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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第三章「新しき世」
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第四話「夜が暗いのは当たり前です」

 徳川慶喜が江戸を去ってから少し経ってからの事である。各地で断頭台の行方を追うため探索を続けていた吉直とアンリエットは、江戸にもどって吉直の実家に宿泊していた。アンリエットが山田家に寝泊まりしているのは、これまで江戸における宿泊場所であった寛永寺は、慶喜がいなくなってしまったため入り込めなくなっているからだ。


 異人が宿泊できるような宿は無く、他に伝手も無いため山田家に泊まるより他無かったのである。それに、翌朝にはまた行動を共にするのだ。これが一番合理的であった。


 そして、次の日の行動について打ち合わせを終え、就寝しようとした時に、来客が訪れた事を吉直の義弟が伝えにきた。こんな夜に一体誰であろうと思った吉直であったが、義弟の言うところによると訪れたのは二人連れで、片方は勝海舟であるとの事だ。下級武士の生まれながらその才覚と時流に乗って出世を果たし、軍艦奉行や陸軍総裁等の重職を歴任した男である。そして、それは単に重職を務めたというだけではない。海を隔てた亜米利加への渡航や、江戸城の無血開城の交渉など様々な成果を残している。


 また、断頭台の件についても把握しており、これまで吉直とアンリエットに対して多くの便宜を図ってくれていた。慶喜のおかげもあったが、海舟がいなければもっと活動はし難かっただろう。


 もう一人の男は、特に名乗りもしなかったので、何者なのかは分からないと言う事であった。少なくとも海舟のお付きでは無さそうであるというのが義弟の判断である。


 既に応接の間に通したので、吉直とアンリエットはすぐに向かうことにした。


 部屋に到着すると、義父である山田朝右衛門吉利が対応中であった。来訪者の目的は吉直とアンリエットであるが、この家の主は義父である。また、海舟と義父は以前からの知り合いであるらしい。養母は後妻なのだが、その紹介をしたのは海舟なのである。


「ああ、来たか。お前達に用事があるらしい。聞いておきなさい」


「はい、義父上。こんな暗い夜道を、よくいらっしゃいました」


「夜が暗いのは当たり前です。夜に尋ねて来る以上そんな事は折り込みずみです」


「は? はあ、それもそうですね」


 まずは挨拶した吉直であったが、海舟の隣に座る男からにべもない反応をされてしまい、応えに窮してしまった。この男、頭が大きければ額も広く、耳も大きかった。異相であり、一度見たら忘れられない顔立ちである。


 どこかで見た様な気がする。


「おいおい、その言い草は無いだろう。単なる挨拶の枕みたいなもんだよ」


「私は当然の事を言ったまでです。それに私は忙しいのです。余計な挨拶など不要です」


 海舟が額の広い男の言い方を注意するが、男はまったく意に介す様子は見られなかった。海舟はすでに滅びようとしている幕府方の人物ではあるが、その名は日本中に轟く大人物である。その海舟の言葉をこうまで退けるとは、余程の地位にある人物なのか、それともその様な性格なのであろうか。


 どうも後者の様に思える。


 そして、そんなやりとりと男の容貌を見ていると、記憶の中からこの男の姿が蘇って来た。


「あ、もしかして村田蔵六さんですか? 蘭方医の」


「いかにも。もしかして刑場であったかな?」


「はい、義父の手伝いをしている時に、蘭方医の人たちが死体の解剖を申し出ているというので、案内させてもらいました。その時に村田さんをお見掛けしました」


「そうだね。君の父上には医学の研究のため、何度も協力してもらっていたよ。おかげで何人もの医者を育てる事が出来た。ありがたい事だ」


「うへえ。感謝って概念があったのか」


 吉直と義父吉利の方に頭を下げた村田蔵六を見て、海舟が驚愕している。どうやら先程の態度は処刑人の家系たる山田家の者達に、愛想を良くする必要はないとかの理由ではなく、誰に対してもである様だ。


「一つ言っておくが、私は改名して今は大村益次郎を名乗っている。新政府に仕え、参謀――軍師の様な事をやっている」


「大村さんがいなかったら、多分鳥羽伏見の戦いで幕府は負けていなかっただろうな。多分、今日本で一番軍略に優れた人物だろうさ」


「勝さん、あなたは今軍略と言いましたが、それは戦略――ストラテギーの事ですか? それとも戦術――タクチーキの事ですか? 曖昧な言葉で私を評価しないで頂きたい」


 海舟は大村とは敵対していた立場であるのに、実に高く評価している様だ。ここが海舟が大人物とされる所以であろう。幕臣でありながら倒幕勢力とも親しい者が多く、もしも新政府に寝返っていたら今頃高位高官になっていただろうに。だが、大村は自分の評され方が不服であったようで、吉直には理解の出来ない言葉で難詰している。


「一応おいらは西洋の兵書も読んでるから何となくは分かるんだけどね。でもあんたと兵学で論争する気はないぜ。絶対負けるから」


「では、そちらのお嬢さんは分かるでしょう。聞いたところによるとフランス陸軍の士官だそうですから。クラウゼヴィッツやジョミニの著作は習っているはず」


「お嬢さん? 一体誰の事を?」


「いや、そこにいるでしょうに」


 大村の示す方向には、アンリエットの姿があった。吉直は大村が言っている事の意味を一瞬理解出来ず、しばし沈黙していた。そして唐突に畳に頭から突っ伏した。


「変わった奴だな」


「あんたがそれを言うか?」


 そんな大村と海舟のやり取りが、遠くの方から聞こえて来る様な気がした。

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