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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第一章「山田朝右衛門とアンリ・サンソン」
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第一話「殺害容疑」

 慶応四年の元旦、山田(やまだ)半左衛門(はんざえもん)吉直(よしなお)は義父の言いつけにより刀の研師の元に向かっていた。新年の挨拶を義父から任されているのと、預けた刀の引き取りのためにである。


 挨拶周りは兎も角、刀の授受などという商売に関する事を正月からするのは本来無い事である。だが、昨今の情勢によりこの時ばかりは違った。


 昨年に十五代将軍たる徳川慶喜が、およそ三百年に渡り続いた政権を天皇に変換した事は、既に江戸の町にも知らされている。


 大政奉還は単なる建前で、これからも日本の舵取りは徳川主導であるという者もいれば、徳川は逆賊として滅ぼされるという者もいる。そして、徳川を滅ぼすために、西から薩長の大軍勢が押し寄せるのではという不安が町に広がっていた。


 そんな世情の不安から、少しでも早く金を回収しておきたいという町人は多いのであった。


 吉直は、歩きながら正月の江戸の町を見回した。町中は極めて静かだ。元々元日は挨拶周りなどが主体で、お祭り騒ぎになったりはしない。騒がしくない事自体はいつもの事だ。


 だが、今年ばかりはいつもとは雰囲気が違う。締め切った町屋の中からも、息を潜めながらも不安な気が充溢しているのが吉直には感じ取れた。


 家業のせいか、その様な負の感情には敏感なのである。


 吉直は目的の研ぎ屋の所に到着すると、挨拶もそこそこに金を取りだし、研ぎに出していた刀を受け取った。


「うむ。素晴らしい出来だ。流石の腕までだな。義父上もお喜びになるだろう」


 吉直は刀身を検め終え袱紗に包むと、感謝の念を研ぎ屋の主人に述べた。


「いえいえ、世に聞く小竜景光(しょうりゅうかげみつ)を扱わせて頂き、抱えている研師も勉強させていただきましたよ」


 主人は恭しくお辞儀をした。小竜景光は鎌倉時代に作られた名刀である。倶利伽羅龍の彫り物がある事からその名で呼ばれ、楠木正成や徳川家康も所有していたという逸話もある。真実が何にせよ、それが巡り巡って山田家に渡ったのだ。


「ところでご主人、見たところ随分と刀が散乱している様だが、そんなに研ぎに来る者がいるのかな?」


 吉直は店の奥の方をちらりと見てそう言った。


 吉直の言う通り、店の奥には所狭しと刀が散らばっている。刀は武士の魂などと言う者もいるため、刀を取り扱う店では普通もっと丁寧に扱うものだ。それが、この様に散らばっているのだから整頓する余裕の無い位研ぎに来る者がいるのだろうと考えたのだ。


 ただ、疑問点もある。徳川の世が終わりを告げようとしている昨今、これからは武士の世では無いと巷では囁かれている。例え徳川の次に薩長の武士が支配する世になったとしても、もう刀の時代ではないともだ。


 それなのに、こうも研ぎに来る者が多いとはどうした事だろう。まさか、薩長の軍勢が江戸に押し寄せて来た時に、刀を振るって相対するための準備ではあるまいに。もはや槍や刀では、新式の銃には勝てないという事くらい皆知っている。


「はあ、お得意様の刀は減っているのですが、どうも他の研ぎ屋から流れてきている様でして。何でも研ぎに出しに来たら店に誰もいなかったとかでして」


「ははあ」


 吉直には何となく察しがついた。武士の世が終焉を迎え、刀の必要性が減少すれば、当然研ぎ屋の仕事は無くなってしまう。無理に店を続けるよりも、さっさと畳んで逃げてしまった方が利口だと考える者が多かったのだろう。そんな推理を吉直は語ってみせた。


「そんなところでしょうね。私は他の仕事を探す気力がありませんし、刀が完全に用済みになる事なんて無いと思ってるんですけどね」


「そうかな? 黒船が来て以来、戦いは銃や大砲が主流だと聞いている。刀など単なる儀礼用の衣装になってしまうかもしれんぞ?」


 自分の推察に主人が同意した事に気を良くしたためか、つい少々無礼な事を言ってしまう。


「まあその時は、切れ味のための研ぎではなく、見せるための美しさを重視した研ぎを研究しますよ。もっとも、実用的な刀も簡単には無くならないんじゃないですかね? 例え戦場で使わなくなっても、刑場で……おっと」


 余計な事まで口にしてしまったと気付いた主人は、慌てて口を塞いで視線を彷徨わせた。吉直が気分を害したのかと思っているのだろう。


「いや、気にせずとも良い。少しばかり話し込んでしまったな。それではこれにて御免」


 吉直は軽くお辞儀をし、店の外に出て行った。


 義父の待つ家への帰ろうとした直後、吉直は多数の男達に囲まれた。手には梯子や刺又を持っており、明らかに町奉行所の捕り方である。


 家業のため町奉行所とは馴染みがあるが、明らかに仕事の話ではない。皆一様に緊張し、殺気立っている。


 一体どうした事であろうか。


「七代目山田(やまだ)朝右衛門(あさえもん)の養子、山田吉直であるな? 殺しの容疑がかかっておる。大人しく町奉行所まで来てもらおうか」


 捕り方を指揮する同心は、緊張の面持ちでそう言った。

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