
自分だけではなく、両親――ひいては家名に泥を塗る行為だ。
両親から婚約を白紙にできるのであれば手段は問わないと言われているとはいえ、罪人になれば多大な迷惑をかけるのは確実だが。
(国で最も尊いお方が聞く耳を持って下さらないのだから、ここでやるしかないわ)
罪人の役を被り、それを貫き通すのだと、ルーナは心の内で決意を固める。
(今考えるべきことは、速やかに話をまとめてこの場を去ること。そして、お父様とお母様に事の次第をご報告し、国外へ出る手筈をつけること)
国中の貴族が集まるパーティーの場。そして、国王夫妻が外遊で不在というこの状況。
多数の証人が存在し、邪魔な方々だけが不在。これを使わない手はない。
国王夫妻が帰国すれば、婚約破棄を何とか取り消そうとしてまたひと悶着起きるだろう。
何としても、帰国した時にはすでに手遅れという状態に持っていかなければならない。
幸いにもルーナの両親――ベルニエ公爵夫妻が今日はパーティーに参加せず、王都のタウンハウスで待機している。
当初は「娘を敵地に一人で行かせるなど」と渋っていたが、事が起きた時にすぐ動けるよう備えてほしいというルーナの願いを聞き入れ、待つことを決めたのだった。
(罪状はレティシア様を虐げたことかしら。時間との勝負なのよ……早く宣言して!)
読み取れるほどの感情がこもってしまわないよう意識しつつ、ルーナは紫の瞳でリオネルをじっと見つめる。
ややあって、リオネルは一つ咳ばらいをして罪状を話し始めた。
「自ら罪を認め、それを皆に伝えるよう乞うとは殊勝な心掛けだな、ルーナよ。
貴様の罪は多岐に渡るが……主だったものは、王太子の婚約者である公爵令嬢という身分を笠に着て、学園内でレティシアに嫌がらせをしたこと。
そして何より罪が重いのは、精霊を悪用してレティシアを傷つけたことだ!」
「……っ!!」
精霊を悪用して、人を傷つけた――それは、精霊術を扱う者として何よりも耐えがたい言葉だった。
自然の具現である精霊と友好な関係を築き、人間社会と自然の調和に努める。多くの精霊術士はそんな使命感を持っており、私利私欲で力をふるうことを忌避する。
ベルニエ家の祖先であるエルフの形質を強く受け継いでいる故か、精霊術の使い手の中でも、ルーナの使命感と精霊への愛はとりわけ強いものだ。
友である精霊をいたずらに使役せず済むように――そんな一心で自身の能力の底上げに努め、魔導士としても高い実力を持つまでに至っている。
リオネルの言葉は、そんなルーナの信念を踏みにじるものだった。
「な、なんだその目は……! ふ、不敬だぞ!」
ルーナは無意識のうちに拳を握りしめ、リオネルとレティシアを睨みつけていた。
普段は見せることのない、強い感情がこもった視線にリオネルは怯え、レティシアは身構えている。
二人の反応を見て、いつの間にか感情が表に出ていたことにルーナは気づく。
(私の考えが甘かったわ。確実に追い詰めるのであれば、精霊の存在を利用しない訳がない……か)
内心の動揺を悟られないよう、すぐに表情を消すことに意識を集中する。
ここで取り乱せばレティシアとリオネルの思うツボだ。
「――委細承知いたしました。罪深い私は是非とも断罪していただき、この場で国外追放とするのが妥当ではないでしょうか?」
「え?」
「どうか、賢明なご判断を」
「いや、そこまでは……謹慎とか、社交界追放くらいで……」
国外追放という言葉が出たことに対してか。ルーナのあまりの切り替えの早さに対する困惑か。
リオネルは要領を得ない言葉をもごもごと口にするばかりで話が進まない。
それを見かねてか、レティシアが声を出した。
「リオネル様。確かに、わたくしもルーナ様にはしばらく謹慎していただき、ほとぼりが冷めるのをお待ちして貰えればと考えておりました。
ですが、ルーナ様は罰として自ら国外追放を望まれております。ここは、ご本人の思いを尊重するべきではないでしょうか……?」
おずおずとした雰囲気を漂わせながらも、レティシアはしっかりと自分の意見を主張する。
周囲の貴族はレティシアが意見を述べたことに驚いている様子だったが、ルーナとしては予想の範疇だった。
(きっと、私を疎んでいるレティシア様なら乗ってくると信じていたわ)
本当は最後まで人任せで高みの見物をするつもりだったのだろうが、リオネルの煮え切らない態度に仕方なく介入を決めた様子だ。
レティシアは普段、表立って意見を主張しない。今日の振る舞いはかなり目立つだろう。
だが、悪目立ちするリスクを負ってでも、邪魔者を放逐する機会を逃したく無くなかったようだ。
ルーナとレティシアがじっとリオネルを見つめる。
深い紫の瞳と、空色の瞳。
国から逃げたいルーナと、邪魔者を国から追い出したいレティシア。ことこの場においては、二人の思いは一致していた。
二人に見つめられ、リオネルはたじろいだ。
しばらく目をつぶって思案していたが、やがて意を決したように目を開く。
「僕はルーナとレティシアの意を尊重しよう。ルーナ・フランソワーズ・ベルニエ、貴様を国外追放とする!」
(やった、もうここに用はないわ!早くこの場から去らなければ!)
ルーナとしては満足のいく、最高の結果だ。
内心は小躍りしそうなくらい嬉しかったが、その喜びは隠して素早くこの場を立ち去ろう。ルーナはそう思っていたのだが、ここにきて思わぬ横槍が入ってきた。
このパーティーに姿を見せるはずのない、予想外の人物が足早に広間の中央へと出てきたのだ。
「失礼、お三方。話はまとまりましたか? 私も少し混ぜていただきたいのだが、よろしいか?」