第二十話「断頭台の回収」
吉直達に向かって切りかかった世界革命団の一人が、一撃の下に切り伏せられた。この男は異国風の長剣を手にして突きかかって来たのだが、間合いに入った瞬間吉直が三尺の長刀で横殴りにして防いだのである。
肩を並べて戦うアンリエットの得物も四尺の大剣であり、二人の持つ武器は常人では扱うのが難しい重量と長大さを持っている。そのため、間合いは常に彼らの方が有利である。
しかも二人は敵との間合いを正確に把握し、刃の届く距離になった瞬間に躊躇いなく攻撃を仕掛ける。戦いとは試合でも実戦でも精神が高揚したり逆に委縮したりして、冷静に間合いなどを判断するのは難しい。だが、二人は処刑人の一族に生まれ、多くの処刑の場に立ち会ってきたために常人とは死生観が違う。そのため、命の取り合いであっても冷静に立ち回れるのだ。実のところ純粋な剣の技術としては未熟なのであるが、精神面としては達人の境地に近いものがある。
今吉直達が戦っているのは屋内であり、本来長い武器を取り回すには不利な部分がある。そのため手にした武器の重量を最大限に活用した振り下ろす戦い方は今は出来ない。だが、狭い空間で長い武器を横薙ぎにする戦いは、多数で取り囲む敵を寄せ付けない効果があった。
もっとも、いつまでもこんな戦い方を続けられるものではない。少しでも戦いの均衡が崩れたら、その瞬間に一気に制圧されてしまうだろう。
「西郷どんよう。なんで助けが来ねえんだ? 藩邸には薩摩藩士が大勢詰めていたんだろ?」
「実はおいもさっきからそれをまっちょた。これだけ騒ぎなっとんに来ないのは確かにおかしか」
吉直達を包囲する世界革命団は三十を超える。これを戦える三人だけで防ぎきるのは、いかに実力者揃いとはいえ難しいものだ。だが、薩摩藩士が助けにくれば話は別である。
薩摩隼人の剽悍さは世に知られるところである。特に示現流という薩摩藩を中心に広まる剣術の凄まじさは維新において猛威を振るい。敵対する者達を次々と葬り去っていったと吉直は聞いている。また、その強さは日本に住む異人にも知られており、薩摩藩士には注意する様に横浜居留地の軍隊でも訓示がされていた。
その彼らが助けに来れば、形勢は一気に逆転するだろう。
彼らが将と仰ぐ西郷隆盛がいる部屋の方から物々しい叫び声や剣戟の響きが聞こえて来るのに、誰も駆けつけて来ないのは妙である。
「言っておくが、助けなどこない。会談の少し前に昼食に薬を入れさせてもらった。本来ならお前達もそれで眠っていたはずなのだが、どうやら食わなかったようだな」
ならば助けなど来ないという事である。タンプル塔の亡霊の言葉に、吉直達は目の前が暗くなる思いである。十倍以上の敵を倒さねば、この危地を脱する事は出来ないのだ。いつかは薬で眠った薩摩藩士達も目覚めるだろうが、それが一体いつの事になるやら分かったものではない。
「あ~あ、そんなら無理してでも飯を食っとくんだったぜ。おいら繊細だから、敵地で出された飯がおっかなくって食えなかったんだ。まさか本当に薬が入ってたなんて思わなかったけどな」
「面目なか。そんな好き勝手さえさせなければこんな事には……チェスト!」
緊迫した空気に関わらず、海舟が軽口をたたく。そして律儀にも西郷が謝罪をした瞬間、西郷が気合とともに大きく足を踏み込んだ。西郷の巨体による重量が畳のふちにかかり、それによって畳がめくれ上がる。そしてそれを海舟が蹴りつけた。
「今だ! 行け!」
西郷によってめくり上げられ、海舟によって蹴り飛ばされた一畳の畳は、飛んで行った先で世界革命団の団員を数名巻き込んで薙ぎ倒した。
これによって世界革命団の首領であるタンプル塔の亡霊の前ががら空きになる。
「行くぞ!」
「はい!」
吉直とアンリエットは西郷と海舟の意図を察した。この状況で勝利するには、相手の首領を倒すより他に無い。そのための隙を西郷と海舟が作ったのだ。
猛然と突撃する二人を、意図に気付いた世界革命団の団員たちが気付いて体を張って止めようとする。
だが遅い。
張りつめられた弓から放たれた矢の様に、二人はタンプル塔の亡霊に向けて突き進んだ。間に割って入るには、もう遅いのだ。
