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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第三章「新しき世」
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第十二話「初めての無礼」

 東海道を西へ西へと歩いて行き、吉直とアンリエットは今日に辿りついた。


 数多くの美しき浮世絵に描かれた風景を楽しむ暇もない、先へ先へと急ぐ旅である。


 現在日本において、新政府軍と旧幕府勢力が争いを続けている。だが、既に形勢は新政府軍に傾いており、早晩旧幕府勢力は制圧されてしまう事だろう。そうなれば、新政府により日本は統治される事になる。戦いによって流れた血は悲劇であるが、安定が訪れる事は確かである。


 だが、それを阻む陰謀が進行している事を吉直とアンリエットは知っている。新政府の勝利が確定するその瞬間に、新政府の要人を殺害する事で再び日本を不安定な状態にしようというのである。


 戦いを乗り越え、新たな秩序が築かれようとしたその瞬間にそれを突き崩す事が、最も効果的に混乱をもたらすのだ。


 それを企む世界革命団と、それを率いるタンプル塔の亡霊は今も何処かで着々と準備を整えているだろう。これまで吉直とアンリエットはその行方を求めて戦い続けて来たのだが、見つかるのは末端ばかりである。その本隊を捉える事は出来なかった。


 しかし、守りを固める事は可能である。


 守るべき新政府の重要人物の内、東京に改名した江戸にいる者は、勝海舟が生き残った幕臣を統制して備えている。吉直の義父である七代目山田朝右衛門もその任に就いており、守りは固い。


 東北諸藩との戦いを繰り広げている新政府軍の重要人物である西郷隆盛や大村益次郎は、以前襲撃された事もあり警戒しているし、歴戦の兵が警護しているのでこれも狙うのは困難である。


 では何処が狙われるか。


 答えは京である。


 京には朝廷の公家たちをはじめとする、新政府の主要な人物が大勢いる。しかも、西国は新政府側で安定しているために軍の主力は東北で戦っている。それに、京の新政府関係者は世界革命団の暗躍や断頭台に関する情報に疎い。西郷は京に報告したと言っていたのだが、あまり実感が無い様だ。当然である。先ずもって世界革命団などという闇の組織が暗躍しているなどと、そんな事自体が戯言にしか思えないだろう。十年前までは倒幕を志す事自体が戯言だったのだが、自他を客観的に見るのは難しいものだ。


 それに、断頭台による処刑が引き起こす、恐怖や憎悪の念は見た者にしか理解出来まい。


 だからこそ吉直とアンリエットは京に警告するために急いだのである。


 京に辿り着いた二人は、勝海舟の紹介状で御所に入った。そして、対応にあたった数人の公家に対し事情を説明した。


「と言う事です。今すぐ警備を固めて下さい」


 二人は必死で説明し、世界革命団の襲撃に備える様に言った。今日には新政府の要職者が分散している。吉直とアンリエットだけではとても守り切れるものではない。それぞれに注意を払ってもらわねばならないのだ。だが、反応は芳しくない無かった。


「何を言っているのだ。勝海舟の紹介というから聞いてやったのに、単なる妄想ではないのか? 何が断頭台じゃ」


「西郷が狙われたと言うが、単に幕府の負け犬どもに尻を噛まれたのを、大袈裟に言っているだけであろう。世界革命団? 馬鹿馬鹿しい」


 西郷や大村に貰った紹介状も含めて説明したのだが、理解を得られなかった。朝廷の狭い世界しか知らない公家たちに、この様な奇想天外な状況を説明しても想像を超えてしまうのだろう。それに、どうやら西郷や大村は公家に好かれていない様だ。低い身分から才覚を発揮してのし上がった彼らだが、公家からして見たらどこの馬の骨かといった感覚が抜けていないのだろう。せっかく朝廷に権力が戻ってきたはずなのに、公家を差し置いて実権を握る彼らは面白くない人物なのだ。


 その敵意は吉直とアンリエットにも向いた。いや、最初から向いていたと言っても良かろう。


「そもそもじゃ。無位無官のおのれらが神聖なる御所に入り込むとは一体どういうつもりじゃ。しかも片方は異人の女ではないか。何故勝海舟めはこんな下賤な輩を寄こしたのか」


「どうせ、幕府が滅びる事への当てつけであろう」


「そうではありません。断頭台の件には、我らの家が関わっているのです」


 吉直は自分達の血筋が、断頭台という処刑機械に強く関わっている事を説明し、自分達が来たことの必然性を説明した。だが、これは逆効果に終わる。


「なんと? お主、あの処刑人の山田浅右衛門の一族か? そしてそちらの女も、夷国の処刑人だとな? そんな穢れた者共などと話ができようか!」


 庶民にすら受け入れられない処刑人の身分である。自分達を至上の地位と信じている公家たちには到底受け入れられるものではなかったらしい。激昂した公家たちは、そのまま席を立とうとした。


 この様な扱いを受けるのは、二人にとって日常の事である。最早諦めている事だった。仏蘭西でも革命で人々が平等になったはずなのに、処刑人であるサンソン家への扱いは変わらなった。日本でも、徳川の世から変わったと言っても同じ事だろう。人の心がそうそう変わる訳が無い。そんな事はずっと理解していた。


 だが、この時ばかりは違っていた。


「待て! 我らの出自を聞いて席を立つと言う事は、これまでの話を理解して判断していないと言う事だな? もう一度詳しく説明するから、席に着け!」


「な、何を言う」


「いいから、席に着け。もっと細かくせつめいしてやるから、耳をかっぽじってようく聞け」


「あ、ああ……」


 吉直の物言いは無礼極まりない。相手はれっきとした官位を持つ公卿であり、吉直は無位無官である。アンリエットは仏蘭西の士官であり、仏蘭西皇帝ナポレオン三世に任命された者であるが、少尉に過ぎない。それに世界を知らぬ公家に仏蘭西陸軍の階級など理解できはしない。


 だが、吉直の気迫に負けて公家たちは全員が大人しく席に着いてしまった。


 吉直はこれまで、世間から蔑まれる処刑人の血筋であるために、なるべく波風を立てない様に柔らかな物腰を心掛けていた。戦いの場は別にして、ここまで激しい態度をとったのは生まれて初めてかもしれない。


 この後、吉直とアンリエットは仏蘭西の事情から、サンソン家の辿った数奇な運命、日本における数々の戦いを詳細に説明した。


 当初は何とかその場を離脱したいという態度が見え見えだった公家たちも次第に真剣に話を聞く様になり、途中で疑問点には質問を挟む様になる。


 そして、何度か休憩を挟みながら話を継続した結果、ついには警備の強化について納得させる事が出来たのだった。

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