第五話「突入口」
八幡宮への突入は、結局正面からに決定した。他の方向は幕府に対して協力的とは言い切れない藩邸か、現在主人が留守にしている幕臣の屋敷である。町奉行所では手出しがし難い場所ばかりである。権限が無くとも交渉に成功すればこれらの搦め手から潜入できるのだが、とても交渉が成功しそうには思えない。そしてもしも交渉に失敗して揉め事が起きた場合、八幡宮に潜んでいる断頭台を強奪した一味に気付かれる可能性がある。
ただ、一応策はある。大勢で突入しても逃げられる可能性がある。だから、包囲の方に人数を多く割いている。
少数での突入は危険な様に思えるが、一応根拠はある。突入するのは文吾が率いる実戦に強い精鋭ばかりであり、そうそう後れを取りはしない。吉直やアンリエットもこちらに入っている。少し前に敵の一団と戦った際の戦況を鑑みれば、多少相手が多かろうと勝てる算段がある。また、八幡宮の敷地に寝泊まり出来る人数、その内、非戦闘員である上に強引に連れてきた職人たちは、戦いになれば戦力にならない。ならば意外と相手で戦えるものは少ないかもしれない。
もちろん職人たちを人質として使われたら厄介であるが、その時はその時である。新たな対処方法を考えるしかない。また、そうなった場合捕縛という観点では有利になる。何故なら人質を連れたままでは塀を乗り越えて町奉行所の者が進入しにくい他の屋敷に逃げ込む事は出来ないだろう。ならば、時間さえかければ捕縛できるのである。
手筈を整えた吉直達は、八幡宮に侵入を開始した。
八幡宮は室町の時代には渋谷城という堅固な城があったくらい攻めるには少し難しい地形であるが、幸い今は神社である。参道は多少傾斜しているが、進むのは容易である。たちまち楼門の所までたどり着いた。
いつもは参拝客のために開け放たれている楼門が、今は昼間にも関わらず閉じられている。この事自体が今の八幡宮に巣食う者達の怪しさを物語っている。決して、宮司たちから留守を任されているとは思えない。
八幡宮の楼門は、中央が木製の堅牢な作りの扉になっており、その両脇は木製の格子になっている。そのため、格子の隙間を通して境内の中を覗く事が出来た。中には、覆面で顔を隠した者達が何人もたむろしている。この服装は、数日前に襲ってきた連中と同じものである。
「拙者は町奉行所の同心、浜田文吾である。確認したいことがある。門を開けられよ」
先ずは文吾が正規の手順通り、自分達を敷地内に入れる様に大声で叫んだ。もちろん、これで入れるなどとは思っていない。形式的なものだ。
「門を開けろとおっしゃいますがね、随分と物騒な世の中なんで、それは遠慮させてもらいますよ。あなた方が盗賊出ないという保証はありませんしね。それに、町奉行所が寺社地に来るなんて管轄が違うのでは?」
最初は無視していた敷地内の者達だったが、文吾が何度か口上を繰り返すと、うるさく感じたのか拒否の返答があった。内容は実にもっともらしく聞こえる。
「それについては、寺社奉行から許可は得ている。なので入らせてもらいたい!」
そう言うと、文吾は門の脇の格子の隙間から一通の書状を差し入れた。寺社奉行の許可状である。寺社地は管轄外であり、勝手に踏み込んで捜査する事が出来ない町奉行所の同心であっても、寺社地を管理する寺社奉行から同意を得られれば、中に立ち入って調査する事が出来るのだ。場合によっては、犯人を捕縛する事すら可能だ。
だが、今回は相手の反応は芳しくない様だ。
「例え寺社奉行の許可があろうと、お引き取り願いたい。最初に言った通り、この物騒な世情故に門を閉ざしているのだ。門を開けて何か問題が起きたとしたらどの様に責任を取るつもりだ?」
「その場合は、門を開けさせた町奉行所や寺社奉行で責任を取るだろう。だからこの門を開けて欲しい」
「だからそれは出来ぬ相談だ。もしも本当に開けて欲しければ、寺社奉行の手の者を直接ここに連れて来るんだな」
こう言われて文吾は黙り込んだ。実のところ、文吾が持って来た寺社奉行の許可状は真っ赤な偽物である。神社に断頭台強奪の犯人が潜んでいるという情報があったため、事前に偽造してきたのである。
もちろんばれたらただでは済まないが、もう徳川の世が終焉を迎えようとしている。ならば、幕府の書類を偽造しても、それを咎める者はほとんどいないと言えるだろう。だからこ偽造だったのだが、残念ながら不調に終わった。
「寺社奉行の配下を連れて来るのは、無理なんでしょうね」
吉直の言葉に、文吾は静かに頷いた。寺社奉行は大名がその任に就いているのだが、その彼らとてこの動乱の世には自分の生き残りで精一杯だ。とても、断頭台の捜査のために人を出してくれるとは思えない。それに、もしも運よく寺社奉行の配下を呼べたとしても、その場合書状を偽造したのがばれてしまうだろう。
「強行突破ですね」
「はは。強行突破? 笑わせるな。この門は、ちょっとやそっとじゃ破れないぜ?」
アンリエットの言葉を中にいる者達が聞きつけ、嘲笑うようにして否定した。それはもっともである。この神社の楼門は実に堅牢な作りであり、大槌で殴ったとしても簡単に壊れる様には見えない。もしも門を破るのに時間をかけてしまったら、内部にあるはずの証拠を処分されてしまうかもしれないし、正門以外の方向から逃げられてしまう可能性もある。だが、
「手頃ですね」
「その様ですね。では、切るとします。危ないので少し離れていて下さい」
そう言うと、吉直は腰に差した三尺の刀身を持つ剛刀を抜き放った。そして大上段にそれを構える。
「馬鹿め、刀で門が切れるものか……何!」
中にいる男達の嘲笑は途中で驚愕に代わった。
吉直が切ろうとしていたのは門の扉そのものではなく、その脇の格子部分だったのである。声も無く、ただ気迫のこもった吐気が鋭く響き、それと同時に吉直の刀が振り下ろされる。
刀身が四度煌いた時、楼門の格子には人が一人通れるだけの穴が空いていた。
「突入だ!」
文吾の命令が響き渡った。




