第十三話「標的は天子様」
新政府の要人達に世界革命団の襲撃の危険が迫っている事について、吉直とアンリエットは数日かけて説明と警護に関する注意点を教え終えた。
京には新政府要人が多く、しかも制圧した東京や戦闘中の東北地域と違い、武力としては空白地帯である。要人として標的に成り得る公家たちも、旧幕府側に対して完全勝利を獲得しようとしている状況から危機感がかけており、狙われた場合簡単に処刑されるかもしれない。
もしも彼ら新政府の要人が、大通りで断頭台により公開処刑されたり、その刎ねられた首を三条河原にでも晒されたりしたら、その後に日本にどれだけの血の嵐が吹き荒れるか予想もつかないのだ。
当初、穢れているとされる処刑人であり、アンリエットは異人であるために説得は上手くいかなかった。だが、吉直とアンリエットは待ち受ける惨劇を回避するため、無礼は承知で必死で説得を繰り返した。その気迫に押されたのか、何とか聞き入れてもらい、世界革命団に襲撃されても何とか耐え得る態勢を構築する事が出来たのである。
公家たちとて、維新の動乱で命を狙われていたのはついこの前までの事だ。刺客の恐ろしさや、暗殺による政治的な効果は理解しているのである。頭では理解していなくとも、下に見ている者からの情報など聞きたくは無かっただけなのだ。それを吉直達は、熱意で挽回したのである。
「何とかなりましたね。後は、待ち受けるだけでしょうか」
「いや、こちらから探索する必要もあるでしょう。いつまでも待っていては、隙を突かれる可能性があります。そうなる前に、こちらから積極的に動くべきでしょう」
世界革命団の大半の人間は、日本人である。世界革命団は仏蘭西で生まれた組織であるが、日本に断頭台を持ち込んで活動を開始してから、同志を増やし続けているのだ。これまで吉直とアンリエットは何人もの世界革命団に所属する日本人を倒して来たのだが、生け捕りにしても舌を噛んで自害を試みるなど、組織の一員となったばかりとは思えない覚悟の決まり様であった。大半が身元不明だが、何人かは素性が明らかになっている。いずれも、維新の動乱によって家族や仲間を失い、世界に絶望している者ばかりであった。
今も新政府軍と旧幕府勢力が戦い続けているが、この様な状況も世界革命団に入る者が増える原因であろう。
「それでは探索のための計画を練る必要がありますが、吉直さんは京には詳しいですか?」
「いいえ。実は西国を訪れたのは今回が初めてでして、地理は全然です」
「なら、詳しい人に協力を仰ぐ必要が有りますよ。私が江戸やその近郊で活動できたのも、吉直さんが協力してくれたおかげですから」
アンリエットの提案はもっともである。探索には土地勘というものが必要だ。それが無ければ潜んだ刺客達を探し出す事は出来ないだろう。江戸市中は吉直がよく見知っていたのであるし、その近郊においても勝海舟の紹介で地元の協力者を得られたから、何とかなっていたのだ。
全く見知らぬ土地である京において、二人だけで行動するのは無謀であろう。
「探索はそのまま戦いになる可能性が高いから、戦いの経験がある武士に頼む必要があると思います。ちょうど良い人に心当たりがあります」
「ああ、木戸孝允さんでしたっけ? 長州藩を実質的に動かしている人だそうですが。確か京に来た初日に尋ねましたが、多忙で会えませんでしたよね」
「そうです。木戸さんなら、腕が立って京の地理に詳しい人も紹介してくれると思うのです」
木戸孝允は、長州藩士である。元の名を桂小五郎と言い、長州藩を倒幕の道へと進ませた立役者だ。江戸に剣術修業で留学した事もあるほどの剣士であり、維新志士として幕府に追われている時は、様々な手段を駆使してその追跡から逃れており、京の地理にも詳しい。はっきり言って、木戸孝允がついて来てくれれば話は解決するのである。
もちろん、木戸孝允程の要人がこの様な雑務ついてこれる訳が無いし、そもそも世界革命団が一番の標的としてもおかしくない人物だ。彼を処刑すれば、旧幕府勢力が盛り返すであろうし、新政府内部でも長州との主導権争いをしている薩摩や土佐、肥後といった勢力が動き始めるだろう。そうなれば、内戦は収まるどころか加熱する事間違いない。
