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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
「標的は勝海舟」
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第四話「金王八幡包囲網」

 目的地の近くに到着した吉直とアンリエットを出迎えたのは、町奉行所の同心浜田文吾であった。拠点にしているという近くの農家の母屋に二人を招き入れた。


「よく来てくれた。ご助力感謝する」


 文吾は丁寧に吉直に向かって礼を言い、アンリエットに右手を差し出した。見たところ本気で感謝している様子である。処刑人の一族として生きて来た吉直にとって、訪れる先々で歓迎されないのは慣れているので、こういう対応は実の逆に不気味である。


 それは、アンリエットも同様の様だ。仏蘭西の処刑の末裔であるアンリエットも吉直と同じ様な経験を重ねている。無論遠く離れた異国に来ているのであるから処刑人の縁者である事は文吾にばれていないはずだが、逆に異人と言う事でその存在に慣れていない日本人から親し気な対応をされているのは新鮮な感覚の様である。


「正直に申しますと、余りにも人手不足でして、腕が立つ者は一人でも多く欲しいのですよ。お二人の実力は、この前拝見しましたからな」


 そう言われて吉直は部屋の中を見回した。中には文吾が連れて来たと思しき捕り方が控えているが、その数は二桁にも達しない。恐らく見張りのためにこの場に居ない者もいるのであろうが、それにしても余りにも少な過ぎる。


 そもそも、正規の町方は文吾しか見受けられない。今吉直達が追っているのは場合によっては日本を揺るがす一大事である。ならば、他にも同心を寄こしたり、それを統括する与力が出張って来てもおかしくはない。


 何故、この様な事になっているのか。


「そんなに、幕府の内情は悪いのですか?」


「悪いな」


 文吾は正直に答えた。最早、隠し立て出来る状況では無いと判断したのだろう。しかしこれは妙な話である。少し前に横浜居留地まで調査に行った後、町奉行所の者達は江戸の町中で断頭台の行方を捜してくれていたではないか。それをするだけの余力はあったというのに、この惨状は一体どうした事か。


「今日になって状況が大きく変わったのだ。本来この捕り物も中止になるはずだったのだが、無理を言ってやらせてもらっている。そして残念だが、これが成功しても失敗しても、次からは協力できないだろう」


 詳しい理由は離さぬ文吾だが、それを問い質す事は吉直もアンリエットもしなかった。そして吉直には何となく事情を察する事が出来た。恐らく徳川幕府を揺るがす大事件が起きたのだろう。昨年の大政奉還も前代未聞の出来事であったが、それでも徳川家が勢力を保ったまま次の時代に進む可能性はあった。だが、もうそれすら許さぬ事態になったのであろう。


 これ以上は時間が惜しいので、状況確認に入った。


 断頭台を奪ったと思われる一団は、中渋谷村の八幡宮に潜伏していると思われる。周囲に住んでいた氏子への聞き取り調査によると、宮司たちは戦火に巻き込まれる事を恐れ、遠縁のもとに避難していたらしいのだが、最近妙な連中が入り込んだと言う事だ。


 氏子の一人が参拝に行った所、今は立ち入り禁止であると強くはねつけられたそうだ。訝しんだ氏子が素性を尋ねると、宮司に留守を任された親類の者だと名乗った。だが、その様な者が来るなど氏子の誰もが聞いていない。


 そして怪しい事に、昼夜を問わず木や金属を打ち付けたりする、何らかの作業をする音が響いていたのだという。


「それは怪しいですね。この辺りの村人達は、訴えたりはしなかったのですか?」


 日本の事情には詳しくないアンリエットも、この状況には流石に怪しいと感じたらしく、文吾に尋ねた。


「訴えては来たのですが、この混乱の時期ですから、恥ずかしい話ですがこの様なはっきりしない胡乱な訴えは、後回しになっていました。それを、断頭台の調査をしている時にもしかしたらと感づいて、調査しに来たら色々と判明したのです」


 文吾が語るには、村人達も八幡宮に籠る者達の事を、それ程大事に至るとは考えていなかった。身なりは悪くないので盗賊の一団辺りではなさそうであり、大方江戸で裏工作を行う薩摩や長州の間者辺りであろうと思っていたのである。訴えたのも、後で町奉行所に睨まれたりしないように、一応の義理と保身のためであった。


 まあ、自分達の近くに潜んでいるのが、仏蘭西からやって来た異人も含む闇の組織であり、断頭台などという恐るべき処刑道具を用いるなどとは神仏ではない身ではとても予想できまい。むしろ、曖昧な訴えからよくぞこの場所を文吾たち町奉行所の役人は割り出したものである。


 加えて文吾の語るところによると、立地自体が実に面倒であるとの事だ。


 まず、神社自体が室町時代には渋谷城があったと言う事で、少し小高い地形である。攻めるには少々厄介である。


 しかも、南側は田園地帯であるが、西は幕臣の屋敷がありその主は現在上京しており留守である。加えて北は信濃高島藩、東は筑前福岡藩の藩邸であり、これらは幕府方ではない。


 つまり、協力を要請できる者が隣接地域に無いのである。もしも隣の武家屋敷、大名屋敷の協力を得られれば、そこから侵入したり中を偵察したりする事が出来るだろう。だが、これでは正面突撃をするより他に手段はない。加えて、幕府方と言い切れないと言う事は、朝廷方で幕府転覆を狙っている可能性すらある。妙な横槍が入れば、作戦が失敗する危険性があるのだ。


「そういった意味でも、アンリエット殿の存在はありがたいのです」


「ああ、そういう事ですか」


 現在日本は動乱の時期であるが、幕府も朝廷も外国勢力の介入を恐れているという点では一致している。双方に英吉利や仏蘭西を味方につけているのだが、深入りされたくないという思惑はある。その様な事になっては、例え勢力争いで勝利できたとしても傀儡に成り下がってしまったり、最悪植民地にされかねない。だからこそ、仏蘭西人のアンリエットに対してあまり強硬な態度に出る恐れはないだろうという予想が出来る。


 この考えは、ほんの少し前まで攘夷論を唱えていた者も同じである。最早大半の者が、外国を追い払うのは不可能であるとの真実に気付いているのだ。


 黒船来航以来の動乱は、開国か攘夷かの意見対立も大きな柱であったはずなのだが、最早それは意味を成していないというのは皮肉な事である。なにせ、開国を決断して非難を浴びた幕府は滅びを待つばかりだというのに、当時攘夷を強硬に唱えていた朝廷は大権を取り戻したのだから。


 それは兎も角、結局のところ正面突破しか吉直達には思い浮かばなかった。


 夜討ちをかければ多少は安全に突入できるかもしれないが、それでは取り逃がす恐れも出てくる。結論は、包囲の態勢をとったまま、吉直達精鋭が突入するという事になった。

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