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明治元年の断頭台  作者: 大澤伝兵衛
第一章「山田朝右衛門とアンリ・サンソン」
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第十三話「断頭台(ギロチン)」

 アドンには、あの見事な切り口の斬首の手段を、アンリエットに聞く様に言われたのだが、だからといって敗走ですかと言う訳にはいかない。あのアドンの口調には、何か事情がありそうである。しかも、アンリエットの素性に関わりそうな何かがである。そこに触れて良いものであろうか。


 だが、事件を解決すると決心して異人の街にまで足を伸ばしたのだ。手掛かりがすぐそこにあるというのに、それを無視するわけにもいかないだろう。仏蘭西軍の兵舎の外に出てからも吉直はどうしたものか迷っていた。


「吉直さん。実は、あの様に首を切り落とす事は、剣を使えぬものにも可能なのです。その手段は、かつて私達の国で開発されていたのです」


 吉直がどの様に聞いてよいのか迷っている間に、アンリエットが意を決したのか語り始めた。ここまでは先程アドンが言っていた事と同じである。だが開発とは一体どの様なことであろうか。吉直は黙ってアンリエットが続きを話すのを待った。


「我がフランスにおいては、かつて処刑の際には斧や剣を使っていました。ですが、それは時として失敗の恐れがあり、失敗したならば罪人に無用な苦しみを与えてしまう事になります。これは問題だという声がある時上がりました」


 アンリエットが語った内容は、吉直にも十分理解出来る事だ。日本においても処刑に失敗する事がままあるのは問題視されている。だからこそ山田家の様に処刑の腕を磨き続けた一族が存在するのである。


「処刑のための特別な技術を身につけていなくても確実に実行するための手段、それを科学的、工学的な機械を用いる事で実現したのです。それを断頭台――ギロチンと言います」


 そういったアンリエットは、兵舎の隣にあった倉庫の戸を開けて中に入るように促した。


 倉庫の中は薄暗いが様々な物が散乱しているのが確認できる。どうやらあまり整理整頓はされていない様だ。そして倉庫の中にとある組み合わされた木製の器具が置かれているのが見えた。人が一人寝そべる事が出来そうな台や、神社の鳥居に似た二本の柱が上部で組み合わさった様な形である。そして不思議な事にそれらは強い力で破壊されていた。まるで、斧などの巨大で重い刃物の衝撃を受けたかのような跡がある。


 吉直は、そこに負の気配がこびりついているのを敏感に感じ取った。


「ご覧下さい。これが、断頭台です」


「成る程、この台に横たわらせて首を刎ねるわけか。この首枷で固定するのなら、確かに切り易そうだが」


 下手人の首を切り落とす時、微妙な抵抗が確実な斬撃を阻害してしまう。この様な器具を使って台に完全に固定してしまえば、確かにあのような綺麗な切り口で斬首をし易いだろう。


 だが、疑問は残る。いくら固定されているとはいってもやはり首を切り落とすのにはそれなりの技量がいる。アドンは子供にも可能だと言っていた。この断頭台を見た限りそこまで簡単には見えないのだが。


「その様な生易しいものではありません。断頭台の一番の特徴はこちらにあります」


 そう言ったアンリエットは、近くにあった大きな布を捲った。中から巨大な金属塊が姿を現す。


「これは……まさかこれを用いて首を刎ねるのか!」


「その通りです。これを断頭台の上部に設置し、それを落下させるのです」


 アンリエットが見せた金属塊は、全体が刃物であった。分厚い作りであるが、刃は研ぎ澄まされている。流石に切れ味自体は刀の方が上であろうが、その重量や落下による加速から生み出される威力は人間が振るう刀の比ではないだろう。


 そして、その断頭台の刃からは木製の器具とは比較にならない程のおぞましい気配を感じる。


「仕掛けを作動させれば、誰にでも確実に処刑を遂行する事が出来ます。それこそ、子供でもね」


「しかしこれはあまりにも……いや、これは有り得るのか?」


 吉直は断頭台の存在に衝撃を受けた。この様な機械で人間の命を断つことは、罪人とはいえ尊厳を傷つけてはいないだろうか。だが、これならば仕損ずる事は先ずあり得ないため、罪人に無用な苦しみを与える事は無いだろう。痛みを感じる間も無く死に至るに違いない。


 処刑の手段に尊厳だとか小難しい事を考えてしまうのは、処刑する側の勝手な言い分なのかもしれない。罪人側からしてみれば、どうせ死ぬならば苦しむ確率が少ない方が良いというものも多いだろう。


 だが、この断頭台という処刑機械は、本当に誰にでも処刑の遂行を可能にしてしまうだろう。つまり、処刑に対する覚悟が無い者にでもだ。山田朝右衛門の一族は、処刑を苦しませず確実に遂行するために、日々修練に励み、その職責を自覚している。そして、処刑される罪人の身の上にも思いを致している。最期の瞬間、刀を通じて魂が触れ合うのだ。そうもなろう。


 しかしこの断頭台で機械的に命を奪う事は、本当に正しいのだろうか。異国の事であるが、吉直は処刑人の一族に生まれた者として結論を出す事が出来なかった。


「隊長は誰にでも断頭台を扱えると言いましたが、それは半分当たりですが半分違います。可能かどうかでは正しいのですが、実際にこれを使ってきたのは限られた者です。すなわち……」


 ここでアンリエットは一瞬息を呑み、そして次の瞬間吉直の目を見ながら言った。


「フランスの処刑人の棟梁たるアンリ・サムソンの家の者、つまり私の一族がこれを使っていたのです」


 アンリエットの告白に、吉直は心の臓を掴まれた思いがした。

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