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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第三章「新しき世」
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第十五話「革命の刃」

 天皇を断頭台に拘束した世界革命団を、それぞれの刀剣を大上段に構えた吉直とアンリエットが正面から睥睨する。世界革命団の者達が少しばかり後ずさりをした。


 皆、気圧されている。


 あまりにも真正面から若い二人に一喝されたので、秘密結社の一員として活動する彼らには眩しいのだ。


 これまで彼らを追い続けて来た吉直とアンリエットは処刑人の一族であり、日本や仏蘭西の社会で忌避されているはずだと認識していた。そういった点では、彼らも同じである。


 世界革命団は仏蘭西由来の組織である。タンプル塔の亡霊は仏蘭西人だ。だが、世界各地で活動を繰り返し、構成員には英吉利人や露西亜人、墨西哥人など多種多様である。特に、日本に活動の場を移してからは、日本人がその大半を占めている。皆、身分や貧困、戦争の動乱などからその身を持ち崩し、社会に絶望して世界革命団に入ったのである。


 その彼らでも、各国の処刑人がどれだけ蔑まれ、低い扱いを受けているかは承知している。その二人が、何故この様にして彼らの前に立ちはだかるのか。


 理解を超えている。


 命は惜しくないのか。


 社会に復讐したくないのか。


 まるで分からなかった。


「戦闘用意」


 彼らの首領であるタンプル塔の亡霊の声で、皆我を取り戻した。今は余計な事を考えている場合ではない。自分達を止めようと挑んでくるのなら、撃退しなければならない。


「かかれ」


 タンプル塔の亡霊の合図で、戦いが始まった。互いに飛び道具は持っておらず、刀や剣での勝負である。


 吉直とアンリエットはそれぞれ愛用の長剣を用いて戦っている。常人では使いこなす事が難しい重量と長さの剣を、処刑の技術を応用して完全に使いこなしている。世界革命団の構成員が彼らの間合いに入った瞬間、あっという間に切り伏せられて行った。剣を打ち合わせて有利な態勢を積み上げていくような普通の技術は無い。ただ、相手を切るだけの剣である。


 吉直とアンリエットは声を掛け合う事も無く、目も合わせず、完全に息の合った戦いをしている。互いの死角を補い、複数に同時に切りかかられる様な事を防いでいる。


 勢いでは完全に吉直とアンリエットが押している。


 だが、戦いとは勢いだけではない。数も重要な要素である。この場にいる世界革命団の構成員は五十を超えており、二人で相手をするには余りにも無謀である。それでも、吉直とアンリエット程の難敵を相手にすれば、普通の兵なら恐れをなして、数の優位を忘れて逃げ出すかもしれない。だが、使命感をもって行動しているのは、世界革命団とて同じである。それが例え負の使命感だとしても、命を惜しんだりはしない。


 次第に二人は押され始め、対処が目に見えて遅くなっていく。それを感じ取った世界革命団は、抜け目なく攻勢を強めていく。


 二人が行動に出たのは、そんな時だった。


 攻撃が荒くなったのを見て取り、アンリエットが吉直の背中を踏み台にして高々と跳躍し、囲みを飛び越えてしまう。そして断頭台に向かって突進する。


「動かないでね」


 アンリエットは大剣を振り上げ、拘束されている天皇に声をかけた。狙いは、天皇を拘束している枷である。天皇を逃がしてしまえば、世界革命団は目的を達成する事は出来ない。もう一人捕縛している木戸孝允を代わりに処刑する事は可能かもしれないが、天皇を処刑した時ほどの効果は期待できない。しかも、天皇に逃げられた状況である。木戸孝允は我が身を犠牲にして天皇を逃がした忠臣に仕立て上げる事も可能だ。そうなれば、世論を動かし戦いを巻き起こす効果は得られない。


「甘い」


 だが、アンリエットの斬撃はタンプル塔の亡霊に阻止された。彼は腰に下げていた西洋風の細剣を抜き、アンリエットの強烈な斬撃をいなしてしまう。打ち合わされた剣ごと粉砕してしまう強烈な一撃だったが、どの様にしたものか、力の向きをするりと変えられてしまったのだ。アンリエットの大剣は断頭台の柱に食い込んで止まった。


 そして、大剣を引き抜こうと手間取るアンリエットを、タンプル塔の亡霊は蹴り飛ばしてしまう。


 奇襲は失敗に終わった。


「考えは悪くなかったが、相手が悪かったな。さて、もうそろそろ決着を……む?」


 珍しく感情を見せて勝ち誇るタンプル塔の亡霊が、この場に近づいてくる足音に気付いた。周囲を見回すと、大勢の人影が近づいてくる。しかも、二方向からだ。


「ちっ、もう追手が来たのか。もう少しかかると思っていたのだが」


「京中をしつこく警告して周ったのでね。お陰で準備が早かった様だ。東から来る連中は知らん」


「そいつは酷いな」


 東から来た一団から、一人の男が前に進み出て吉直に行った。この声に、吉直は聞き覚えがある。


「文吾さん、生きてたんですか!」


 その男は、上野戦争に参加して行方が知れなかった元町奉行同心の浜田文吾であった。


「生き恥を晒しているがな。上野戦争で死にきれず彷徨っている所を、勝様に拾われたんだ。それで、お前達が京に行ったっていうから、俺みたいに死にきれなかった彰義隊の連中を引き連れて急いできたんだ。まあ……」


