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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
「標的は勝海舟」
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第二話「断頭台の行方」

 仏蘭西における処刑人の末裔たるアンリエットが、遥か海を隔てた日本までやって来たのは単なる軍務のためではない。逆に、アンリエットの目的を果たすために仏蘭西皇帝ナポレオン三世が命令を下したからである。


 約二十年前にサンソン家から断頭台を盗み出した者達は、アンリエットの兄を殺害したのち日本に向かったと思われていた。その行方を追うためにアンリエットは日本に来たのである。


 そして日本に到着してすぐ、一味の隠れ家を突き止め、断頭台を破壊したのであった。一味の主力には逃げられ、断頭台の刃の替えの幾つかも持ち去られてしまったのだが、複雑な工作を必要とする断頭台の機械部分は、日本では再現できないと思われており、日本に駐留する仏蘭西軍も安心し切っていた。


 だが、それは甘かった。


 少ししてから、日本の役人と仏蘭西軍士官が殺害される事件が起きた。首の切り口から見て明らかに断頭台を使用したものである。断頭台の刃を持ち去った一味は何らかの手段で断頭台の機械部分を作り上げたのだろう。


 そして、この新たな事件により調査を開始したのが、日本の処刑人たる山田朝右衛門の一族に名を連ねる吉直であったのだ。


 処刑人としての運命を背負う者同士、不思議な縁によって導かれ、吉直とアンリエットは友誼を結んで事件解決に乗り出したのであった。


「腕利きの大工が、何人も行方知れずになっているのですか?」


「その通りです。色々と調べて貰ったのですが、いなくなったのが去年の師走――十二月の事で、ちょうどアンリエット殿が断頭台を破壊した時期と合致しているでしょう」


 破壊されて失われたはずの断頭台が使用されているのだから、何者かが新たな断頭台を作成したというのは当然の発想である。そして、日本において作ったのだから、日本の大工がそれを成したに決まっている。更にはそんな怪しげな依頼を受ける職人がいるとは思えないし、もし引き受ける変わり者がいたとしても江戸の作業場で巨大な断頭台を製作しては余りにも目立つ。


 断頭台は組み立て分解が可能であり、小さくまとめて持ち運ぶことも可能だ。仏蘭西の動乱期にはその様にして各地を断頭台を運んで巡回し、反乱分子を処刑して周ったのだという。だが、例え分解して小さな部品に出来るとしても、機能点検のためには結合して巨大な姿を晒さねばならない。


 もし江戸において見慣れぬ断頭台の姿が見られたのなら、噂好きの江戸っ子達が黙っておるまい。ただでさえ徳川の世が終わろうという動乱の時期なのだ。この様な噂話は鳥よりも早く駆け巡るであろう。


 その様な理由から、吉直は江戸で大工が行方不明になっていないかの情報を集めたのだ。これには山田家と付き合いのある町奉行所の同心や、町人達の協力を得ての事である。穢れた処刑人として見られている吉直が直接聞いて回っては、上手くいかなかっただろう。


「しかし、こういっては失礼ですが、江戸の町は今危機に瀕しているでしょう? 幕府と朝廷の争いに巻き込まれて町は灰燼と化すかもしれません。それを見越して逃げ出した可能性もあるのでは?」


「それは考えました。ですが、何の前触れもなく失踪した大工は、争いが起きてもそう危険になるとは思えない郊外に住んでいる者もいたり、隣人に聞いても逃げる兆候は無かったそうです。それに、町が火の海になるのなら、それこそその後大工の稼ぎ時とも言えます。こんなご時世だからこそ、儲け話に食いつこうとする者は多いのです」


「成る程、それもそうですね」


 疑問を抱いたアンリエットであったが、吉直の説明に素直に納得した様だ。


「そして更に調査を広げました。連れ去られたのは大工だけではないのでは、と」


 思い起こせば、以前吉直が研ぎ屋の主人と話した時、研師が何人もいなくなったためにその分仕事が回って来て忙しいと言っていた。吉直がこの時、動乱を察して逃げ出したのだろうくらいに思っていた。既に刀や槍が勝負を決する時代ではない。無理に江戸に残っていたとしても、いつの世も必要とされる大工と違って研師の仕事は先細りだろう。ならば逃げるなら命がある今のうちである。


 だが、断頭台の事を知ってしまえば、別の光景が見えて来る。断頭台は機械仕掛けにより分厚く重量のある巨大な刃を落下させる事により、確実に罪人の首を刎ねるものである。断頭台の一番重要な部分は、仕掛けを作動させると確実に刃が落下し、しかも速度を殺さず正確に罪人の首に到達させる機械部分である。だが、かといって刃がどうでも良いと言う訳ではないだろう。吉直が観察したところ、断頭台によって刎ねられた首の切断面は、研ぎ澄まされた刀を用いて熟練の処刑人が斬首した時のものと同様であった。いくら巨大な金属で威力があるといっても、刃が錆びついていたり刃毀れしていてはこの様にはなるまい。


 つまり、研師も断頭台を持ち去った一味に拉致されたと考えるのが自然なのである。


「確かに、サンソン家から持ち出された断頭台の刃の中には、刃毀れなどの理由により既に使用に堪えないものがありました。それらを用いても首を綺麗に刎ねる事は出来ず、叩き潰す様になってしまったり、断頭台の機械部分に負荷がかかったりしてしまうそうなのでもう使われる事は無いと思っていました。こちらも、断頭台が復活しないと考えていた理由の一つです。まさかあれを蘇らせる者がいるとは予想外でした」


 既に戦いの方法が銃や大砲に代わった仏蘭西と違い、日本ではついこの前まで刀こそが侍の主な武器であった。先祖伝来の刀を大切に受け継ぎ、手入れして使い続けて来たのだ。刃の手入れという限定された技術に関しては、日本に利があったと言えよう。逆に、あれだけの金属塊を日本の技術で作成するのは困難なはずだ。


「そういう訳なので、連れ去られた職人たちを使って断頭台を再現したと思われます。ですから大勢の職人を連れ去っても見つかりにくい場所。それも、断頭台を作るだけの広い作業場を確保できる場所を重点的に探す必要があるとおもいます。町奉行所の協力を得て、幾つかの場所を絞り込んだところです。これから一緒に探索しに行こうと思います」


 元々吉直がこの事件に関与したのは、被害者の余りにも見事な切り口から吉直が下手人でないかと疑われたところから始まる。そして、殺された者には町奉行所の同心も含まれており、吉直と町奉行所は協力関係にあるのだ。


 吉直やアンリエットだけでは調査をする権限は無いが、町奉行所からお墨付きを貰っている。崩壊しそうな幕府の役所が発行したお墨付きにどれだけの価値があるか不明な点もあるが、それでもないよりはましだ。一応の権限さえあれば、後は吉直やアンリエットの実力で押し切る事も出来よう。


 探索のための手順を話し合う若き吉直とアンリエットの姿を、吉利は頼もし気に、そしてどこか眩し気に眺めていた。

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