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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第一章「山田朝右衛門とアンリ・サンソン」
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第七話「合同調査」

 横浜居留地に駐留するフランス軍のアンリエット少尉と吉直達は合同で調査を開始した。先ずは文吾が遺体が発見された時の詳しい状況について説明する。文吾は町奉行所から詳細な状況が書かれた書き付けを持ってきており、その内容を現地をもって示した。


「こちらに、あにう……神奈川表取締掛同心浜田兵庫の頭と胴体が、その横に仏蘭西軍中尉、ジョルジュ・ポルナレフが同じ様に頭部と胴体が切断された状態で発見されたらしい。五日前の事だ」


 文吾が示す辺りは冬のため短い枯れ草ばかりが広がっている。現場のすぐ近くにこの辺りでは著名に大きい松の木が生えているため目印になっているが、それが無ければとても同じ場所に辿りつけなかっただろう。杭でも打っておかねば他と判別がつきそうにない。


 そして遺体が見つかったという場所の枯れ草は、他の場所の枯れ草と全く違いが分からなかった。


「これは、殺害されて首を刎ねられた後、別の場所から運ばれてきたのでは? それか、既に死んで少し経った遺体を、この場で切断したかですね」


「そうですね。生きている者の首をこの場で刎ねたのならもっと血痕が残っていてもおかしくないでしょう。」


 観察して思った事を述べた吉直に、文吾はそうなのかと感心した表情をしているが、アンリエットは自分も最初からそう思っていたかのように同意を示した。これには吉直は少し意外な気がし、思わずアンリエットの顔をじっと見る。


 直接首を刎ねた事が無い吉直だが、義父の役目には何度も立ち会っており、首を刎ねた場合どれだけ血が勢いよく大量に吹き出るか理解している。この場にはその様な痕跡が全くない。枯れ草も無い様な土と砂ばかりの土地であったら表面を掘り返してしまう事も出来るはずだが、この場でそれをするのは難しいだろう。


 また、刀の切れ味を鑑定するために罪人の遺体を重ねて胴切りにした場面にも立ち会った事があるが、死んでしばらくたった場合血が固まってしまうらしい。完全に輪切りにしてもさほど血が流れる事は無かった。


 町奉行所の同心として殺人事件を担当する事もある文吾であるが、首を刎ねる様な事件に遭遇した事はない。普通の殺人事件でその様な事態になる事は非常に稀なのだ。侍同士の刃傷沙汰でも、決闘で首を刎ねるなどそうある事ではない。だから、文吾がそういった知識が無かったとしても驚くような事ではない。


 だが、何故アンリエットが吉直と同等の知識を持っているのであろうか。アンリエットは軍人であると聞いているが、異国の軍人は首が飛ぶような戦場を当たり前の様に経験しているのであろうか。


 もしそうだとすれば、異国の軍隊が強いのは当たり前である。強大な清国が英吉利にあっさりと敗れたと聞いた時は驚いたものだが、それは当然だったのかもしれない。


「しかし何故遺体をこの場に並べるような事をしたのか。普通遺体は隠すものでしょうに」


 これが事件を聞いてからずっと思っていた吉直の疑問である。この場で切ったのなら、遺体を放置しても仕方がない。遺体を運ぶというのは大きな労力を要する。証拠隠滅より、迅速な離脱を重視すべき状況はある。特に今は大政奉還などの政治情勢からして非常に社会が不安定である。数か月逃げ切れば町奉行所も解体され、捜査自体が無くなっても不思議ではない。事実それを狙った押し込み騒ぎが多発して町奉行所は対応に追われているし、借金の踏み倒しを狙う者も沢山いる。


 それなのに何故、この様な事をしたのであろう。


「見せつけているのではないでしょうか。首を刎ね、無残な遺体を衆目に晒す事で何かを示しているのでしょう」


「見せつける? 何故その様な事を?」


「いや、可能性はある。黒船来航からその様な意図で人の命を奪う事件は増えているし、逆に公儀も獄門や磔の様に警告の意味で見せつけるための刑罰は昔からしているのだからな」


