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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
「標的は勝海舟」
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第十四話「世界革命団の刺客」

 アンリエットに来客があるという通報をうけ、吉直達は小屋の外に出た。すると、こちらに向かって数人の男達が近づいてくるのが見えた。


 アンリエットの様に仏蘭西軍の軍服は着用していないが、身に纏うのは吉直が横浜居留地で見た異国風の衣服である。それに、帽子の中から覗かせるその髪の色は亜麻色であり、異人である事は一目瞭然であった。彼らは、寛永寺警護のために務めている武士の一人に誘われ、こちらの方に向かっていた。


「泥舟さん、何故ここに通しているんですか!」


「何故って、アンリエット殿の友人だと言っていたので……」


 吉直から、何時になく強い口調で詰問され、高橋泥舟は口ごもった。彼とて、慶喜を護衛するためには不用意に外の人間を入れる事の危険さは承知している。特に、今は断頭台による処刑の標的として、慶喜が狙われている時期である。しかも、それは慶喜の首が刎ねられて済むものではない。もしもそうなったら、日本を二分する内戦が勃発するだろう。それが収まるまでどれだけの血が流れるか、誰にも想像はつかないのだ。


 だが、だからこそこの時期に仏蘭西の機嫌を損ねたくないという判断が、泥舟にはあった。今、勝海舟は西郷隆盛との会談の真っ最中で、これがまとまれば江戸城の無血開城は成る。勝海舟を信用しないわけではないのだが、交渉には人間性や論理性だけでなく、その背景に実力が必要であるのが現実だ。薩摩や長州が英吉利と関係が深いのと同様、幕府は仏蘭西との関係が深い。幕府軍の精鋭部隊は仏蘭西式の軍事教練を受けている。そして、江戸近郊の横浜居留地には、居留民保護のための仏蘭西軍が駐留している。これが味方になってくれれば実に心強い。もっとも、居留地には仏蘭西軍より多数の英吉利軍も駐留しているので、仏蘭西軍の介入を頼りにするのは危険である。だが、英吉利軍を牽制してくれたり、存在感を発揮してくれるだけでもありがたいのである。


 だからこそ、強引に寛永寺に入って来ようとする仏蘭西人達を、強硬に押し止める訳にはいかなかったのだ。


 だが、吉直はその判断が間違いである事を即座に判断した。そして危機が迫っているのを察した。そうでなければ、普段柔らかい口調と態度を心掛けている吉直が、強い口調になる事などありえない。処刑人の一族として蔑まれているからこそ、なるべく敵を作ったり反感を買ったりしない様に注意しているのだ。


「近づけないで! 居留地に、私の友人などいない!」


 アンリエットが叫び、泥舟の顔色が変わった。この状況が示しているのは、今近づいてくる仏蘭西人達は、明らかに不審である。しかも、これまで明らかになった事件からすると、慶喜の首を狙っている世界革命団の一員である。


 吉直先ほどまで慶喜と小屋の中で話していたため、大刀は外している。小屋に取りに行く暇が惜しいので、脇差を素早く抜き放った。アンリエットも愛用の大剣を背負ってはいない。短剣を抜き放つが、これは半分儀礼用の品だ。実戦には向いていない。


 二人はこれまで数倍の敵を切り伏せてきた実力者だが、純粋な剣術の腕前はさほどではない。二人の得意技は洋の東西こそ違えど、罪人の首を確実に苦痛なく切り飛ばす処刑人の太刀筋だ。そのため普通の剣士が使用しない様な重量のある剛剣を愛用している。更には、処刑人として培った精神力は、実戦においても役に立つのである。


 だが、脇差や短剣では二人の技術を十二分に発揮する事は出来ない。自らの命の危機にも、相手の命を奪うかもしれないためらいも、それをねじ伏せる精神力は健在である。だが、それは刺客としてやって来た男達も似た様なものだろう。全員が生きて帰れるなど、思ってはおるまい。


 ならば、精神力は五分と五分だ。愛用の武器を使えない今、どれだけ力を発揮できるだろうか。


「あれは将軍⁉」


「これは好都合、探す手間が省けたぞ。生け捕りにしろ! それが無理なら、この場で殺せ!」


「いざ! 革命を世界に広めるために!」


「いけません、慶喜様に気付かれました」


 アンリエットの友人だと偽って入って来た男達が、慶喜の存在に気付き、その身柄を狙ってきたことをアンリエットが警告した。最初は仏蘭西語を理解せず反応が遅れた吉直や文吾はも、この警告で完全な臨戦態勢をとる。


 慶喜を狙っているこの者達は、やはり世界革命団の一員なのだろう。案内していた武士は自分が騙されていた事に気付き刀を抜こうとしたが、もう遅い。頭部に拳を受けてその場に昏倒して倒れた。


 仏蘭西人の男達の手には、懐から取り出した奇妙な武器が握られていた。袋のような形状をしているが、中に何か重い物が詰まっているらしく、それを受けたために警護の武士は昏倒したのだろう。地味な見た目にもかかわらず、威力は十分な様だ。ヤクザ者がこの様な武器を喧嘩でしようすると吉直は聞いた事がある。風呂敷などの布で砂や銭を包む事で凶器とするのである。証拠も残りにくいし、ありあわせの物で作成できるため、こっそり持ち込むことも容易い。どうやら、この様な暴力の手段は世界各地で似た様な手口が開発される様だ。


 何にせよ、この剣呑な武器を持った男達から慶喜を守らねばならない。得意の武器が使用できないし、虚を突かれた形になっていて不利であるが、それでも日本を大戦火から守るためには立ち向かわねばならないのだ。


「慶喜様を守れ!」


 誰かがそんな事を言った。言われるまでも無い内容であるが、一つだけ重大な点があった。


 それを言ったのは、当の慶喜本人だったのだ。


 慶喜だと思って狙っていた男が、「慶喜を守れ」と口にした。この事により刺客達の表情に戸惑いが見られ、動きが鈍った。誰が慶喜なのか、分からなくなったのだろう。


「勝機!」


 吉直は好機と見るや、脇差を振りかぶって勢いよく飛び出した。

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