第十四話「革命のお手本」
木戸孝允は、荷車に揺られながら流れる景色を見ていた。その体は丈夫な縄で縛られており、身動き一つとる事は出来ない。もう一日以上体を固定されているので、あちこちが痛くてたまらない。
水や食料は与えてくれるのだが、排便のために縄を解いてくれる事は無い。当然垂れ流しとなり、臭いや感触が非常に不快である。以前幕府の追手から逃げるために乞食や狂人のふりをした時は、わざと体を汚したものであるが、ここまで酷くは無かった。
新政府において参与の役職を与えられた木戸孝允が、何故この様な事になっているのか。それは数日前に遡る。
木戸孝允は天皇に付き従い、東海道を東に進んでいた。東京に行幸する事により、天皇を中心とする新政府こそが日本の政権を担うのだと示すためである。未だ東北諸藩と新政府軍は戦いを繰り広げており、列国もその動向を注視している。だが、情勢が新政府に有利である事は確かである。ここで内外に新政府の正当性を示す事は、情勢の安定をもたらすはずであった。
だが、京の御所を出発して数日経った頃であった。尾張国の熱田神宮に参拝した帰り、突然異国の人間が挨拶をして来たのである。
木戸は妙だとは思った。横浜や大坂の港付近には異人の存在も珍しいとまでは言えない御時世である。だが、熱田の近くにある名古屋の港に外国船が停泊しているなど聞いた事が無い。そして、日本が新政府軍と旧幕府勢力で争いを続けている中で、遠出をする者など考えにくかった。
だが、こんな所まで足を伸ばしていると言う事は、異人の中でも有力者である証明だ。そうでなければ来る事すら出来ない。なので、護衛の者達も、強く留める事は無かった。
それがいけなかった。
異人の男は懐から何か球状の物を取り出し、それを天皇目掛けて放り投げた。警護の者達は素早く反応し、天皇を守ろうと円陣を作った。例え爆発物であっても、肉の壁となるためである。だが、予想に反して投擲されたのは爆発物ではなく、大量の煙を発する玉であった。たちまち辺りが白い煙に覆われ、隣にいる者すら見えなくなる。しかも、この煙には刺激物が含まれているらしく、目や鼻に激しい痛みが走った。それでも何とか天皇を守ろうと、護衛の兵達は健気にもその場を固守しようとした。
大勢の襲撃者が現れたのはそんな時である。
何か棒状の物で殴られ、木戸はその場で昏倒した。江戸にその名を轟かせた剣士であったのだが、この時は帯刀していなかった。しかも、煙により戦闘力を奪われ、天皇を守るべく自分に対する敵意に無防備であった。
気付いたら荷車の上だったのである。
「この辺りは……」
荷車に揺られながら景色を見ていると、見知った光景が見えて来る。
「ああ、気付いたか。もうすぐ京の都だよ。旅に出たばかりでとんぼ返りをさせて悪いな」
「貴様、タンプル塔の亡霊だな?」
「おや? 知ってたのか。私もこの国で名が売れたというものだな」
木戸に話しかけてきた仮面で素顔を隠した男、この男の存在は報告で聞いていた。遥か遠くの東京から、西郷隆盛や大村益次郎といった新政府の同志はもとより、勝海舟の様な立場上敵の者からも手紙で警告を受けている。
世界革命団などという組織が、仏蘭西から断頭台という殺人機械を持ち込み、日本における争いを激化させようと企んでいるなどという事は、正直何かの冗談にしか思えなかった。だが、大ぼら吹きの勝海舟は兎も角、西郷も大村も冗談を言う性質ではない。一応警戒はしていた。
だが、警戒が足りなかったため、このざまである。
「西郷や海舟を処刑しようと試みた様に、今度は俺を殺そうって事か。断頭台とやらで」
「半分は当たりだが、半分は違うな。確かにお前の首を刎ねても、大きな影響があるのだろうがね。せっかくだから自分の目で正解を確かめて貰おうか」
