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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第三章「新しき世」
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第五話「真実」

「彼は一体どうしたのだね? どこか具合が悪いなら診察してあげようか?」


「いや、あんたは知識は凄いかもしれないが、患者に接する医者としてはとんでもねえやぶだっていうじゃねえか。止めときな。怪我や病気じゃなくて、アンリエット少尉が女性だったのを今あんたに言われて初めてしって衝撃を受けてるだけさ」


 勝海舟に説明されて、大村益次郎はアンリエットの顔と突っ伏したままの吉直を何度も見返した。


「なるほど、確かに女性の兵士と言うのは聞いた事がありませんので、仕方ありませんな。特に士官という地位にある者です。それに、異国の女性の顔などあまり見た事が無いのでしょうな。その点、私はドイツ人であるシーボルト先生の娘さんと知り合いなので見慣れていますし、勝殿もアメリカに渡った事があるので異国の女性の見分けがつくというわけか」


「んな訳無いだろう。こいつの目が節穴だっただけだって。慶喜様だってすぐに女性だと気付いて、二人と初めて会った時、マドモアゼルって呼びかけてたぜ」


「それなら何でその時に吉直殿は女性だと気付かなかったのだ? マドモアゼルと呼びかけられたのなら女性に決まっているだろうに」


「つったってよ。フランス語なんて分んねえよ。普通」


 そう。吉直はアンリエットが女性である事に気付いていなかったが、他の者は大抵気付いていた。ただ、仏蘭西人という属性自体が珍しいので、周囲の態度から察する事が吉直には出来なかったのだ。


 徳川慶喜も勝海舟も即気付いたし、横浜や渋谷で行動を共にした浜田文吾は事前に情報を与えられていた。それに当然吉直の義母も同じ女性と言う事もあり気付いていた。だからこそ、アンリエットが吉直を訪ねて来た時に綺麗な人が来たなどと言ったのである。


 確かにアンリエットは整った顔立ちであったが、異人はこんなものなのだろうと吉直は勝手に自己解決してしまったのである。


「それにしても彼は大丈夫かね? こんな事で衝撃を受けている様では、これからの戦いに耐えられないのではないか?」


「あ~、それなんだけど。確か寛永寺で慶喜様の護衛についていた時、同じ部屋で寝泊まりしてたんだよ。だから余計心に来るものがあるんだろうな」


 寛永寺に宿泊していた時、敷地内に臨時で作られた小屋に寝泊まりしていた。


 二人きりである。


 他の護衛の者達はもっとすし詰め状態なのだが、処刑人の生まれであり、穢れが移ると忌避された彼らは一種の隔離状態であったのだ。おかげで広く部屋を使える事になっていたのだが、まさか男女で一月以上寝食を共にしていたとは、吉直の想像を超える事態である。


 仕切りを作ってお互いに見えない様にしていたので特に何も見たりしていない。しかし、だからこそ今の今まで気付かなかったのである。


「吉利殿、何か声をかけてやってください。このままでは話が進みません。ん?」


「いかんな。朝右衛門殿も気づいていなかった様だ」


「剣を振う事以外はどうしようもないな。この親子は」


 吉直だけでなく、その義父の吉利もまたアンリエットの性別に気付いていなかった。彼としたら息子に中の良い友人が出来たくらいにしか思っていなかったのである。とはいえ、寝食を共にしたにも関わらず全く気付いていなかった吉直と違い、義父の方は数度顔を合わせただけである。それなら仕方ないとの自己弁護で何とか正気を取り戻した様だ。


「あ、ああ大丈夫、大丈夫ですとも。ええ。人の性別など大した問題ではありません。女性が兵士をやっていても、処刑人の家系に生まれてその技術を継承していても、何の問題もありません。そうでしょう?」


「え? おいらたちに話を振る?」


「その通りです。何の問題もありません。女性が医者を務めたとて、何の問題もありません。能力に問題が無いのなら、人はそれぞれの意思や適性に応じた職に就くべきです。そこに性別は関係ありません。それに、男女が同じ屋根の下で過ごしたからといって何だというのです。私は医者を志す女性を書生として家に迎え、共に生活していた事がありますが何の問題もありません。やましい所がないのなら、堂々としていれば良いのです」


 大村に叱咤とも激励とも慰めともつかない言葉をかけられ、吉直は何とか気持ちを切り替えて体を起こした。確かに大村の言うことは正論であり、吉直にやましい所は欠片も無い。これまでアンリエットに協力してきたのは、女性だからとかの理由ではなく、同じ処刑人の家系に生まれた者同士の共感であったり、悲劇を日本に広げないための義侠心であった。


 アンリエットの性別が女性だったとして、何の変わりも無いのである。


 ただ、勝海舟が「もう少し引っ張った方がばらした時に面白かったのになあ」などと小声で言っていたり、義父が「ううむ。待てよ? ならば我が家に嫁として……」などと言っているのは実に耳障りであるが、意図的に無視することにした。


「もうそろそろ本題に入っては?」


「ああそうですね」


 アンリエットがいつもと同じ口調で大村に要件を促した。


 アンリエットは吉直と隣り合って座っているので、その表情をはっきりと見る事は出来ない。もっとも、例え真正面に座っていたとしても、真っすぐに見る事が出来ただろうか。


 そんな雑念に囚われた吉直を他所に、大村と海舟が状況を説明し始めた。




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