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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
「標的は勝海舟」
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第六話「処刑名簿」

 吉直が切り取った格子の穴を潜り、先陣を切ったのは町奉行所同心の文吾であった。事件の特異性故に日本と仏蘭西の処刑人の一族の末裔たる吉直とアンリエットに協力を得ているが、治安を守るのは本来町奉行所の役割である。格子を切り抜いて突破口を作ったのは吉直の人智を超えた剣技であるが、町奉行所の誇りにかけて遅れを取る訳にはいかないのである。


 それに、文吾にはここで死力を尽くさねばならぬ事情があった。江戸の町人達はまだ知らないし、吉直にもアンリエットにも言って無い事であるが、最早情勢は町奉行所が江戸の町を支配するのは不可能といえるくらい進展してしまっている。役人としては下っ端で、政治には興味の無かった文吾にもそう判断せざるを得ない様な情報が奉行所に入ってきたのだ。


 恐らく明日には江戸中の人間がその情報に接するだろう。そうなれば、犯罪者を捕えたり事件解決のための調査をするどころではなくなるだろう。その前に死力を尽くさねば、死んでも死にきれないのだ。元よりこの事件では、文吾の兄が犠牲になっているという事情もある。


「抵抗する者は、切る! そうなりなくなければ大人しくお縄につけ!」


 文吾は刀を引っさげて、大声で警告を発しながら突撃した。本来捕り物であれば、余程の事がなければ罪人を切り殺したりしないし、なるべく怪我をさせない様に配慮するものだ。火付盗賊改の様な荒っぽい連中とは違い、あくまで法の執行機関である事を誇りにする町奉行所の信念でもある。


 だが、それをするだけの大捕物をするだけの人員を割く余裕が町奉行所には無いし、先日断頭台を奪った一味の別の者達と戦った際は、全員捕縛したものの自害されてしまった。その様な事情から、文吾は配下に相手を死傷させても構わないと指示しているのだ。


 捕り物というか襲撃に近い作戦であるが、これは上手くいった。相手は丈夫な楼門を過信しており、奉行所の捕り方が迫っていてもまだ逃げる準備を整えていなかった。強引に門を打ち破るなら、丸太などの破城槌として使用できるものや、塀を乗り越えるための梯子などが必要なはずであった。それを吉直達は持って来ていなかったので、まだ門前払いにして時間を稼げると高を括っていたのである。


 だが、門そのものではなく、脇の格子を切り抜くという常識外れの突入をされたため、完全に準備不足であったため刀を抜く暇もなく大半の者が打ち倒されていった。奇襲の恐ろしさというものである。不意を突かれればこんなものかもしれない。


「助けに来たぞ! 攫われた大工の人たち、いるんだろう!」


 吉直とアンリエットは境内を突き進み、断頭台を作るために誘拐された職人たちを探した。一味の首領を捕まえる事も重要であるが、罪の無い者達を助ける事もまた重要である。その様な思いが二人にはあった。


「あれを! 火がつけられています!」


「まさかあの中に人が?」


 アンリエットが指さす方向では、一軒の納屋が炎上していた。まだ火をつけられたばかりのようで延焼範囲は小さいが、勢いが強い。どうやら油でも撒かれているようである。


「くっ、証拠隠滅というわけか」


 役人に踏み込まれそうになった悪党がする事など相場が決まっているのである。吉直達が常識外れの突入をせず、時間を稼がれていたら更に火が回って生じた混乱を利用して、まんまと逃げおおせていたかもしれない。


「中に誰かいますか?」


「助けか? ここに居るぞ! 何とかしてくれ!」


 吉直達の読みは当たっていた。納屋の中には、攫われた大工たちが監禁されているようだ。彼らを助ければ、何か証言が得られて今後の調査に弾みがつくかもしれない。


 だが、それも助けられたらの話だ。このままでは半刻もしない内に納屋は焼け落ちるだろうし、それよりも先に中の人間は焼死するだろう。だが、助けるのも中々に難儀である。入り口は丈夫な錠で閉じられており、しかも油を重点的に捲かれている様で近づく事すら困難だ。