「しかし大丈夫でしょうか? また一から説得するのは骨ですが」
吉直とアンリエットは公家たちの説得に成功した。これまで社会の風に流されるようにして、波風を立てない様にして生きて来た二人が初めて流れに積極的に逆らった成功体験である。だが、疲れた事もまた事実である。
「大村さんの紹介状があれば、何とかなると思います。医者だった大村さんを軍学者として登用したのは、木戸さんなのだそうで。それに、実は木戸さんと私の養父には接点があるのです」
木戸孝允と交友関係あった吉田松陰という人物がいる。松陰は後に倒幕を主導する者達を育てた人物であるが、彼は安政の大獄によって処刑される事になってしまった。その時に松陰の首を刎ねたのは吉直の養父である七代目山田朝右衛門である。そして、罪人である松陰の遺体を密かに回収したのが木戸孝允であるのだが、この時に気付いて伊奈が目溢しをしていたのである。
お陰で松陰の埋葬を済ませる事が出来たので、木戸孝允は山田朝右衛門に感謝していると、大村から聞いている。この繋がりを活用しない手はない。
吉直とアンリエットは木戸孝允が京において宿泊している屋敷を尋ねた。
「申し訳ありません。主は既に出立しております。戻るのは相当先になるかと」
木戸の泊まる屋敷を尋ね、取り次いで貰おうとしたのだが留守である事を留守の者が告げた。
「出立? 一体何処に」
「東京ですよ」
「東京ですか? 一体何の用で」
「おや? 知らないのですか? 天子様が東京に行幸されるので、同行しているのですよ」
世界革命団の事が気になって、特に気にはしていなかったが確かに若き天皇が東京に行幸するというのは京のあちこちで聞いた覚えがある。東京に遷都する事が検討されているらしく、その一環としての行動だそうな。
「ここから東京までだと、結構な長旅ですね。木戸さん狙われないか気になるな」
木戸の不在を知った二人は、屋敷から遠ざかりながら話した。木戸は優秀な剣士であるが、東京までの長旅の途中で大勢に襲撃されたとしたら、その身を守り切れるか分からない。護衛はついているだろうが、どれだけ役に立つだろう。また、木戸は勝てないと判断したら余計な誇りは捨てて逃げる男である。だが、天皇に付き従っての旅である。勝手に逃げるなど出来ようはずもない。
「ちょっと待って下さい。何も木戸さんが狙われると限った話ではないのでは?」
「それはそうかもしれないですね。他にも公家の代表格の三条実美や岩倉具視、薩摩の大久保利通も木戸さんと同じくらい狙われるかもしれないですね。ただ、行幸に誰がついていってるのか、聞かないと分からないですね」
「いえ、そうでは無くて、天皇が狙われるのでは?」
「天子様が? まさか……いや」
アンリエットに指摘されて吉直は気付いた。新政府の要人たちを処刑する事は確かに効果が大きい。だが、彼らよりも確実に大きな影響を及ぼすのは天皇の首なのだ。徳川慶喜の様にすでに歴史上の役目を終えた人物とは違い、天皇はまさにこれからの人物である。
その重要性は理解していたのだが、まさか天皇の首を狙う者などいないだろうと、認知に制限がかかっていたのである。これは吉直の考えが特別狭かったというよりも、この時代の日本人なら共通の認識であるだろう。尊王派と佐幕派で争っていたよく言われるが、実際の所日本人の全員が尊王派であった。要は、尊王なのは共通認識とし、どの様な政治体制をとるかで争っていたのである。
だが、仏蘭西人であるアンリエットにその様な認知の歪みは存在しない。天皇も他の者と等しくその首を狙われる対象であると認識している。
特に仏蘭西においては、国王の処刑すらされたのである。しかもその国王の首を断頭台で刎ねたのは、アンリエットの祖先であった。国王処刑後の政治的混乱を考えると、日本に大革命をもたらすなら天皇を標的とするのはごく自然な発想なのだ。
「すみません。すぐに旅支度をして、行幸の一行を追いかけます。もしも天子様の首が獲られたら、それこそ取り返しのつかない事になります」
一刻も早く警告しなければならない。吉直はそう考え東京行幸の経路の確認のために御所に急いだ。