そう、間に誰かが割って入るには遅い。だが、他の誰かではなく当事者なら話は別である。
「ぐぅ……」
「まさかこんな……」
吉直とアンリエットが振るったそれぞれの武器は、タンプル塔の亡霊を確実に切断できるはずであった。タンプル塔の亡霊ば武器を構えておらず、受け止める事は不可能である。また、後退しようとしても一陣の風の様に迫る二人から逃げるの無駄に終わっただろう。
だが、刃が体に届こうとしたその刹那、タンプル塔の亡霊は自ら前に進み出た。そうして次の瞬間、吉直とアンリエットの喉笛を手刀で突いたのであった。
「長い武器は確かに有利だが、その間合いに入ってしまえばかえって使いにくいものだ。そしてそうなったらこういう結果になる」
タンプル塔の亡霊は崩れ落ちた二人を傲然と眺め、感情の籠らない声で言った。彼の言っている事は理屈では正しいが、実践するのには非常に困難を生じる。
命を刈り取る刃がその身に迫っている時に、自分から進んで踏み込める者などそうはいない。例え踏み込んだとしても、覚悟が足らず中途半端に終わった場合、かえってその身を差し出すだけで終わるしかない。
それをこともなげに実践してみせたこの男、恐るべき胆力の持ち主である。
「まだやるかな? 大人しくするならば、この二人の命は助けると約束しようではないか。無駄な殺人は好かんのでな」
「ちっ、しゃあねえか」
「うむ、もう潔くするしか……」
「その必要は無い!」
海舟と西郷が互いに顔を見合わせ、降伏を申し出ようとした時に声が飛び込んで来た。その声には、西郷も海舟も聞き覚えがある。
「その顔、仲間から聞いているぞ。お前が……」
「そう、徳川慶喜だ。貴様がタンプル塔の亡霊とやらだな?」
駆けつけて来たのは、元徳川十五代将軍の慶喜であった。その後ろには、高橋泥舟をはじめ多くの配下が付き従っている。
「慶喜様、何をしているんですか。ちゃんと守られてないと駄目でしょう!」
「海舟、何を言っている? こうして守られているではないか。なあ? あ奴らが襲ってきたら、命に代えても守ってくれるのだろうな?」
「守りはしますが、こんな事はこれっきりにして下さい!」
主君の予想外の出現に、流石の海舟も驚きを隠せない様子だ。慶喜の護衛を務める泥舟は渋い顔をしている。恐らく慶喜が相当無理を言ってここまで連れて来たのだろう。
「さあ、私の首が欲しかったのだろう? 獲りに来たらどうだね?」
「ふん、貴様の首が必要だったのは、もっと昔の話だ。戦いから逃げ帰り、家臣達からの忠誠を失ったお前はかつて程の影響力は無い。ギロチンにかけるなら、こいつらの方が優先順位が上だ。刺客を差し向けたのはついでと陽動作戦だ」
「そうか、それはありがたいと言うべきか、残念と言うべきか、まあそんな剣呑な物で首を切られたくないのは確かだけどね」
慶喜は中庭に据え付けれられた断頭台を指さして言った。そうしている間にも護衛の侍は次々に到着し、勢力を増やし続けている。
「残念ながらこの場は退くとしよう。どうやら勝ち目は無い様だ」
「退く? まさか見逃してもらえるとでも?」
「そこまで甘く考えてはいない。ビクトル、防げ」
「承知、ご無事で!」
タンプル塔の亡霊が合図すると、ビクトルと呼ばれた男が十人ばかり従えてその前に横隊を作った。仲間を逃すための盾となるようである。
「いかん、突き崩せ!」
「させるか!」
慶喜の命令で幕臣たちが追撃しようと突撃を開始した。だが、残ったビクトル達はその前に立ち塞がって通さない。命を捨てる覚悟をしているらしく、彼らの横隊は鉄壁と化した。
結局、ビクトル達を排除し終えたのは、少し経ってからだった。その間にタンプル塔の亡霊達は逃げおおせてしまっている。
そしてその間、負傷して動けない吉直とアンリエットは倒れたまま戦いを眺めているより他に無かったのである。
戦いが終わり、薩摩藩邸に設置されていた断頭台は回収され破壊された。そして江戸城無血開城の約定は滞りなく結ばれた。これにより、江戸で幕府軍と新政府軍の全面衝突は無くなったのである。
だが、世界革命団の行方は杳として知れないのであった。




