第十九話「惑い」
首領であるタンプル塔の亡霊の合図で、世界革命団の者達が武器を構える。彼らの半数は日本人だが、残りは異人である。各々に刀剣を構え、吉直達に迫った。数は三十を超えている。以前吉直とアンリエットが戦った時はもっと少なかった。吉直もアンリエットも剣技は兎も角、その戦闘力は並ではない。だが、これ程までに相手が多いと厳しいものがある。しかも、今回は四方から包囲されている。態勢上も苦しい。
守らねばならない対象である勝海舟は剣の達人であるが、会談に臨んでいたため今は脇差しか携えていない。そしてもう一人の護衛対象の西郷隆盛は、体格には優れているが古傷のため刀を振るう事は出来ない。
「さて、これだけの多くを相手に、守り切れるかな? 我々の目的は勝海舟と西郷隆盛だけだ。大人しく引き渡せば見逃してやらぬでもない。それに、お前達が望むなら、仲間にしてやろう」
「馬鹿にするな。その様な世迷い事を聞く俺達だと思っているのか? わが父山田朝右衛門の名に賭けて、この場で貴様らを討つ!」
「勘違いしている様だが、我々の目的は戦いを広める事ではない。真の革命を世界に起こす事だ」
「真の革命? 一体どういう事だ?」
かつて仏蘭西で起こったという革命は、様々な勢力が入り乱れ、政権が入れ替わり、そのたびに多くの血が流れたという。それを吉直は防ごうと思い、断頭台とそれを盗んだ世界革命団を追っていたのだが、何が違うというのだろう。
「フランスでは、王党派やらジロンド派やら、色んな派閥が好き勝手に暴れまわり、その時に政権をとった連中が自分達の考えで敵対者をギロチン送りにしてしまった。おかげで内戦や外国との戦争が無軌道に起こり、多くの血が流れた。しかも、革命で王を排除したのにも関わらず市民は皇帝などを求めてしまった。戦いが続いたせいで、戦争に長けた男が君臨する事を望んでしまったのだな。それが、更なる戦乱を呼ぶとも知らずに」
「それがどうしたってんだ。ナポレオンみたいな奴が、日本にも出て来るってのか?」
「流石は勝海舟、アメリカまで海を渡って行っただけの事はあるな。欧米の歴史をよく勉強している」
勝海舟の啖呵に、タンプル塔の亡霊が感心した口調で答えた。
「まあナポレオンはものの例えだが、誰か絶対的な実力者が現れえて権力を掌握し、その者が生殺与奪の権を握るというのは問題だと言っているのだよ。ロベスピエールの恐怖政治もそうだったな。敵対者を権力の元に始末しようとするから、その揺り戻しで争いが長引くのだ。これが起きぬようにするには、どうすれば良いと思う?」
そこで少し言葉を止め、誰も答えないのを確認したタンプル塔の亡霊は口を開いた。
「権力者が恣意的に自分の敵を始末する事で争いが拡大するならば、最初から権力者を始末しておけば良いのだよ。全ての勢力に対してな」
「馬鹿な。それでは出発点から犠牲が出るではないか!」
「その通りだ。だが、犠牲が増えるよりはましなのだよ。我が同士たちは、そうして犠牲になった者の生き残りだ。こういう者はどの国にもいる。そうでなければ、我々がこの国に来てこんなに早く仲間を得られまい。まさか、金で雇った悪党とでも思っていたのか?」
タンプル塔の亡霊の言葉を吉直は否定できなかった。かつて捕縛した世界革命団の手下たちは、殺さずにおいたにもかかわらず舌を噛んで自害してしまった。その様な事をするには強い意思が必要だ。世界革命団の理念に心から共感して仲間になったのだろう。そして、そうするだけの何かが彼らの身に起きていたのだ。
「ところでお前は山田朝右衛門の子と言う事だが、たしかその名は日本の処刑人の一族の家長が名乗るのだったな。言っておくが、この先いくら世の中が変わったとしても、処刑人としてのお前達の身分や扱いは変わらんよ。その時々の権力者が好きに利用するだけだ。このまま新政府側が勝利したとして、それまで邪魔だった幕府の高官を処刑する日が続くだろうよ。あとは新政府の政策に反対した市民の処刑にな。そちらのサンソン家の者は予想がついているんじゃないか?」
タンプル塔の亡霊の言葉が、吉直の心に忍び込んで来た。まさに吉直が最近懸念していた事なのだ。
徳川の世が終わり、新たな社会が訪れる事で処刑人の血を引く者としての生き方も変わるのではないかと淡い期待を最近までは持っていた。だが、日本よりも前に社会が変革した仏蘭西においては、同じく処刑人の一族であるサンソン家の扱いは何も変わらなかったのだ。ならば、日本においてもそうなのではないだろうか。
「我々に協力すればそうはならない。ギロチンの操作などやらせたりはしないし、刀での処刑も命じたりはしない。それに、絶対的な権力者を生まないようにするのだ。ならば権力者から処刑を命じられる事は無くなり、他者と平等になれるのだよ。なんなら、そちらのサンソン家の者も仲間になると良いだろう。君たちは誤解している様だが、ギロチンを我々が奪い取る事で、処刑人としての宿命を拭い去ってあげたのだよ」
「……」
「馬鹿馬鹿しか! 二才を惑わすのもいい加減にせい! そんな世の中には、おいがさせん!」
「おうよ、最初から相手を処刑するに違いないとか、疑心暗鬼になってどうするんだよ」
黙り込んだ吉直とアンリエットの代わりに、西郷と海舟がタンプル塔の亡霊に向かって一喝した。その凄まじい気迫の中には吉直とアンリエットを気遣う優しさが紛れており、それが二人を勇気づけた。
「お前達がそれを本気で言っているのは理解出来る。そんな志を持った者でなくては人を動かし世界を変える事は出来ないからな。だが、お前達にその気は無くとも集まった者達がそうするだろう。敵対者を滅ぼし、自分達の勢力を、そしてお前達を守るためにな。だからこそお前達を標的にしたのだよ」
「そうかいそうかい。それは高く評価してくれてありがとうよ。お二人さん。戦えるな?」
海舟に促され、吉直とアンリエットは愛用の刀剣を構えた。もう迷いは消えていた。