タンプル塔の亡霊は荷車の上にのぼり、木戸の体を強引に起こした。目線が高くなり、タンプル塔の亡霊が別の方向に体を向けさせたことで今まで見えなかったある物体が視界に入る。
それは、木製の大きな台である。車輪がつけられ、二頭の馬で引かれており、ガタガタと音を立てている。そして特徴的なのは、その台は上に二本の柱が長く伸びているのだが、その上方には巨大な刃物が取り付けられている。
これが報告に聞いた断頭台である事は木戸にもすぐ理解出来た。巨大な刃物が柱の溝に沿って落下してくることで、足元に拘束された者の首を刎ねるのだろう。首を刎ねるのは高等技術である。だが、この殺人機械さえあれば誰にでも容易く人の首を刎ねる事が出来るのだ。
報告では仏蘭西から持ち込まれた断頭台は、仏蘭西から世界革命団を追って来た者の手によって破壊されたのだが、江戸の職人の手によって再現されたと聞いていた。それが今目の前にある断頭台なのだろう。
日本の職人に、この様な物を製造する技術があった事自体は誇らしいのだが、こうして禍々しい姿を目の当たりにすると、余計な事をしてくれたという念が湧いてくる。
だが、その様な事を考えて居られたのは、ほんの少しの間だけであった。断頭台に、誰が拘束されているのかを見て、木戸はしばらく絶句していた。見間違いであってくれれば良いのに、何度見てもその人物に間違いが無かった。
「陛下!」
「その通りだ。日本の皇帝――天皇だよ。革命によって身分は崩壊し、高い地位にあった者より低い地位にあっても能力の高い者が世界を動かすようになる。東京では、将軍だった慶喜よりもその部下の海舟や、お前の仲間の西郷の方が首の価値が高かったな。もはや身分だけが人間の価値ではない。だが、あの男だけは違う!」
「馬鹿な! 陛下に忠誠を誓っているのは、新政府側だけではないのだぞ。旧幕府の者達だって心は陛下に向いているのだ。その陛下の首を獲ったりしたら、一体この国はどうなってしまうのだ」
維新の動乱も、つまるところは幕府と西国雄藩のどちらが天皇を味方につけるかの争いという一面があった。つまり、徳川の世が終わるという大きな変革はあったのだが、日本における社会的な意識の根本的を司る天皇に関する事は、何も変わっていないという見方も出来るのだ。
「この国はどうなってしまうのだ、だって? どうなるんだろうなあ。だが、お前たちは幕府を打倒するために身分の低かった侍を登用し、民衆も味方に付けたではないか。それなのに、天皇などという者をそのままにしていては、社会の変革は成せないぞ? フランスでは問答無用で国王を処刑したのだ。革命なら我が祖国フランスが本場だからな。革命のお手本を見せてやろうという事だ。感謝するんだな」
「やめろ! やめんか!」
木戸は声をからして何度も叫ぶが、タンプル塔の亡霊はそれに答える事は無かった。
このままでは、あと一刻もすれば京に辿り着くだろう。そこで大勢の前で天皇が処刑されたりしたのなら、日本はどうなってしまうのか。まだ、皇位を継げるような皇族は他にもいる。だが、その様な事では取り繕えない何かが変わってしまうだろう。
「前方に人が見えます。二人です!」
世界革命団の一人が、タンプル塔の亡霊に報告を入れた。タンプル塔の亡霊は荷車から降り、報告のあった方を自分の目で確かめた。
「ほほう。サンソン家の小娘と、日本の処刑人か。よくぞここまで来たものだ」
断頭台を押し立てて、京に向かって進む世界革命団の前に立ちはだかったのは、山田半左衛門吉直とアンリエット・サンソンである。二人は既に抜刀し、臨戦状態である。
「世界革命団! お前達の策謀は、ここで止めさせてもらうぞ!」
「サンソン家から奪った断頭台、返してもらいます!」
数十人を超える世界革命団を前に、処刑人二人は勇ましく咆哮した。