「中の皆さん! いま出口を作ります。こちらから離れて下さい!」


 火が回っていない方の壁に近づいたアンリエットが、拳で軽く壁を叩き、中の人間達に叫んだ。そして、背にした刃渡り四尺はあろうかという大剣を抜き放つ。


「せいっ!」


 剣を上段に構えて一呼吸置くと、気合と共に壁に振り下ろした。それ程分厚い作りではなかった木の壁は、一撃の下に叩き割られてしまう。


「さあ、ここから出なさい!」


「あ、ありがとう。異人さん」


 自分達を助けてくれたのが、金色の髪をした異人である事をしった職人たちは一瞬ぎょっとした様子だったが、今は命が大事である。気を取り直すとすぐに脱出を開始した。


 十名ほどの職人たちが囚われていたが、全員命に別状は無い様だ。火災の起きた建物の中にいると、煙を吸っただけで気を失ったり、場合によっては命を失う事すらある。運が良かった。もちろん、素早く脱出口を作ったアンリエットのおかげでもある。


「やりましたね。アンリエット殿」


「ええ、先祖から伝わったこの丈夫な剣のおかげです」


 アンリエットの剣は、サンソン家に伝来する処刑用の剣である。確実に首を刎ねる事を要求されるため、その刃は分厚く重い。これを扱うには相当な鍛錬が必要である。そしてその鍛錬は、いくら理由を取り繕おうと人の命を奪うものなのだ。


 そしてそれは、吉直の携えた剛刀も同じ事なのだ。処刑のためだけではなく、刀の試し斬りなどにも活用はできるのだが、一番に求められるのは処刑の技術であった。


 だが今日、二人はその技術のおかげで人の命を救う事が出来た。


 この事は二人にとって望外の喜びである。口にこそ出さなかったが、お互い同じ気持ちである事は察し合っていた。国は違えど、処刑人の一族として生まれ育った二人には通じ合うものがある。


「こちらは粗方片付いたが、そちらも上手くやってくれた様だな。礼を言うぞ」


「ご無事な様で何よりです。ところで、一味の首領は捕まえましたか?」


「いや、ここにはいない様だ。異人は一人もいなかった。どこか別の場所に潜伏しているのだろう」


「そうですか」


 断頭台を仏蘭西から日本に持ち込んだのは、当然異国の人間である。日本人の協力者を得ている様だが、その中心人物は当然異人であろう。それがいないというのであれば、この捕り物で相手を壊滅は出来なかったと言う事である。


「文吾様、あちらに怪しげな木製の機械を発見しました。おそらく断頭台だと思われます」


「そうか、見に行こう」


 配下の者から報告を受けた文吾は、連れられて行ってしまった。


 今回の捕り物で解決出来なかったと言う事は、今後は吉直とアンリエットだけで調査を進めるしかない。残念な気持ちで二人は今後の身の振り方に想いをはせていた。


「あの、そういえば、連中が俺達を納屋ごと燃やそうとした時に、一緒にこんな物を中に放り込んだんだけど」


「これは、何かの名簿? これを隠滅しようとしていたのか?」


 職人の一人が差し出した何枚かの紙には、何人もの名前や身分が書かれている。それは、吉直も聞いた事がある豪商や、幕府の要人の名前ばかりである。


「もしかして、これは処刑する者の名簿では?」


「ちょうど同じことを思っていました。以前戦った連中は革命と言っていました。その革命とやらの達成には、これだけの人間を処刑する事が必要なのでしょう」


 アンリエットの指摘に吉直は頷いた。アンリエットには仏蘭西で起きたという革命について、ある程度聞かされている。革命では、それまで支配者側であった王族や貴族は元より、革命を起こした側の人間達も次々と処刑されていったという。革命というものがその様な血生臭いものであるなら、日本で革命を起こそうという者のする事も予想がつくというものである。


「なるほど、奉行やら大目付やら、高官ばかりですね。これだけの人間が処刑されたら大混乱が起き……これは……」


 名簿をめくる吉直の手が、ある名前を見た瞬間に止まった。


 そこには、前征夷大将軍徳川慶喜の名前があった。

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