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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第三章「新しき世」
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第三話「慶喜との別れ」

 慶応四年四月十日の事である。


 吉直とアンリエットは上野寛永寺に揃って来ていた。寛永寺に謹慎中の徳川慶喜に呼び出されての出頭であった。


 少し前に怪我が治った二人が、吉直の実家で稽古していた時も同じ様にして呼び出されていた。要件は、断頭台の行方とそれを隠し持つ世界革命団についてである。


 先日、使者としてやって来た勝海舟の呼び出しにより参上した時は、江戸近郊の各地で世界革命団の手によると思われる事件が頻発しているので、それを探るようにとの頼みであった。元より頼まれなくとも断頭台の行方を追うつもりであった二人は、二つ返事でその要請を聞き入れた。今ではその地位を退いているが、慶喜はついこの前まで日本の最高権力者であった。その伝手を頼れた方が、断頭台の行方を追うのには便利である。


 その日以来二十日ほど経過したが、その間に五度、世界革命団と二人は交戦していた。


 そのいずれにおいても二人は危なげなく勝利を収めた。相手は各地に分散していたためか、十人程度の少数で行動していた。この程度なら吉直とアンリエットの剣にかかれば敵ではない。


 だが、分散していると言う事は、二人だけでは対処しきれないという事でもある。関東の各地から、旧幕府勢力の高官や、逆に江戸まで進軍してきた新政府の有力者の首が晒されるという事件が聞こえて来る。


 そして、中には直接処刑が公開されていたのを目撃したという者もおり、その者の言によると処刑された者は先ず木製の台に縛り付けられ、首を動けなくされていた。その後、上から巨大な刃物が落下してきて、首を刎ねられていたのだという。


 まさに仏蘭西は巴里のサンソン家から盗み出された断頭台である。二人が各地で世界革命団の末端を相手強いる間にも、本隊は目的を果たさんと処刑を繰り返していたのである。


 事は世界革命団の目論見通りにいった。処刑された者達の評価は様々である。


 幕府方にも、これまで権力を笠に着て好き勝手やっていた者もいれば、領民や部下に慕われていた者もいる。


 新政府方にも、新しき世を目指して理想を掲げて行動する者もいれば、それを建前として民から富を搾り取る事しか考えていない者もいる。


 結果は各地における混乱である。処刑したのはそれぞれの勢力だと決めつけ、ある者達は慕っていた恩人のための復讐として、ある者達は押さえつけて来た悪人から開放されたとして、無軌道に戦いを開始している。


 江戸城の無血開城の約束は成立しているので、これ以上幕府方も新政府方もとりたてて争う必要は無い。だが、各地で争い合う者達には統制が殆ど効かず、今日もどこかで戦いが繰り広げられている。


 まるで、断頭台によって流された血の匂いに誘われて、人々が自ら地獄に向かっているかのようだ。


「結局、私の首など必要なかったと言う事か。時代は変わったな」


「それを言うなら、俺の首すら要らないって事ですよ。新しい世の中になった証拠なんでしょうがね。こんな事で証明されても嬉しくとも何ともないですよ」


 慶喜が感慨深げに言い、それを捕捉する様に勝海舟が述べた。当初吉直達は、世界革命団の狙いが慶喜の首であると睨んでいた。何故なら目的が徹底的な革命を日本にもたらす事であり、それならば幕府方の最高位にある慶喜を処刑するのが一番であるはずだ。もしも慶喜の首を刎ねたなら、幕府に所属していた者達は憤激して大規模な蜂起が起きただろう。


 また、今の幕府を切り盛りする勝海舟を処刑した場合、幕府側は組織的な行動をとる事が出来なくなり、暴発する者も増えただろう。同様の理由で新政府側を牽引する薩摩の西郷隆盛も狙われていた。