 吉直にはアンリエットの言う殺害や遺体を晒す事により人々に見せつけるという意味がよく分からなかったが、文吾にはすぐ理解出来た様だ。吉直の様な山田朝右衛門の一族にとって処刑とは、罪と罰の均衡を保ち、社会を守るためにやむなく行う厳粛な行為である。それを別の意図をもって行うという感覚が理解出来ない。


 山田家の一族がこれまで人々に蔑まれながらも、これも世のためには必要な事だと思って果たして来た役目を愚弄しているとさえ言える。


 吉直の中に怒りがふつふつと湧きあがって来た。


「しかしどういうつもりなのだろう。確かに黒船来航以来攘夷を叫ぶ者は多くいたし、多くの事件が起き、多くの血が流れた。だが、もうその様な時世ではない。尊王攘夷を唱えていた薩長は既に異国と手を結んでいる。今更異人を殺す者がいるのか?」


 動機については江戸から現場に来るまで何度も意見を交わしていたが、結局結論は出なかった。殺されたのは異人と、異人との窓口になる神奈川表取締掛の同心である。尊王攘夷の観点から見ればこれらの殺害は不思議ではない。だが、今殺害を企てる勢力があるのであろうか。


 徳川は仏蘭西と親しいが、これから朝廷と交渉していくためにはその後ろ盾が必須であるので、その仏蘭西の軍人を殺害する意味はない。


 薩摩や長州は英吉利と手を組んでいるので、幕府と手を組む仏蘭西は敵の様にも一見思えるが、その様な単純なものではない。大政奉還は既に成り、これからの日本の異国との折衝は薩摩や長州、そして朝廷が責任をもつことになる。つまり今仏蘭西を挑発するような行為に出る事は、自分達の首を絞めるようなものである。かつて薩摩や長州が異国に対して勝手に攻撃した時は、原因は彼らであるのに外交の責任がある幕府が異国からの非難の矛先となった。その事件による幕府の弱体化が今日の状況を招いた要因の一つである事は、薩摩や長州の指導者達も理解しているはずである。


「それでは、実は英吉利の策謀ではありませんか? 仏蘭西を幕府や朝廷と争わせ、漁夫の利を得ようとしているとか」


「それはありませんね。確かにフランスとイギリスは日本でそれぞれ別の勢力を支援していますが、この段階で全面戦争になり兼ねない裏工作は考えられません。横浜居留地でもフランス軍はイギリス軍と協力して警備にあたっていますが、その様な思惑による問題は起きていません。それに、フランスとイギリスは時には百年に渡り続く戦争をするほど関係は良くありませんでしたが、今は違います。我らが皇帝陛下、ナポレオン三世はイギリスとの関係を改善する事に成功し、かつてないほど両国は良好な関係にあります」


「なら違いますね」


 アンリエットの言っている事は、裏を返せば仏蘭西と英吉利が裏で手を組んで日本を蚕食しようとする可能性を意味している。だが、役人の文吾は単なる同心でそういった事には疎いし、吉直はアンリエットの言う事を額面通り素直に受け取ったので、特に何も思う事は無かった。


 そもそも、二人は「なぽれおん」だの言われても耳に馴染まず深く考える事すら出来ないのである。


 それに、別の厄介事が近づいて来た。


「気付きましたか?」


「はい」


 吉直が刀の柄に手をやりながら静かにアンリエットに言った。それに対してアンリエットも背負った大剣を外しながら頷いた。文吾も二人が何を示し合わせているのか分かったらしく、従者に下るように指示をだし、自らは長十手を手にした。


 東海道の分岐点の方から、十人近くの男達が駆けてくるのが見える。手にはそれぞれ得物を持っており、明らかな敵意を発していた。


「手掛かりからこちらに来てくれたようですね」


 吉直は不敵に笑うと、刃渡り三尺の長刀を引き抜いた。

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