1 身に覚えのない罪で婚約破棄されました
ここは大陸西方の小国、オードラン国。
新緑と花々の色彩に彩られ、精霊たちが舞い踊る――この国で最も美しい季節を迎えた頃。
この夜は王宮が賑わいに包まれていた。
第二王子の学園卒業と、正式な立太子に先駆けての祝賀を兼ねたパーティーが開かれているからだ。
次代を担う若き王子を祝うため、貴族家の当主夫妻や学園の卒業生――まさに国中の貴族たちが一堂に会するめでたい場だ。
貴族たちは既に会場へ集まっており、第二王子の登場を待ちながら歓談に花を咲かせていた。
ややあって、本日のパーティーの主役である第二王子――リオネル・ニコラ・オードランが会場に姿を見せたのだが、その姿を見た貴族たちは騒然とした。
婚約者ではない令嬢と、それはそれは仲睦まじい様子で現れたのだ。
周囲の混乱をよそに、リオネルは傍らの令嬢をエスコートしつつ、堂々とした様子で広間へ足を踏み入れた。
金髪碧眼の王子の傍らにいるのは、桃色の巻き髪と空色の瞳に彩られた、可愛らしい令嬢。
その特徴的な色彩を目にした貴族たちは、すぐに令嬢の正体を察した。
喜びに満ちた表情の者、苦々しそうにする者、ただ驚く者――彼らに滲む感情は様々だった。
リオネルと令嬢はまっすぐに広間の中央まで進むと、そこで足を止めた。
そして、祝いの場にはおよそ似つかわしくない、怒りに満ちた声がリオネルの口から発せられた。
「ルーナ・フランソワーズ・ベルニエ!この場にいるのだろう、今すぐ我らの前に姿を見せよ!」
騒めいていた貴族たちが一斉に静まり返り、視線が広間の中央へ集中する。
ややあって、ひとりの令嬢が群衆の中から歩み出てきた。
絹糸のようになめらかな銀の髪に、先が尖った耳。精霊のいとし子の証たる、深い紫色の瞳。
怒りに満ちた声を受けたにも関わらず、表情に揺らぎはなく、感情を読み取ることは難しい。
堂々とした様子でありながら、人形のような儚い印象を与える――どこか人間離れした美しさの令嬢だ。
彼女はベルニエ公爵家の一人娘、ルーナ。第二王子リオネルの婚約者だ。
先祖返り――あるいはアタヴィズムと呼ばれる特別な存在であり、公爵家の始祖となったエルフの形質を色濃く受け継いでいる。
ゆえに、エルフに近い人間離れした容姿を持つ。
ルーナはそのままリオネル達の前へ進み、カーテシーを行った。
「御前、失礼致します。リオネル殿下」
儚げな容姿に似つかわしい、鈴の鳴るような声。
そして、貴族たちが思わず感嘆の声を漏らすような、一片の隙もない完璧な礼だった。
そんなルーナと周囲の貴族の様子を見たリオネルは、苛立ったように表情を歪め、叫ぶように言い放った。
「ルーナ、貴様のレティシアに対する悪行の数々は誠に度し難い! 国中の貴族たちが立ち会うこの場で、貴様を断罪する!
王太子たるリオネル・ニコラ・オードランの名の下に、貴様との婚約を破棄する!!」
そこで一度言葉を区切り、傍らの令嬢へ目を向ける。先程とは打って変わって、優しげな表情だ。
甘ったるい雰囲気で見つめ合った後、リオネルは喜びに満ちた様子で宣言した。
「そして、聖女たるレティシアを新たな婚約者として迎えることとする……!」
貴族たちは再びどよめく。
中には「聖女様、万歳!」と叫んだ者もいた。
リオネルはそんな貴族達の姿を見て、満足げな表情を浮かべた。