 二人の様に最高位、またはそれに準ずる地位にある者の首にこそ価値があり、その影響力は他には代えられない者があったはずなのだ。


 だが、今の状況はどうであろう。確かに処刑されたのはそれぞれの勢力の高官であったが、慶喜や海舟、それに西郷と比べたら格は幾段も落ちるのはいなめない。それでもその死によって人々は争いをはじめている。中には、武士ではなく民衆も混じっているのだ。これは、断頭台によって流された血の影響によるものである。


 英雄豪傑の血が流されなくとも、世界は動き出したのだ。これは、世界を動かす事が、ほんの一握りの人間達から民衆の手に届くところまで降りて来たことを示しているのかもしれない。これはこれで結構な事だ。だが、血がより多く流れるのを見過ごすわけにはいかないのだ。


「突然だが私の謹慎先は、この寛永寺から水戸に移る事になった。これまで世話になったな。刺客に狙われた時はおかげで命拾いしたし、ギロチンの探索では色々と頼らせてもらったな」


「そういう事でしたか、こちらこそお世話になりました。慶喜様のお力添えが無ければ、もっと探索は困難を極めたでしょう」


 吉直もアンリエットも忌み嫌われる処刑人の一族と言う事もあり、探索において聞き込みをしたり、各地の役人や商人に話をつけるのは本来難しかった。それが何とかなったのは、慶喜からの紹介状を携えていたからである。


「一つ聞かせて貰っていいですか? 何故慶喜様は処刑人の末裔である私達と普通に接してくれるのでしょうか」


 別れ際に、アンリエットは慶喜に尋ねた。これは吉直も前から気になっていた事だ。海舟も優しく接してくれているのは同じなのだが、それは本人がそういうざっくばらんな性格であるためなのは想像に難くない。元々蘭学を学んでいたから、異人のアンリエットに対しても偏見は無かった。


 だが、元はといえば下級武士であった海舟と違い、慶喜は将軍や大名に連なる血筋である。その慶喜が、穢れた処刑人と対等に接するのは不思議な話である。


 もしかしたら慶喜が将軍として権力の座に居続けてくれたり、新政府に高官として迎い入れられたりしたのなら、処刑人の血筋だからといって差別されない世を作ってくれたのではないだろうか。そういう期待を抱いたりもする。


「ああ、なんだそういう事か。教えてやっても良いが、多分君らの思っている事とは違うから、がっかりさせてしまうだろうな」


 慶喜は素直に教えてくれるようである。


「君達を差別しない理由はな、それは私が比類なき貴人として生まれ育ったからだ」


「貴人……」


「そう、貴人だ。つまり、私ほどの高貴な生まれになると、他人などその殆ど全てが格下であり、旗本であろうが豪商であろうが、そして処刑人であろうがどんぐりの背比べさ。私から見れば平等に格下なのだよ。どうだ? 理解出来たかな?」


「は、はい」


 予想外の答えが返って来て、吉直もアンリエットも唖然としている。慶喜は悪びれた様子はなく、海舟は少し気まずい表情を浮かべている。


「だから、私に新しい平等な世を作るとか、そういう理想を叶えてもらおうとかは期待しないでくれ。まあ私がまだ将軍位にあって、朝廷との勢力争いに勝っていたら将軍である私を頂点とし、それ以外は全て平等な世を作ったかもしれないが、それは西洋に追いつくための方策に過ぎないだろうな。不平等が間違っているからとか、そういう理由ではないはずだ。つまり……」


 ここまで飄々とした様子で答えていた慶喜の顔が、一気に引き締まったものになる。


「君達の作りたい世界は、自分達の手で作るがいい。誰かが作るのを漫然と待っていても、理想の世界は訪れないぞ」


「慶喜様、もうそろそろ支度がありますので」


 海舟に促された慶喜は、改めて別れの挨拶を言うと、その場を立ち去っていった。


 その場に残された吉直とアンリエットは、慶喜の残した言葉を心の中で何度も反芻していた。

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