 文吾は世界革命団と断頭台を見回した。


「間に合って良かったぜ。これで天子様を助けた手柄は、我々旧幕臣のものってわけだ」


「そうはいかん」


 文吾の言葉を遮るように、別の人物が進み出て来た。それは、文吾が京で交渉を重ねた公家の一人である。あまりにも大勢の者を説得して周ったので、名前もはっきりとは憶えていないが、それでも喧々諤々のやり取りをした事は覚えている。京の方からやって来たのは、新政府の者達だったのだ。


「我々こそが、天皇の藩屛である事は千年も前から決まっているのだ。ここは我らに任せて貰おうか。行くぞ、皆の衆!」


 最初会った時は、吉直達の事を穢れた処刑人と蔑んでいた連中が、今は守るように戦ってくれている。吉直は自分のしたことが間違っていなかったと確信した。


 これで形勢は逆転する。増援で来た者達を合わせると、世界革命団とほぼ同等の勢力になる。だが、来る訳の無い増援の出現により世界革命団は士気が低下している。たちまち追い詰められていく。


 だがその時だ。タンプル塔の亡霊が大声でこの場に居る全ての者に呼びかけた。


「こっちを見ろ! 先ず紹介しよう。これが、フランスから持って来たギロチンである。フランスの革命では大勢の血を吸った殺人機械だ。台は日本製だが、刃はフランスで使用されていた物だ。持ち込んだものの幾つかは奪回されてしまい、これが最後の一つだが、これは特別な一品なのだよ。さて、何だか分かるかな?」


 追い詰められているとは思えない、堂々とした態度に皆が静まり返る。一体、この男は何を言わんとしているのかと皆が思った。


「確か、残るはルイ十六世を処刑した刃のはず」


「そう、ここにいるアンリエット君が正解を言ってくれた。これはフランスの国王、ルイ十六世の首を刎ねた記念すべきギロチンなのだよ。これは奇遇だなあ」


 何が奇遇であるのか。仏蘭西人のアンリエットは兎も角、この場にいるほとんどの者がルイ十六世なる人物がどの様な者か知りはしない。タンプル塔の亡霊が語った様に、異国の国王である事のみが分かった。


 一体、何か奇遇なのか。


「いかん、陛下を今すぐ処刑するつもりだ! 止めろ!」


 木戸孝允がタンプル塔の亡霊の意図に気付き警告を発した。だが、今から起こる惨劇を止めるには、余りにも離れている。


「何故、死なねばならぬのか。教えてくれるか?」


 これまで、一切の言葉を発しようとしなかった天皇が、タンプル塔の亡霊に問いかけた。まだ十代の少年だというのに、迫りくる死に怯える様子は見られない。タンプル塔の亡霊は少し驚いた様子だったが、問いかけに答えた。


「簡単な事だ。お前がこの国の王だからだ。革命の刃を受けるがいい」


 タンプル塔の亡霊が処刑しようとしているのは、日本の天皇という存在だ。日本中の者が勢力によらず崇敬しているからこそ、これを殺害する事で完全な革命を起こそうとしているのだ。


「そうか、そう言う考え方もあろうな。お前を許そう。だが、この様にして血が流れるのは最後になる事を祈ろう」


「……!」


 断頭台を起動させようとしたタンプル塔の亡霊の動きが、天皇の言葉で一瞬止まった。


 それを見逃さない者が二人いた。


 囲みを抜けた吉直と、蹴りの衝撃から立ち直ったアンリエットが断頭台に向けて突進していく。


「ぬう」


 我に返ったタンプル塔の亡霊は、慌てて断頭台の仕掛けを作動させ、刃を落下させた。数多くの人間をその罪の重さに関係なく屠って来た金属塊が、日本の若き君主の首に届こうとしている。


 その時、凄まじい金属音が鳴り響いた。


 吉直が下から愛刀を切り上げ、落ちて来る断頭台の刃に叩きつけたのだ。更に、断頭台の柱から大剣を抜き取ったアンリエットも同様にして刃の落下を剣で弾き返そうとする。


 断頭台の刃は、その重量で首を確実に刎ねる恐るべき物体だ。これとかち合ったなら、例え二人の振るう剣がどれだけ重く鋭いものであろうとたちどころに砕かれるはずだ。だが、そうはならなかった。


 二人の愛剣は完全に砕け散ったのだが、断頭台の刃もまた砕け散った。単に金属同士がぶつかっただけにしては余りにも細かく砕ける。まるで、歴史上の役目を終えて退場しようとしているかの様であった。


「何故?」


 予想外の光景に、タンプル塔の亡霊は呆然としていた。その顔面に、吉直の鉄拳が唸りをあげて迫った。


 タンプル塔の亡霊は反応すら出来ずに拳をまともに受け、仮面を吹き飛ばして倒れ伏した。これまで戦った時は恐るべき技量で二人の攻撃を防いだというのに、この時ばかりは何も出来なかった。余程衝撃を受けたのだろう。


 タンプル塔の亡霊の仮面の下の素顔は、驚く事に皺だらけの老人の顔であった。こんな老人が精力的に世界中を掻きまわしていたとは、信じがたい事である。


 首領が倒された事で、その配下の者達が剣を捨て投降を始めた。天皇は処刑されておらず、首領やその配下も捕縛した。完全なる勝利である。


 吉直とアンリエットは勝鬨をあげ、皆がそれに続いたのだった。

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