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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
「標的は勝海舟」
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第十一話「無血開城へ」

 慶喜の部屋で吉直とアンリエットが雑談を交わしていると、外から声がかけられた。急な来訪者が現れたので、対応して欲しいとの事である。慶喜が中に入る事を許可すると、開けられた襖から顔を覗かせたのは、二人の男であった。


 片方は、吉直とアンリエットが最近よく姿を見た事のある人物だ。高橋泥舟という幕臣で、慶喜の護衛である。護衛対象である慶喜の姿はずっと実際には見れていなかったのだが、泥舟は慶喜が謹慎する寛永寺を精力的に巡回して、護衛の幕臣たちに指示をしていた。吉直とアンリエットも他の護衛達と同様に何度も声をかけられた。


 他の護衛達は、吉直が穢れた処刑人の血筋である事を理由にほとんど口を聞いたりしなかったのだが、この泥舟は違った。そのため、吉直は泥舟に対して好感を抱いている。これは、素性を知られていないため吉直の様に蔑んだ目で見られたり露骨に避けられたりはしていないアンリエットも同じ感情を抱いている。


 そして、もう一人の男も見知った人物である。


 吉直達を慶喜の護衛として寛永寺に送り込む口利きをしてくれた勝海舟である。


「なんだおめえさん達、慶喜様のところにいたのか。こいつは意外だったぜ。ま、護衛するには丁度いっか」


「海舟、主の部屋に入っておきながら、最初に言う事がそれか? 無礼であろう」


「そういうな泥舟。無理を言って海舟には協力してもらっているのだ。本当なら、幕府や徳川を見捨てて朝廷に合力する事も出来ただろうに」


 海舟の言動を泥舟が見咎めたが、慶喜は気にしていない様である。やんわりと仲裁に入った。


「それで、何をしに来たのだ。まあ大体察しがついている。交渉の件だな?」


「その通りです。西郷との交渉は概ね鉄舟がまとめてくれました。後は、江戸に西郷達朝廷の軍隊が到着した時に、直接交渉すればそれで確定します」


「そうか、鉄舟はよくやってくれた。流石泥舟が推挙してくれただけのことはある。これで、犠牲は最小限に収まるだろう」


 海舟の報告に、慶喜は上機嫌である。泥舟は二人が何を話しているのか理解している様だが、幕臣ですらない吉直とアンリエットには何の事やらさっぱり分からない。もっとも、犠牲が少なくなるというのなら結構な事だとは思う。


「ああ、済まんな。城を無血開城する約定がまとまりそうなんだ。良い話だろ?」


「おい、まだ詳しい話は内々にする事になっていただろうが」


「良いじゃねえか。どうせ泥舟さんも、こいつらが他でぺらぺら喋ったりしないのは分かってるだろ?」


「う……む。まあそれはそうだがな」


「無血開城と言う事は、戦にならないと言う事ですか?」


「おう、まあ幾つか条件はあるんだが、最悪の事態は避けられそうだ」


 元々大規模な決戦を避けるのは、慶喜の基本的な方針である。そのためには全面降伏とも言える江戸城の明け渡しや、その他の様々な処分も辞さないつもりであった。本来なら慶喜の側近の一人である泥舟が朝廷側の代表者である薩摩の西郷隆盛と交渉させたかったのであるが、何しろこの断頭台騒ぎである。留守中に慶喜の首が断頭台によって刎ねられてしまうかもしれないと思うと、泥舟はとても慶喜の側を離れようとは思えなかったのだ。


 そこで白羽の矢が立ったのは泥舟の義弟である山岡鉄舟だ。剣の達人として知られているが、それに留まる人物ではない。その肝の太さや人間力は、この土壇場における絶望的な交渉の場で十分に発揮されると見込まれていた。また、交渉相手である西郷隆盛も似た様な部分がある。何かしら通じ合うものがあると思われたのだ。


 そして鉄舟は海舟とも連携しながら西郷隆盛との交渉を進め、ある程度の段階まで無血開城に関する調整や条件を詰めたのである。


「ところで、まさかとは思いますが江戸に攻撃してこない代わりに慶喜様の首を差し出せとかの条件は無いのですよね?」


「おお、そういえば条件を聞いていなかったな。まあどんな条件にせよ私は呑むつもりだよ。何なら、腹を切っても構わんさ。そうしてしまえば、ギロチンで公開処刑される心配もなくなるからな」


 慶喜はどぎつい冗談を口にすると、はははと笑った。冗談ではあるが、自分の命を交渉材料にされる事に関しては本当にどうでも良いようだった。とても、上方から配下を残して逃げ帰った人物の様には思えない。巷では、慶喜は戦に怯えて逃げ出したと囁かれているのだが、実際は違う様だ。


「条件に出ているのは、江戸から離れた場所での謹慎ですね。命まで取ろうという訳では無いようです。まあ私は、西郷が慶喜様の首を断頭台で刎ねるとか言い出さなくて良かったと思ってますよ」


「うむ、そうだな。もしそうだとしたら面倒な事になっていた。


 今、断頭台の存在を知っている者は、日本では限られている。もしも西郷隆盛が断頭台について口にしたのなら、仏蘭西から断頭台を持ち込んだ一味が朝廷側に接触している事になる。今時流に乗っているのは間違いなく朝廷側であり、彼らが断頭台を持ち日本に革命をもたらそうという組織と一体化したのなら、これからの日本に待っているのは粛清の嵐であった。


 とりあえず、それは無いようであり一同は安堵した。


「それでは行って参ります。無血開城が成り、謹慎する条件が朝廷側と折り合いがつけば、首を狙われる可能性が低くなります。もうしばらくの辛抱ですので、それまでの間十分ご注意ください」


 勝海舟は、姿勢を正して慶喜に向き直ると、礼儀にかなったやり方で深々と頭を下げた。そして、慶喜の部屋を後にする。泥舟もそれに続いたので、部屋には主である慶喜と、吉直とアンリエットが残された。

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