第十四話「日本に渡った断頭台」
アンリエットが仏蘭西の処刑人の一族であると言う事は、吉直にとって衝撃的であった。
それは別にアンリエットが処刑人の一族だった事そのものでは無い。日本特有の役目であると思っていた処刑人が異国にも存在し、しかもそれが日本と同じ様に一部の一族に負わされて居たと言う事だ。
アンリエットは続ける。
「断頭台の発明は、時勢と合わさってかつてないほどの刑死者を生みました。処刑には専門の技術が必要です。そしてそれはサムソン家の様な、熟練した技術を持った家の者であっても一日にそう何人も執行できるものではありません。処刑は執行者の肉体と精神を蝕みます。それは、吉直さんも恐らくご存じでしょう?」
アンリエットは吉直が、日本における処刑人の一族である事に気付いている様だ。吉直もアンリエットの剣技を見てあまりにも自分と似ていると感じていた。アンリエットも同じく吉直の太刀筋から、自分と同じ出自であると察していたのだろう。
「ですが断頭台を使えば、機械的に処刑を執行できるので、肉体的な疲労はありません。刃が破損したり、断頭台の機械部分に不具合が出ない限り何回でも行えるのです。もしかしたら、大量の死刑が実行可能になったからこそ、あれだけ多くの死刑判決が出たのかもしれません。処刑できないのに死刑囚が増えてしまっては、牢も足りなくなるでしょうしね」
アンリエットは少し口を歪め、皮肉気な口調で呟いた。そして吉直は戦慄した。これまで山田朝右衛門の一族は、処刑というものを厳粛に行ってきたと言う自負はある。吉直は未だ手をかけた事は無いが、義父の手伝いで処刑に同席した事は何度もある。自分も決して気軽な気持ちで処刑に立ち会った事は一度たりとも無いし、義父も同じ様な心境に見えた。
だがそれは、刀によって一人一人を手にかけてきたからである。もしも簡単に斬首できる機械があり、それで一日に何十人何百人と処刑するとなれば一体どの様な心持ちであろうか。
「確かに機械的に斬首できるのであれば、それはある意味簡単なのかもしれない。肉体的な負担は少ないだろう。しかし、心は? 心はどうなるのだ?」
「さあ? 私も直接断頭台で処刑した事は無いので詳しくは分かりません。ただ、革命の嵐が吹き荒れ、何千人、何万人もの命が塵芥の様に消えた頃の当主は、随分と心を病んだそうです。手にかけた中には、自分が敬愛した国王ルイ十六世も入っていたそうですから」
「王まで処刑されたというのか」
三百年にわたり続いた徳川の世に生まれた吉直にとって、王が処刑されたというのは余りにも埒外の事であった。今の日本に当てはめるのなら、昨年大政奉還により権力を朝廷に返還した十五代将軍、徳川慶喜が処刑される事に他ならない。王政が復古し、その中で薩摩や長州といった雄藩が権力を握ったとしても、そこまでの事態なるとは考えた事も無い。
だが、異国ではその様な事が起こったというのだ。
「断頭台で死んだのは、国王だけではありません。王妃マリーも犠牲となっていますし、逆に国王を殺した側であるロベスピエール、サン=ジュストといった革命政府の要人も大勢が断頭台の露と消えています」
吉直は、アンリエットが語る事が恐ろしかった。遠く離れた異国である仏蘭西では、権力構造が大きく変わった動乱の時期、凄まじいまでの人々が処刑されたのだという。それも、断頭台という恐るべき機械によってだ。ならば、今まさに動乱の真っ只中にある日本では、この先どうなるというのか。徳川慶喜は大政奉還という形で恭順の意を示しているが、果たしてそれで穏便に解決されるのか。
今回朝廷側についた雄藩の志士たちは、仲間達を多く幕府側の治安活動で殺されたと聞いている。かつて吉直の義父が処刑した吉田松陰なる人物は、現在長州を牛耳る者達の師にあたる人物だったと耳にしている。
彼らがこれまで受けて来た仕打ちへの報復を開始しないとどうして言えようか。
いや、それだけではない。仏蘭西では王政を覆した者達もまた処刑される事になったのだという。おそらく動乱の時期には誰もが不安定な立場にあるのだろう。ならば、日本においても報復の処刑合戦になったとしても、何も不思議ではない。
そしてその時、処刑人の一族たる山田家はどうなるのだろう。
これまで幕府に従ってきた事を理由に、朝廷側に処断されてしまうのだろうか。それとも、処刑などと言う穢れた事は、これまで通り山田朝右衛門の一族に押し付けてしまうのだろうか。
どちらにしても、明るい未来は見えない。
「私の祖父であるアンリークレマン・サンソンも、その一族が負う宿業に悩んでいました。処刑人でありながら死刑の廃止を望み、司法省にも度々訴えかけていたそうです。それが功をそうしたのか、死刑判決は徐々に減って行ったようです。ですが――」
ここでアンリエットは一旦言葉を区切った。
「ある日、サンソン家に保管されていた断頭台が、何者かによって盗み出されたのです。そして今目の前にある断頭台こそが、盗み出されたそれなのです」
遠い異国で多くの血を吸った殺人機械が目の前にある。その事実を知らされた吉直は、これまでも感じていた負の気配を一層強く感じたのだった。




