第十三話「タンプル塔の亡霊」
文吾は、金王八幡宮で捕縛した者達への尋問の結果を吉直とアンリエット、そして慶喜に対して語り始めた。
「先ず、何故捕縛から一か月以上も尋問に時間がかかったのかというと、それは連中は隙を見せると即座に自害を図るため、そもそも聞き取り自体が困難だったのです」
吉直達は、横浜居留地の近傍で組織の者達を撃退した事がある。その時は全員殺さずに捕縛する事に成功したのだが、目を覚ました連中は皆舌を噛んで自決してしまった。普通なら躊躇って失敗する者もいるだろうに、全員が思い切りよく舌を噛みちぎっていた。
恐るべき精神力である。それとも使命感や、組織の仲間に調査の手が伸びない様にするための団結心とか、その様なものであろうか。断頭台を用いた処刑により恐怖や憎悪を撒き散らし、日本に戦乱と革命の嵐を引き起こそうという思想自体は認められないが、自らの命を賭して行動するというその一事のみには敬意を感じている吉直であった。
「自害を防ぐため、食事を少なくして気力を減少させたり、特殊な器具を作成して舌を噛み切る事を出来無くしたり、長時間かけて説得したりとしたのですが、中々効果を現すまで時間がかかりました。自害を防ぎながらでは尋問もはかどりませんからね。実のところ、まだ全てを聞き出せたわけではないと思います」
「まあそれは仕方あるまい。今分かっている事を聞かせたまえ」
「はい。最初に連中の目的ですが、やはり日本に革命を広める事。しかも、仏蘭西での革命と同様に、これまでの伝統が残らない位徹底的にやるというものでした」
これは、これまでアンリエットが推察していたものと同じであった。単にこれまでの政権が覆るというだけであれば、それは既に達成されている。三百年に渡り日本を支配してきた徳川はその命数が尽き、昨年この場にいる慶喜が大政奉還を成し遂げたばかりだ。これによって既に革命は成し遂げられているとも言える。中には、元から日本は天皇を頂点に頂く国であるから、大きくは何も変わっていないと考える者もいるだろう。確かにそれは建前上そうであるが、やはり昨今の情勢を鑑みるに革命の一種に数えても良いだろう。
この動乱を主導したのは西国の雄藩であるが、その陰には草莽で活動する、これまでの時代では歯牙にもかけられなかっただろう身分の志士たちがいた事は、既に巷でも知られている。だからこそ民衆は、単に徳川の世が終わって天皇の世が来るとかではなく、もっと大きな変革が起きる事を予感しているのだ。そこに希望を見出すが、不安を見出すかは人それぞれだ。
吉直は両方の予感を持っている。
「組織の名は『世界革命団』というらしく、文字通り世界中で革命を起こそうという目的の元に設立されたようです。もっとも、今回町奉行所で取り調べたのは日本人のみであり、組織の中核ではありませんので、真実かは分かりません。ですが、当の本人たちがこう考えているのは事実かと」
「やはりその『世界革命団』なる組織の中核は、フランス人という事かな?」
「はい、本当の名前は知られていませんが、『タンプル塔の亡霊』と、仏蘭西人の幹部が話していた事は聞いているようです」
「ふむ、『タンプル塔の亡霊』とな? アンリエット君、何か聞いた事はあるかね?」
聞き馴れない言葉が出て来たので、仏蘭西人であるアンリエットに慶喜は尋ねた。だが、アンリエットもあまりよく知らないらしく、怪訝な表情を浮かべている。
「そうですね。タンプル塔という言葉は知っています。パリのサンソン家の近くにあった場所ですから。かつて『テンプル騎士団』という組織があり、その本拠地がタンプル塔だったそうです。もっとも、当時のフランス国王から異端の疑いをかけられてしまい、騎士の多くが拷問の末処刑され、数百年前には壊滅してしまったそうです。その後、修道会が管理したり監獄として使用されたそうですが、ナポレオン一世が取り壊したために今では存在していません」
「国王から罪をかぶせれて非業の最後を遂げた組織……怪しいな。生き残りが何かを企んでいたとしてもおかしくは無い。数百年前というと、幕府が出来た頃だろうか」
「確か西暦でいうと千三百年頃の話なので、ざっと五百年前の出来事ですね。テンプル騎士団の壊滅は」
幕府は幕府でも、徳川ではなく鎌倉幕府の時代の話であった。あまりに古い話なので慶喜をはじめ、吉直も文吾も受け止め切れていない様子である。
「と言う事は、豊臣方の子孫が幕府転覆を狙うどころではなく、南朝方や滅びた鎌倉幕府の末裔が、歴史の表舞台に出て来たようなものといえるかもしれませんね」
文吾は自分の持って来た情報が、ここまで大きな意味を持っていたとは予想外であった様だ。自分の追っている相手の異様さを何とか自分の知識に置き換えて表現した。この様にして日本の例で考えてみると、ここまで組織として歴史の裏で生き延びて来たのは、恐るべき団結心や野望が無ければ出来ないだろう。狂信的といっても良い。
「まあ落ち着き給え。そういう設定の組織なだけで、実は全く違う新興の組織かもしれないだろう。それに、いくらヨーロッパで古い組織だったとしてこの日本では関係の無い事だ。その様な背景があったとしても、それをもって日本で協力者を増やす事は出来まい。あくまで脅威はギロチンそのものや、日本人にも少数ではあるが熱心な協力者がいる事。そして中核の人物達はフランス人なので治外法権などで手出しがし難い事くらいだ。あと……」
不安げな部下の顔を見て、慶喜は安心させるように楽観的な意見を述べた。確かに慶喜が言う通りであり、相手の組織に何か古めかしい背景があったとしても、それで何かが決する訳でない。
そして文吾の顔から落ち着き戻ってきた事を察した慶喜は続けて言う。
「我が徳川は源氏の末裔だし、徳川の先祖は南朝方として戦っているからね? お前が挙げた例の勢力は、既に天下を取っていたと言う事を忘れてはならんよ」
「あっはい。申し訳ございません!」
慶喜が語った徳川家の系譜は、当然の事ながら徳川家康が天下取りの過程で色々操作した事によるもので、怪しい事は幕臣とて承知している。そのため、文吾はうっかり建前上の徳川氏の設定を忘れて話してしまったのだ。
もっとも、慶喜とてこんな事は信じていないので、これは単なる冗談である。そして、徳川氏が実際には源氏と関係が無いのなら、世界革命団とテンプル騎士団の繋がりも怪しいものであり、あまり気負う必要は無いと言いたいのだ。
まあ、吉直には慶喜の意図が伝わったのだが、文吾には冗談と言うには強烈過ぎた様だ。恐縮して頭を下げたまま動こうとしない。この辺り、体制との繋がりを持ちながらその外で生きて来た処刑人の一族である吉直の方が、身分差からくる心理的圧迫には強い様だ。
「失礼します。今、横浜居留地から使いの者が来ています。仏蘭西人で、アンリエット殿の友人だと名乗っています。通すのはここで良いですかな?」
慶喜の下手な冗談のせいで凍り付いていた小屋に、慶喜の家臣である高橋泥舟がアンリエットへの連絡と共に入って来た。
横浜居留地からの使者とは、一体何があったのだろうか。アンリエットは怪訝な顔をした。




